43 - まるで、悪い事をしているような
菜優達は、脱出口を求めて、東門から北へ北へ移動しながら、外郭壁の様子を確かめています。しかし外郭壁はところどころ脆くなっていたり、大きな窪みが出来ていたりしていますが、穴が開いていたり、決壊した様子はどこにも見受けられません。
街の建物は悉く吹き飛ばされているだけに、大した頑丈さです。今はその頑丈さが、憎らしくもあるのですが。
しかも北に進むにつれて人が多くなってきたのか、ケルが菜優に隠れるよう促すことが増えて来ました。その度に菜優は適当なところに隠れてやり過ごすものですから、同じ距離でも進む時間は長くなっていきました。
やがて北東にまた門が見えてきたのですが、そこに至るまでに、菜優達が通れそうな穴はありませんでした。続いて北東の門からさらに北を目指して歩こうとしたところを、コアトルが止めました。
「これ、ナユさんや。どこへ行こうと言うのかね?」
「えっと、こっからまた壁に沿ってどっか穴開いとらんかなって思って」
「ここから北へ向かっても、ここより良い状況とは思いにくいですぞ。それに、ここからさらに北へ動くのは、王の住む宮殿に近づく事を意味します。人が増えてきますし、見つかるリスクが高まりますぞ」
コアトルの忠告に、菜優は頷きます。確かに、東門の近くに居た時よりも隠れている時間が長いと思っていたのですが、北には王の宮殿があると言います。であれば、なるほど。クーデター部隊と近衛兵達が交戦していることでしょうし、人が多くなってきたのも必然と言えるでしょう。
「なるほど。そんならまたさっきの門まで戻って-」
「!誰か来たわよ。隠れなさい」
菜優は促されるままに、瓦礫の下に身を潜めました。現れたガードは狼を数匹連れていて、何かを探し回っているようです。
ケルは苦虫を噛み潰したような顔をしました。狼もまた、猟犬であるケルと同じく鼻のよく効く動物です。探しているものがもしも菜優だったら…見つかるのは時間の問題でしょう。
ケルは菜優の隠れた場所が見える場所に身を潜めました。狼達の鼻は誤魔化せなくても、それを連れているガード達を欺ければ、いくらかチャンスがあるでしょう。
菜優からはなるべく攻撃しないように止められているようなものですし、弱者は襲わないという、いかにも猟犬らしくないポリシーを持つケルのことですから、滅多な事はしたくないでしょう。祈るように、ケルは狼達の動向を追っていました。
菜優は菜優で、犬のするような息遣いを聞き取っていました。最初はケルが近くに来たのかと考えていましたが、そのうちに、どうやら一匹分ではなさそうだと言う事を感じ取りました。
もしかして、ガードの人たちが犬を連れて菜優を探しに来たのでしょうか?そうだとすると、鼻のよく効く犬の事ですから、ここに菜優が隠れている事など筒抜けでしょう。
菜優の心臓が、それまでとは比べ物にならないくらいに大きく脈打ちます。瓦礫の下に隠れている今、菜優は満足に動くことは出来ません。それに今動き出せば、すぐに見つかってしまう事になるでしょう。何か手はないか。菜優は祈るような気持ちで、ポーチの中身を確かめました。
その中に、ホワイトデイの街で買ったスモークボールが残っていることに気づきました。ホワイトデイの近郊で、ケルを助け出す際に使い切ったつもりでいたものですが、ポーチの奥底に少しだけ眠っていたようです。
これを使えば、犬の鼻はごまかせないでしょうが、ガードの視界を奪うことができます。ガードの視界に捕まりさえしなければ、幾分かチャンスはあるでしょう。菜優はばくばくと早鐘を打たせながら、外の様子を伺いました。
やがて、狼達が菜優の隠れる瓦礫のそばまでやってきました。地面の匂いを入念に嗅ぐ彼らは、確実に菜優に迫ってきています。残された時間もそう多くないことでしょう。狼達が菜優に近づく次の一歩を踏み出す前に、ケルがガードに向かって突撃しました。
ケルは電光石火の如くガード達の前に躍り出ると、彼の肩に飛び乗り、嘲笑うように背中の方へと飛び降りました。ガード達は突然現れた敵に正対すると、にわかに剣を抜きました。
それを見たケルは、我ながら上出来ね、と心の声で自分を褒めました。ガード達は完全にこちらに気を取られています。ケルはガード越しに菜優が隠れる瓦礫の方を睨んで、わんわん、と高々に数度吠えたてました。
そんなケルと、菜優の視線がぶつかりました。ケルは威嚇するように吠え立てていますが、その視線は明らかに菜優の方を何度も見ています。菜優はそのことに気がつくと、ケルが何かを伝えたがっているのだと確信しました。
しかし、何を伝えようとしているのかが、菜優には分かりません。しばらく間の抜けたようにケルを眺めていましたが、やがて、ケルがガードたちの剣戟や、狼たちの体当たりを見事に躱しつづけているのを見て、そんなことしてる場合やないとばかりに頭を振りました。ケルは時間を稼いでくれているのです。であれば、菜優がやるべきことは一つです。
菜優はポーチの中のスモークボールをつかみ取ると、外に向かって投げました。スモークボールが地面にぶつかると、瞬く間にもうもうと大きな煙を上げて、あたりを埋め尽くしていきました。その隙に菜優は瓦礫の下から這い出ると、なるべく音を立てないように、しかし素早く、煙から脱出しようと歩き始めました。
やがて煙は晴れ、ガードたちはまた白日の下に晒されます。その頃にはあの猟犬はおらず、狼たちはさっきまで瓦礫の下に居たであろう、少女の匂いをまだ辿っています。ガードたちは「逃げられたか」と小さくつぶやきあうと、狼達が匂いを追うままに、その場を離れました。
一方の菜優は、全力疾走するケルの背に乗って、振り落とされまいと必死に捕まっていました。さっき見つかりかけたことを踏まえ、街の正反対の方へと走って行きます。
不意に菜優が、「こうさ、隠れたり逃げたりしてさ。なんか悪いことしてるみたいやな」と呟くと、「実際、悪いことをしてるのよ。あたしたちは」と、ケルは悪びれもせずに言うのでした。




