41 - 首都、マリーナに萌える花の中で
「で、どうするのよ、何をするのよ。ここで泣いてたって、なんともならないでしょうが」
「ケル様に賛成ですわ。心と思考の整理をつけたいでしょうが、ここはあまりに落ち着きがなさすぎる」
二人は菜優を急かしますが、菜優は相変わらず座り込んだまま動けません。嗚咽が漏れ、涙が溢れ、紡ぐ言葉も意味を為しません。
「なんとか言いなさいよ。別にここでナユを襲ってくるのを殺し続けることくらい造作もないけれど、あたしは嫌よ?そんなつまらないこと」
ケルは苛立たしげに、そんなことを吐き捨てます。そしてやっと、菜優は思ってることを口に出してきました。
「けどさ、私、もう何も分からんくて。何が正しくて、何が間違ってるのかとか、どうすればよかったのかなとかさ」
菜優が混乱の最中にやっと紡ぎ出した言葉を、ケルは一蹴するように言います。
「なにそれ、わけわかんない。やったことが正しいか間違ってるのかなんて、後からついてくる結果が決めるモノじゃないのよ。そんなこと、どうしてやる前から分かるのよ」
「ほほう、興味深いことを仰りますな。確かに今やナユはクーデターを勃発させた大罪人でしょうが、クーデターが成功した暁には、ナユは晴れてクーデターを成功させた英雄になるのです。そうすれば、償う罪もなくなりましょう」
コアトルがそう言うと、ケルは「面白そうね、それ。やるつもりなら力を貸すわよ」といきり立ちました。しかし菜優は、意気揚々とするケルとは対照的に、さらに深く沈み込んでいきます。
「でも、誰も巻き込んでなんて言うてないよ。それにクーデターを成功させたら無罪ってさ、それ私が人殺さなあかんって言うとんの?そんなん嫌やで。それに、人が死ぬんを見るんも正直嫌や」
「じゃあ、どうするのよ。あたしも蘊蓄スライムも、あんたが決めてくれなきゃ動けないのよ」
再三の要求に、菜優はまた黙り込んでしまいました。それを見たケルは、苛々としながらそっぽを向いてしまいます。菜優は、それまでよりも強く膝を抱いて、組んだ腕にまぶたを押し付けてしまいました。
真っ暗になった視界の中で、菜優は考え込みます。自分は何をしたらいいのか、誰を信じればいいのかを。ケルの言うことは信じたいけれど、それを信じるならば、菜優は自ら爆弾を設置したということになります。
言い換えれば、菜優が人を殺したと言っても過言ではないでしょう。菜優が宿屋まで荷物を運ばなければ、この爆発騒ぎはおきなかったでしょうから。
しかし、菜優はまだまだ中学生。それに、ごく普通の家庭に一人っ子として生まれ、両親の愛を独り占めにし、たった一発の銃声ですら大事件になりかねないような平和な街で育ってきたのです。
肉体的にも、精神的にも発展途上ですし、人殺しなんて、テレビの向こう側でしか見られない、半ば夢物語のようなお話ですらありました。そんな菜優が、自ら人を殺めたことを、受け入れられるでしょうか。
菜優は何度も何度も首を振りますが、否定すれば否定するほど、ケルに対する不信感を示すことになります。
ケルはこの国で出来た初めての、そして現状、唯一の気の置けない友達です-こんな書き方をするとコアトルの立つ瀬がないようにも聞こえますが、菜優にとっては紛れもない真実です-。あどけなさを残したままこの国に一人で流れ着き、心細い日々を過ごした菜優が果たして、そんな友達を信じられないと突き放せるでしょうか。
二つの相反したような考えが輪を描くようにぐるぐる巡り、菜優自身を苛みます。考えても考えても答えは出ない、けれどまだまだ時間は欲しい。その一心で菜優は、ついに閉ざしていた口を開きました。
「…時間が欲しい。とにかく時間が。だからもうちょい待ってくれやん?」
菜優はやっと言葉に出来ました。しかし、状況が許してくれるとは限りません。コアトルはしばらくその場で唸った後に、菜優に提案します。
「ならば、行き先など考えず一旦街から離れませんか?街中はどうにも騒がしいですし、ガードを追い払って下さっているケル様がいつ飽きてしまわれるかも分かりません」
「あんた、あたしを誰だと思ってるのよ。とっくの昔に飽きてるわよ」
「あらら、とっくに飽きてらっしゃいましたか」
軽口を叩き合う二人を見て、菜優はなんだか可笑しく笑いました。涙はまだ枯れてはいませんが、だからと言ってこのままケルにつまらない思いをさせ続けるわけにもいきません。
「うん、わかった。とりあえず街の外に出よう。ケルちゃん、なるべく人に会わんように案内できる?」
「なんでそんなことあたしがー…」
「やらなきゃ、またつまらん人殺しをさせられるんはケルちゃんなんやに?嫌やろ?もうとっくに飽きてるんやろ?やったらさ、なるだけ人は避けてこに」
菜優はなるべく笑顔をつくって、ケルの方を向き直ります。ケルは憎々しげに「ああ、もう!あんたったらほんっといけ好かないわよね!」と絶叫してから、先導しはじめました。それを聞いた菜優は嗚咽を混ぜながら「やっぱ、そんなケルちゃんが大好きやに」と、遠ざかりゆく背中に向かってつぶやきました。




