40 - 首都、マリーナに萌える赤い花
その日の暁の時の頃。チョドーンという轟音と共に、大きな大きな炎が芽吹きました。宿屋を中心に咲き誇ったそれは、やがて膨大な熱量と、強烈な爆風を以て街を焼き尽くしては、人々を吹き飛ばし、街中に大きな瓦礫の花壇と、その上に張り付かせるように、赤くぎとぎとした花をいくつもいくつも咲かせました。
その頃の菜優はというと、ベッドの上で眠っているようでした。ケルが菜優の上に乗っかって、何度も何度も叫ぶように呼びかけていますが、菜優は全く反応をしません。
「…きなさい、起きなさ…」
菜優は聞き覚えのある、怒気と焦りの混ざった声を聞いた気がしましたが、あまりの眠さにまぶたを開けることが出来ません。ピアスも市場も足が生えて逃げていくわけがないのですから、少しくらい寝坊しても許されることでしょう。あと十分、と言わんばかりに、菜優はまた深く眠り込もうとします。
「…ったら、いつまで寝てんのよ、バカナユ!」
しかし、自分を呼ぶ声があまりにうるさいので、寝ていたいのに寝ていられません。仕方無しに目を開けると、薄明の空に輝く星々が見えました。「なんや、まだ夜やん」なんて宣いながら、菜優はまたまた眠りこもうとします。
「緊急事態だっ言ってんの!二度寝するんじゃないわよバカ!」
そこで菜優はようやく目を覚まし、びっくりしたように跳ね起きました。寝ぼけ眼を擦りながら時間をあらためて確認しようとして、窓の外を眺めてみると、跡形も無くなった窓越しに見た、空は見た通りの薄明の星空。変わりない事を認めると、怒涛の三度寝を決め込もうとしました。
しかしそこで、菜優はようやく違和感に気づきました。そう、一度目に目を覚ました時には、窓の方をあえて見やることはせず、真上を見ていたはずなのです。
昨夜はたすけあうジャパンの宿舎の、二段ベッドの一段目で寝ていたはずなので、その状態で見えるのは二段目の底板の裏のはずなのです。仮に二段ベッドでなくても、宿舎に泊まったのだから天井か、屋根裏かが見えていないとおかしいでしょう。
にもかかわらず、菜優が見たのは薄明の星空でした。部屋の中にいて、真上を見ただけでなぜ空が見えるのでしょう。
思考がそこまで至って、菜優はようやく目が覚めました。またびっくりしたように跳ね起きて、状況を確認しました。見れば周りは瓦礫の山です。菜優が寝ていたベッドは原型を辛うじて留めながらも横倒しにされていますし、二段目は引きちぎられていて跡形もありません。
それに、周囲を見やれば大量の人や、人の腕や、足などが転がっていて、その近くでぶちまけられたような大きな血溜まりを花咲かせているのです。さらに遠くを見やれば、まだところどころに炎の残る、瓦礫と灰の山と化したマリーナの街が見えました。
菜優の脳裏に、恐ろしい想像が走ります。今の菜優には、頼りになる仲間と、頼り甲斐のない仲間がいます。少なくともそれだけは、喪うわけにはいきません。だから、半ば反射的に叫んでいました。
「ケルちゃん、コアトル、いる!?」
「だからいつまで寝ぼけてんのよバカ!」
安否を確認したかっただけなのに、怒られるとは世の中理不尽なものですね。
「小生もおりますぞ。時にナユ、散々な目に遭っておられるようですね」
「おお、コアトルも無事か。よかった…」
菜優は安心して気が抜けていきます。眠さもあってまた眠りかけましたが、寝ぼけ眼をゴシゴシこすり、無理矢理なんとか覚醒させます。
「全く。人間ってばどれだけ緊張感のない生き物なのかしらね。これだけの騒ぎの中でグースカ寝てられるんだから」
「ごめんて。けどさ、これ。何があったん?」
菜優が問いかけたその時、「見つけたぞテロリストどもめ、覚悟しろ!」という怒声と共に、ガードがこちらに駆けてきました。
菜優はすかさずガードの走っていく先を見やりましたが、そこには人なんていません。振り返るとガードはすでにケルに殴り飛ばされていて、地面に突っ伏していました。
「…テロリスト?もしかして私が?なんで?」
菜優は突然のことに驚いています。なにせ、なんの心当たりもないのにもかかわらず、いきなりテロリスト呼ばわりされたのですから。それを聞いてからあらためて周りで倒れている人をよく見てみると、ガードの格好をした人が多くあることに気づきました。
「これ、ケルちゃんがやったん?なんで?ガードさんてさ、私らの味方のはずやん」
「そうなの?少なくとも、ここに転がってる奴らはみーんなナユを殺しにかかってきてたわよ。…まぁ、あたしにかかれば鎧袖一触だったのだけど。鍛え直して来なさいな」
気だるげに伸びをしながら、ケルはそう言います。ケルの言うことを疑うつもりはありませんが、それを受け入れるとすると、菜優が街の敵になったことに他なりません。
「したらさ、私がほんまにテロリスト認定されてるってこと?なんで?私、特になんもしたつもりないんやけど」
「先刻、ケル様と話を合わせておったのですが、おそらくこういうことでしょう。ナユが夕暮れに運んだ荷物が巨大な爆弾で、それが明け方に爆発したのです。それを皮切りに、王宮へクーデター部隊が攻め込んでいるのも目視しています。ナユは、きっとその陰謀に巻き込まれたのでしょう」
「長ったらしいわね。要はナユ、あんた、あの男にハメられたのよ」
騙されてたとか、テロに加担してたとか、そもそもテロリストがこんな身近にいることとか。そんなこと、銃はおろか、刃物ですら易々とは持ち運べないような平和な国、日本に住む一介の中学生に過ぎなかった菜優に、受け入れられるはずがありませんでした。
「は?爆弾?なんで…なんでそんなもんが?嘘やんな?」
「少なくとも、あたしはあれが爆弾だったって確信してるわ。うっすらとだけど、菜優が運んでたあの箱の中からしてた刺激的な匂いがそこかしこからするのだもの」
ケルは菜優のほうを見やる事はせず、あたりの匂いを再三確かめながら言いました。ケルは普段の態度こそ素直ではないですが、こういう時に嘘を言うような性格ではありません。それは、菜優もよく分かっていました。
つまり、菜優は宿屋まで爆弾を運んだ事になります。菜優は知らず知らずのうちに、このテロ騒ぎの片棒を担いでしまったことになるのです。そのこと-言い換えるなら、人殺しの片棒を担いでしまったこと-への自責と後悔が降りかかってきて、菜優の双眸に涙が溢れてきました。
項垂れるように座り込んだ菜優は両膝を胸元に抱えては、とめどなく溢れ出す涙を、ただ一心に拭い続けることしか出来ませんでした。




