39 - マリーナでのお仕事
フロア案内を頼りに、菜優は〇三一一号室にたどり着きます。もらった鍵を扉に挿そうとしますが、そもそも扉に鍵穴がありません。扉に手をかけると、扉はきいと音を立てながら開きました。鍵、かかっていないようです。
部屋の中には二段ベッドが二つ並べられていて、その間に引き出しのついたエンドテーブルが一つだけ据えられたような、簡単な部屋となっていました。見回してみると扉の近くに鍵穴が一つだけある、四つの扉のついたロッカーがありました。
もしかして、と思いながら鍵を差し込んでみると、カチッという音とともに、四つある扉のうちの一つが開きました。なるほど、受付でもらった鍵はこっちに使うようです。
部屋を見回してみても、どこにも腰掛けられそうなスペースがありませんから、菜優は二段ベッドの一段目に腰掛けて、もらった資料を眺めはじめました。
「やぁ、もしかしてキミ、仕事探してたりしない?」
突然頭上から声が降ってきたので、菜優はびっくりして上を見上げました。すると、向かいのベッドの二段目からこちらを覗き込んでいる人がいるのです。菜優はその人のほうを向きながら答えました。
「そうなんです。でもここに来たばっかで、なんも分からんくて」
なら一つ頼みたいことがあるんだ、とその人は菜優の元に降りてきて言いました。少年とも少女ともつかない中性的な顔立ちの彼は、報酬ははずむから、と言いながらこんな提案を持ちかけてきました。
「夕方ごろに街の外れで品物を受け取るつもりなんだけどさ、どうしても外せない用事が出来ちゃったんだよね。それをボクの代わりに受け取ってさ、宿屋に預けておいて欲しいんだよ」
菜優は、内容を聞いて拍子抜けしました。報酬ははずむと言った割に、内容があまりに簡単なのですから。それくらいなら別にお金貰わなくてもいいや、と思いながら「それくらいならいいよ。」と二つ返事で承諾しました。すると、「わぁい、アリガト!」と彼は喜びました。
「あ。これ持ってってよ。この割符を渡せば、話は通じるようになってるからさ。あそうそう、すっごく重たいはずだから、荷車を借りてくと良いよ」
そう言って、彼は模様の書かれた木の札を渡してきました。札はコの字にくり抜かれていて、おそらくこの窪みにもう片方の割符を当てはめるのでしょう。
夕方になると、菜優は割符を持って、街の外れへと向かいました。指定された場所には同じく割符を持った男がいて、二つの札が綺麗に合うことを互いに確認しました。
そして菜優は荷物を受け取ったのですが、菜優の背丈に迫るほどある箱に詰められたこれがやたらと重いのです。依頼主のアドバイスの通りに、荷車を借りてきて正解でした。何が入ってるんだろうと、謎の箱の中身を由なしにも考えていました。
例えば…そう。もしかしてこれ、地元で配るためのお土産なんかな、とか。菜優の力では荷車に乗せても運ぶのがやっとなほどの量のお土産を、一体どれだけの人に配るつもりなのでしょう。
そういえば、この世界の住人は旅先にベッドを持っていく人も少数ながらいたので、量は少ないけれど、一個一個がやたら重いのかもしれません。そうすると…お土産の正体は、何かの彫像だったりするのでしょうか?
あるいは…そう。これが爆弾だったりして。地図を見るに、宿屋はちょうど街の真ん中にあって、街を爆発に巻き込むにはちょうど良さそうです。そして深夜になるとドカン!と爆発して…いや、そんな恐ろしいこと、誰が考えるのでしょう?
他にありそうなものといえば…動物とかはどうでしょう。箱のサイズもそれなりに大きく、菜優の背丈に迫るほどありますから、動物…仔象くらいであれば、入っていてもおかしくなさそうです。…が、そんなものが入っていたら、宿屋が臭くてたまらなくなりそうです。
それはそれで迷惑がかかるだろうから、念のためにケルに確認してみます。すると、
「そんな獣っぽい匂いはしないわね…もっとなんか…嗅いだことのない刺激的な匂いがするわ」
と帰ってきました。ケルが嗅いだことのない刺激的な匂い…まさか危ないお薬だったりして。しかし、こんな目立つ箱にめいっぱい薬を詰め込むなんて大胆不敵なこと、誰がするのでしょうか。
あれやこれやと妄想を繰り広げながら重い荷車を押し進めるうちに、宿屋に辿り着きました。日もすっかり落ちぶれていましたが、マリーナの街には街灯が灯っていて、夜なのに明るくありました。日本で夜に街灯がついているなんて当たり前だったけれど、この国に来てからは初めての経験です。そのことに気付いたら、菜優は、なんだかおかしな気分になりました。
宿屋の主人に手伝ってもらって、無事に荷物を預けることが出来ました。宿屋の主人さんと来たら、菜優が荷車に乗せてなんとか運んできたそれを両腕で抱え上げてしまったのですから、菜優はとても驚いて、「力持ちですね」と感嘆しました。
宿屋の主人は「これくらい出来ないと、宿屋はやってけねぇよ」と言っていましたが、声色はなんだか浮ついていて、鼻高々としてるんだなと、菜優は察しました。
夜も深くなってきたので、菜優は宿舎に戻ることにしました。部屋に戻るとベッドの上には依頼主がいたので、菜優は届けてきたことを報告しました。
すると依頼主の少年は「ありがとね!これ、報酬だよっ」といって、菜優に革袋を手渡しました。受け取ったそれはずっしりと重たく、中を開けてみると、大量のお金が入っていました。四十から五十ティミくらいは入っていそうです。
菜優が「こんなに受け取れないよ」と返そうとしたところ、依頼主の少年は窓から飛び降りていってしまいました。びっくりして菜優は窓から身を乗り出して、下の方を覗きこみましたが、流石に夜の闇が深く、依頼主の少年の姿はもう見えなくなっていました。
少し扱いに困りましたが、これだけのお金を貰えればあのエーテル避けの綺麗なピアスだって余裕綽々で買えるはずです。菜優は浮ついた心地のまま、今日はもう眠ってしまうことにしました。ベッドの一段目にだれもいないことを認めると、そのまま布団を頭まで被り込みました。
明日、市場で他に何を買おうか。久しぶりに服を見繕うのも楽しそうやな。考えるだけでワクワクしてなかなか寝付けずにいましたが、それでも夜は更けていくのでした。




