37 - マリーナの市場を巡って
騒ぎから抜け出した菜優は、今度は商店街のような通りへと辿り着いていました。道を挟んで右左に、多くのお店が開いています。ここも相応に人が多くありましたが、人混みに紛れられるのであればむしろ好都合でありました。
こちらにも、服屋、アクセサリーショップ、八百屋に武具屋から薬屋まで、多くの店が並んでいます。菜優はそれらを見てまわります。目当てのものが他にきちんとありますので、なかなか買うには至りませんでしたが。
菜優は、お店の人に、片っ端から聞いてみました。「護身用にエーテルの剣をもらったはええんやけど、エーテル酔いが酷くてまともに扱えやんのです。なんか良い対策はないですか」と。店員さんは色々と考えてくれていましたが、良そうなものはなかなか出てきてくれません。
やがて、菜優は不思議なお店に辿り着きました。薬っぽいのから、杖や、アクセサリーまで。怪しげな雰囲気の中、さまざまなものが置いてあるお店でした。菜優は何屋さんなのか予想もつかないまま、店員を尋ねました。
すると店員さんは少し頭を捻った後に、「こいつなんかどうだい?」と、シンプルな金の縁の中に透き通った翡翠色の宝石が埋められた、小さなピアスを差し出してきました。
「エーテル避けのアクセサリーはいくつかあるが、酔い止めにしたいなら頭に近い方が良いだろう。試しにはめてみるかい?」
店員さんは笑みを湛えながら聞いてくれますが、あいにく、今の菜優にピアス穴は空いていませんので、断ろうとしました。しかし、本当に酔い止めの効果があるかは知りたくありました。
そこで菜優はいつの間にか肩口に乗っていたコアトルにピアスを手渡してみました。そして店員さんに断りを入れながら、腰に下げたエーテルソードを少しだけ抜いてみました。
その効果は覿面でありました。菜優は違和感こそ感じたものの、立てなくなるほどの気持ち悪さには襲われませんでした。どうやら、店員さんの言っていることに間違いはないようです。
そう思った菜優はたまらなくなって、店員さんにピアスの値段を聞きました。その値段、なんと五十九.九〇ティミだそうで、今菜優が持っている全財産を上回ってしまっています。がっくりと項垂れる菜優に、店員さんは提案を持ちかけてくれました。
「護身用ってんなら、魔法の矢の杖はどうだい?振るだけで魔法の矢を飛ばせる代物さ。回数に制限があるったって、モンスターに近づかなくて済むから、剣を使うよりもよっぽど安全だと思うが」
菜優は手渡された杖を、不思議そうに見つめました。特に何かを感じるわけものでなく、単なる杖にすぎないのですが、これを振るだけで魔法の矢を飛ばして攻撃出来るそうなのです。
店員さんを疑うつもりではないのですが、とうとう魔法の存在が自分の身近にやってきたことに、菜優は現実感を失っていました。
そんな菜優を見た店員さんは、ちょっと失礼、と言いながら菜優から杖をひったくると、おもむろにそれを振って見せました。すると、杖から光の矢が飛び出してきて、お店の奥の方へと通り過ぎて行きました。
光の矢は、奥の扉の目の前にまで達すると、突如として分解されるように消えていきました。菜優が驚きながら見ていると店員さんは、
「ま、こんなもんさ。あの扉には細工を仕掛けてあるから、あそこで散り散りになったけれども、ほんとはもっと遠くにまで飛ばせるぞ。値段は回数制限ごとにバラバラだが、一回あたり一.六二ティミだ。どうだい?」
と菜優に勧めてきました。クラッカーと大差のない値段に見えますが、その値段でクラッカーなら十個束になったものが買えます。つまり、値段あたりに使える回数は十倍ほど違うのです。菜優は考えましたが、やがて店員さんに断りを入れて、一度外に出ました。振るだけで魔法が使える杖も魅力的に見えましたが、それ以上にあのピアスに心惹かれていたからです。
あんな気持ちの悪いエーテルを避けられるようなものなのだから、もっと苦い薬だとか、アクセサリーとしても、禍々しいデザインのものを勝手に想像していました。
ところがどっこい、差し出されたのは金の中に美しい翠玉の光るような、とてもシンプルで瀟洒なピアスだったのです。それは菜優にとって、エーテル酔いのことを抜きにしても欲しいと思える逸品でした。
そうと決まれば、お金を稼がなくてはなりません。ヴァレンタインでもホワイトデイでもそうだったように、どこかにきっと仕事の依頼が集まる掲示板があるでしょう。菜優はそう目星をつけて、またマリーナの街を歩き始めました。




