28 - 異文化間コミュニーケーション
菜優はヴァレンタインの街の復興の手伝うべく、奮って家を発ちました。
道中、菜優は昨日のヴァレンタインの様子を思い出していました。多くの建物が崩されて、焦げたたり煤けたりして黒ずんでいて、あたりにはむせかえるような煙の香りが広がっていて。
見るに耐えない姿となった街を、一刻も早く復興させたい。そのためにはなんでも手伝おうと、菜優は意気込んでいました。
やがて、簡単な門と、その先に建物の立ち並ぶ、見慣れた街が見えてきました。そう、ヴァレンタインです。が、記憶にある街の姿と殆ど変わらないその姿に、菜優は違和感を覚えました。
盗賊達の襲撃があって、建物のほとんどが崩されたのは、昨日のことだというのに、遠目に映るヴァレンタインに、壊された建物は何一つ見当たらないのです。
街の門をくぐってみて、改めて街の中の様子を確認しました。だからと言って街の様子など変わるはずもなく、いつもの活気に溢れたヴァレンタインそのものです。
菜優はあっけにとられて、門のすぐ下で立ち止まってしまいました。口をぽかんと開けたまま、一歩も動こうとしません。
どこからともなくどきつい緑のスライムが這い出てきて、何かを告げようとしましたが、菜優の様子を訝しみました。
「どうしたのですか、ナユ?入らないのですか?」
「えーっとな?昨日さ、火事だのなんだので大変やったやん?街もあちこち壊されて、ほとんど建物なんなかったやんか。けどさ、今、そんな様子なんあらへんやん。いくらなんでも早すぎやん?何がどうなってこうなるんさ」
「ナユは不可思議なことを仰いますね。街などこのようなものでしょうに」
街などこういうもの。菜優の疑問を一蹴するかのような回答に、そっかと言いつつ首を傾げました。
昨日の夕暮れどき、崩れたままの建物がそこらじゅうに散らばっていたのを、確かに確認したはずです。あれから一夜ほどしか時間が経っていないのに、なぜ、街がすでに元通りの姿になっているのでしょうか。
夜のうちに住民総出で直したのでしょうか?いえ、その可能性は低いでしょう。
なにせヴァレンタインには街灯の一つもなく、月がいくら明るくたって、夜の暗がりの中で作業するには無理がありますから。
それに、コアトルの言い方もなんだか引っかかります。まるで、街が一人でに直ったかのように聞こえました。
もしかして、街には自動修復機能のようなものがあって、どれだけ壊されても目が覚めたらあっというまに元通り。…これはこれで、なんだか馬鹿げた話に聞こえますね。
菜優はしばらく悶々と考えていましたが、やがて諦めてしまいました。あの悲惨な姿の街のままいられるよりも、ずっと楽ですし。それよりも、街がいつものように戻っているなら、自分もいつも通りのことをすればいい。菜優は、たすけあうジャパンの支社を目指しました。
たすけあうジャパンにある掲示板を見て、依頼が無いかを探しました。菜優は当然、イースティアの地理には疎いですし、ケルだって地名まで把握出来ているわけではありません。
博識な-ケルと同じくモンスターでありながら、なぜ博識なのかは分かりませんが-コアトルの助言を聞きながら依頼を吟味して、やがて一つの依頼を選びました。
ここヴァレンタインから南に出て、三日程度歩いたところにイースターという村があるそうです。そこへ農具を届けると同時に、交換で野菜などの農産物を受け取る仕事のようです。
期限は十四日後に設定されていました。今回は行って帰ってくるまでがお仕事なので、あまりゆっくりしている時間はありません。
菜優はまた荷車を借りて、そこに農具を詰め込みました。量こそ多いものの荷車からはみ出ることがなかったので、菜優も苦心なくロープを走らせ、しっかりと荷車にくくりつけました。
そしていつかホワイトデイへと向かった時と同じように、ヴァレンタインの街を発ちました。
暖かな空気に包まれながら、菜優たちは街道を南に進みます。道行く人々に横目をやりながら、こんにちはと声をかけていきました。特にこれといった理由もないけれど、挨拶しない理由もなかったから。
しかし、誰一人として、挨拶を返してくれるものはありませんでした。幾人かが、目を丸くしたり、訝しげな表情を浮かべながら、菜優の方を見やるばかりです。
それでも菜優は、挨拶することをやめませんでした。今の菜優には、とにかく情報が必要です。日本に帰る方法や、お仕事の話、この土地の文化などなど、とにかくたくさんの情報が必要です。
そのためには地元の人とコミュケーションを取ることが必要不可欠です。そしてそのコミュニケーションの第一歩は挨拶だと、菜優は教わっていましたから。
しかし誰からも挨拶を返されないとなってくると、菜優は次第に苛々としてきました。一人二人くらいならそんな人もおるよなと諦めることも出来ましょうが、一人も返さないとなってくると話が変わってきます。
挨拶をされたら挨拶を返す。小学生の頃からずっとそう教えられてきましたし、生徒会の役員候補たちも、揃って挨拶のことをスローガンに掲げていました。それに、菜優の知りうる限り、挨拶のない国なんて聞いた事がありません。
もしかして言葉が違うのかもしれないと、菜優は思い至りました。当然のように日本語が通じていたから失念していましたが、ここはいわゆる異世界なのです。挨拶の言葉が違っても、不思議ではないかもしれません。
菜優は、思いつく限り色々試しました。こんばんはとか、おはようございますとか。あえて砕いておーっすとか、あえてかしこまってご機嫌麗しゅうなんて言ってみたり。それでも、道行く人々の反応は変わりません。
ならば、他の国の言葉ならどうでしょう。ハイだったりハローだったり。アニョハセヨ、ニーハオ、セーノーと言ってみたり。それでも、反応は変わりません-どころか、より不審がられているようにも見えます-。
根気よく声をかけ続けるうち、とうとう反応を返す人がありました。
「我こそは"ありふれた妻の伝説"オリョーウでおじゃるぞ。ここで会ったが百年目。命が惜しくば、積荷を全て置いていくでおじゃる」
菜優は引き攣った笑顔を浮かべながら-そしてドン引きしながら-しまった、と思いました。




