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異世界少女、放浪記。  作者: げっとは飛躍のせつなさ
第1-5章 紫苑の猟犬、ケルとの絆、のおはなし

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25 - 戦火のあとで

 菜優は、ヴァレンタインに残って怪我人の手当てなどの手伝いをしていました。慣れないながらも包帯を巻いたり、歩けない人に肩を貸したり。見知った顔は誰一人欠けていないので、菜優は胸を撫で下ろしました。


 火の手が上がっている方を見やると、燃えている建物と、その周囲の建物を壊しているのが、菜優の目に映りました。


 ハンマーが振りかざされ、それが外壁や柱に打ち据えられる度に、がらがらと音を立てて崩れます。見知った街並みが壊されていくのに耐えかねて、菜優は近くにいたシイナに尋ねます。


「水は使わないんですか?水をかけてあげれば、火なら消せるん思うんですけど」


「小さい炎ならなんとかなったと思うけれど。魔法士もいない今、あれだけ激しい炎を消せるほどの水を準備するほうが無理ね。だから、せめて他の建物に火が移らないように、周りの建物を壊していくことしか出来ないのよ」


 今にも飛び出していきそうな菜優を諌めながら、シイナは諭すように教えてくれます。


 ヴァレンタインの街には水道こそ通っていますが、それらは専ら飲水に使われるのみで、火事が起きた時の為に貯水しておけるほどの余裕はありません。またその水源である川は比較的遠くにあり、往復するのに二十分ほどかかります。その間に火がより大きくなる事は、想像に易いでしょう。


 建物から飛び出てくる炎は、ごうごうと唸り声をあげながら、空へ空へと伸びていきます。その側の建物から順番に崩されて行くのを、ただ歯噛みをしながら見守ることしか出来ませんでした。


 日も暮れ始めた頃になってようやく炎の勢いも落ち着いてきました。とうとう燃える物もなくなって、炎は姿を見せなくなりました。住人達は川から汲んできた水を持ち寄って、念の為に炎の跡に投げ打っています。


 街の建物はその多くが壊されて、たすけあうジャパンの支社を含めた、わずかな数の建物が残るのみとなりました。


 菜優はヴァレンタインに来てまだそこまで時間は経っていませんが、それでも、街の様子のことはひどく覚えています。


 門を潜って左手を見やれば市場があって、時折売り子さん達の声が張り上がってくる。右を見やればたすけあうジャパンの支社があって、仕事の掲示板を見やっていると、背中のほうから酔っ払い達の喧騒が聞こえてくる。外に出て真っ直ぐ歩けば雑貨屋があって。そこで荷物の縛り方を教えてもらったっけ。


 それ全部が取り払われてしまって、代わりに見渡す限りに広がるのは、瓦礫の山々ばかり。眺めているうちに、菜優はなんだか空しい気分になりました。


 もしかして瓦礫の山々と化した建物の中に、誰かが住んでいた家があったなら、その人はどうやって明日までをどう過ごして迎えるのだろう。ホワイトデイまでの旅路の中で野宿をした菜優でしたが、野生動物やモンスター達に襲われる恐怖から、まともに寝られた気もしません。そんな中で街が復興するまでのしばらくの間暮らさなければならない…菜優は考えただけで恐ろしく感じました。


 しかし、ヴァレンタインの街中には人の住む家はほとんどありません。どういうわけか、家々は郊外にばかり建っていたのです。菜優はそのことを思い出して、杞憂だったと胸を撫で下ろしたと同時に、こういうことがあるから家は郊外に建ててるのかと、合点がいきました。


 その瓦礫の山々に寄ってたかって、自分達の荷物の確認をする人がちらほらといます。


-こいつはひでえな。熱にやられておしゃかになってらぁ。

-これもダメね。煤まみれになっちゃって売り物にならないわ。


 その人たちが口々に言い合うのは、とても前向きとは言い難い言葉ばかりでした。実際に火の手が上がっていたのは数軒だけなのに、その炎を広げないためにほとんどの建物が取り壊されてしまいました。それだけでなく、実際には炎に晒されていなくとも、その熱で使い物にならなくなってしまったものも多かったようです。


 火事が一つ起こるだけで、こんなにも大変だなんて。火事についてなんて、テレビでニュースを見るばかりの菜優には、とても想像もつかない事でした。


 街の片付けを手伝っている最中に、街の入り口に一匹の猟犬が現れました。赤黒く染まった全身のところどころに砂埃を引っ付けながら、猟犬は悠々と街に進入してきます。


 菜優がその猟犬の姿を認めると、とても堪らなくなって、猟犬の下へと駆け出しました。そして思い切り良く抱きつこうとしましたが、猟犬はそんな菜優をあっさりと躱してしまいます。勢い余った菜優は、顔面から地面に倒れていきました。


「だから。血で汚れるからやめなさいって言ったでしょ」


「そんなん関係ないよ」


 地面に倒れ込んだまま顔だけを上げて、菜優は猟犬のほうを見やります。赤黒く染まった紫苑の毛並み、黄金に輝く瞳、そして人語を話す彼女を、見間違うはずはありませんでした。


「ああ、もう。鼻血まで垂らしちゃって。何やってんのよ」


「だって、無事に帰ってきてくれて嬉しいんやもん。お帰り!ケルちゃん」



 菜優はそう言いながら、安堵と喜びを綯い交ぜたような笑顔でケルのほうを向きます。ケルは目を逸らしつつも、「ただいま」と小さく答えました。


「ああ、そう。それとね、ナユ。あたし、しばらくあんたについてくから。あんたったら弱っちいくせに無茶するから、危なっかしくて見てられないのよ」


 そっぽを向きながら、ケルは言い放ちます。しばらくがいつまでかは分からないけれど、ケルちゃんとまだまだ一緒に居てもいい。その事が嬉しくて嬉しくて堪らなくて、菜優の心が弾けて踊ります。


「ケルちゃん!」


「だぁっ、もう!だから抱きつくなっての!」


 迫り来る両腕を、体を、ケルは後退りしながら前足を突っ張って押し戻そうとします。菜優はそんなささやかな抵抗を歯牙にもかけず、ただただ、新しい友達とまた一緒にいられることの喜びを、全身で表していました。


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