24 - その猟犬、激憤が止まらない
ケルは街の外を、風を切り裂きながら走りゆきます。時折立ち止まっては匂いを確認し、方向を確かめるとすぐさま駆け直します。
やがて一つの洞窟の前にたどり着くと、建てつけられた扉に力強く体当たりをかまして、木端微塵に打ち砕きました。
中には数人ほどの男が居着いていて、いかにもガラが悪そうに見えます。男どもは闖入者の気付き、皆一様に武器を構えます。一人の男が勇み出てきて、ケルの前に立ちはだかります。
「なんだ、この猟犬は」
「うちのツレがあんたのツレに世話になったからね。お礼は返さなくちゃいけないでしょ」
ケルは獰猛に唸りたて、牙を剥き出していきます。
「人間様相手にお礼を返しに来たなんて。生意気な猟犬だな」
「あら、やる気?嬉しいわね。あんた達のツレはあたしに恐れ慄く腰抜けばかりだったからね」
「はっ!猟犬風情が、生意気言うじゃねえか。人間様に楯突かないほうがいいぜ」
「粋がってるところ悪いわね。自惚れてるわけじゃないけど、あたしはあんた達よりも遥かに強いのよ」
ケルの前に勇みでた男は手にした斧をケルに向かって振りかざします。ケルは後ろの方に耳をやると、即座に前に駆け出しては男の股下を潜り抜け、後脚で強引に男の背中を蹴り飛ばしました。
蹴り飛ばされた男は軽々と宙を舞い、ケルの後ろから忍び寄っていた男を巻き込み、洞窟の外へと飛ばされていきました。ケルはちらりと後ろを見やり、正面に向き直りながら言いました。
「下衆が。こんなレディを相手に、後ろから襲いかかるなんて、ご挨拶が過ぎるんじゃないかしら。あたし、目は前にしか付いてしかないのよ」
「レディ扱いして貰いたいならな、もうちょっとそそるような体になってから来な」
「下衆な上に、下品な輩ね。ヒトとしては下の下ってとこかしら」
さらに数人の男共がまとまってやってきて、剣を振り下ろします。しかしその切っ先は地面を撫でた後、握っていた手の骨ごと粉々に砕けてしまいました。ケルはその近くに着地を決めて、激痛に顔を歪める男達を見やっています。
-なんだこいつ。ホントに猟犬か。
-めちゃくちゃ過ぎる。化け物かよ。
なんて恐れを成すような声が、口々に交わされていきます。その中心にケルは立ち尽くして、腰が引けたまま自分を取り囲む男達を睨みつけました。
「…これだけ?もっと骨のあるやつは居ないのかしら」
ケルは逆立てていた毛を緩やかに寝かせていき、剥き出していた牙も仕舞い込んでいきます。そこに突然投げつけられた瓶をケルは咄嗟に躱すと、瓶の飛んできた方向に向かって跳びかかりました。そして、そこにいた男達を殴り飛ばし、その五体を容易く砕きました。
「この匂い…媚薬かしら。ホント、救いようのない程の下衆野郎共ね。ナユからは手心を加えるように、って言われてたのに、これじゃ手の抜きようがないじゃないの」
ケルは小声で呟くと、また毛を逆立てて、視界に映る男どもに片っ端から跳びかかっていきます。その背を、腕を、足を圧し折っていきます。ケルの一挙一動が暴力の渦巻く嵐のようになり、男達の命を容易く手折っていきました。
そんな嵐を掻い潜って、そろそろと洞窟の奥から逃げゆく男がいることに、ケルは気付きました。すかさずケルは、その男に飛び付きました。
「逃すか。あんたが頭だって分かってんだからね。あんただけは何があっても逃さないわ」
ケルは男を押し倒しますが、一八〇センチはあろう男を押さえ込むには、ケルの体はあまりに軽すぎました。男は軽くケルを払い退けます。
ケルはその反動を活かして高く、高くに跳躍します。そして天井に着地をすると、床に這う男に向かってまた跳びかかりました。ケルが天井を蹴り出すと共に、びりりと天井が震えだします。
弾丸のように飛び出してくるケルを、男はすんでのところで躱します。しかし、地面がケルの突進に耐えきれず、ひびを走らせながら崩れるように、大きな穴を作ります。男は出来上がった穴に巻き込まれるように、その中心へと落ちて行きました。
ケルは、自分の元に転がり込んでくる男の姿を冷静に捉えています。しかし、同時にまた何かが崩れるような不穏な音がしていたので、ケルはあえて男に追撃をすることはせず、穴の中からひょいと飛び出してきました。
その直後のことです。ケルが蹴り出した天井のひびが、大きく大きく成長し、やがて、その中心から崩れ落ちてきました。
「ああん、もう!せっかく良いところなのに。たったあれだけで崩れてくるなんて、弱っちい天井ね!」
岩や土の塊が、がらがらと崩れて落ちてきます。ケルはそれらを躱しながら出口を目指しますが、洞窟の崩壊はケルを待ってくれません。ケルが脱出するのを待つことなく、とうとう、洞窟は完全に崩れ落ちてしまいました。




