092-有り得ざる敵
それは逆光でよく見えなかったが、何か動くもので、そして一対の爛々と輝く虹の光がこちらを向いているのが私には分かった。
何だろう、人型? で、虹? の人物が、ゆらりと手をこちらに向ける。
そしてその手の先に、小さな光の玉が生まれ、急速に膨れ上がっていく。
それを認識した瞬間、私はチェレミーに飛びついて、床へと身を投げ出していた。
「ふっ、伏せろぉ!!」
「えっ、おかぁ───」
轟音、衝撃、上から降ってくる壁と天井だったもの。
私は魔力で自分を保護しながら、腕の中の娘のことを気にかけていた。
「嘘、何で……?」
「大丈夫か、チェレミー!」
しかし娘は私の腕の中から、何処かを見て呆然としている。
何を見ているのか?
決まっている、襲撃者だ。
「くそっ、襲撃とは、何者だ!」
「おやおや、何者だとは随分と悠長ですねドートシール」
声はアーリスマディオのものだった。
つい今しがた襲ってこないと断言したばかりだというのに、まさかそれが覆されるとは。
娘が驚くのも当然だ。こんなこと、あり得るはずがない。
「アーリスマディオ!? 馬鹿な、何をしているか分かっているのか!?」
「分かっていますよドートシール。私は為すべき事を為しているのです」
「こんな暴挙が為すべきことだと!」
「そうですとも。どのみち私は教会にはいられなくなるのでしょう? ならばその前に、あなたのような不信心者を始末しておこうと思いましてね」
「は?」
一体この男は何を言っているのか、私には理解ができない。
私は教会の法に逆らってはいないし、神を否定した覚えもない。
なのに奴は私を殺すのだと嬉々として言っている。
そう、喜んでいる。
私にはこの男が、私を殺せることを心底喜んでいる様に感じたのだ。
爛々と輝く両の瞳が、釣り上がったその口角が、私に奴の狂気を感じさせていた。
「本気、なのか……?」
いや、何を聞いているんだ私は。
アーリスマディオが冗談や酔狂でこんなことをする訳がないではないか。
奴の言う通り、私はあまりにも悠長だった。
「おやめ下さい、アーリスマディオ様! これ以上は───」
「テストです」
「おごっ……」
横合いから私の部下が政治を叫ぶが、その途中に床から何かが飛び出して彼の腹を突き上げた。
飛び出したのは、太く尖った、石の棘だ。
それが部下の腹を貫いて持ち上げ、串刺しにしている。
本当にやった。
奴は神官を手にかけたのだ。
「お、ぁ……」
「全く情けない。この程度で正式な神官とは、聞いて呆れます」
「や、やめろ。よせ、来るな」
コツコツと足音を響かせて、アーリスマディオが私の方へと歩き出す。
殺しにくる。奴は本気だ。
まるで容赦がなく、躊躇もない。
死にたくなければ、立ち向かわなければならない相手だ……と考えて、私は腕の中の存在を思い出した。
娘は? この男はチェレミーも殺すのだろうか?
そんな筈がない、とは言い切れない。
何故ならこの男は今、狂気に囚われているのだから。
そう思ったら、私は思わず奴に向かって飛びかかっていた。
「う、うおおおおおっ!!」
娘は殺させない!
投げるのでも殴るのでもいい。とにかく奴をここから追い出してしまわなくては。
私はそのために魔力を操り、肉体を強化して掴みかかる。
───が、スッと奴が一歩踏み出しただけで間合いをズラされ、私は顔面に、瞬時に2発の打撃を叩き込まれた。
痛い、と思ってほんの少しのけ反った瞬間に、脇腹に横向きの衝撃が走る。
「がはっ!?」
そしてその次の瞬間には全身に衝撃が走って、私はいつの間にか町の景色の中に放り出されていた。
どうやら吹き飛ばされて壁を突き抜けたらしい。
受け身もまともに取れないまま石畳に叩きつけられて、ゴロゴロと地面を転がされる。
「う、ぐ……アーリ、ス、マディオぉ……!」
ズキズキと痛む脇腹を押さえながら顔を上げると、教会の2階あたりの壁が大きく崩れていて、部屋の中から奴が私を見ているのが見えた。
私が突き破ったのはあの端っこの辺りだろうか?
何にしても、教会が破壊されるなど、見たことも無い光景だった。
「ドートシール様!? 何があったのですか!」
「魔物の残党か!?」
外にいた神官達も教会や私を見て驚いている。
彼らは騒ぎがあったことに気が付いて、続々と集まってきていた。
しめた。これなら先ほどよりも奴に対抗しやすくなる。
だがそんな事よりも、娘はどうなったのだろうか?
角度の問題か、ここからではそれも確認できない。
あの様子なら、奴の興味は私だけに向いているのだろうが……。
「本当に情けないですね、ドートシール。その体たらくで、いったいどうやって第4階位になったのですか」
今、奴は私を明確に見下している。
いつも感じるような、懐疑や皮肉では無い。
ただ純粋に、私を心底から嫌っているのだろう。
「ぐっ、貴様、チェレミーは、どうした!」
「チェレミー? あの修行嫌いも殺してほしいと?」
「何だ、とぉ……!!」
アーリスマディオはまだ、チェレミーを手にかけては居ないらしい。
しかし奴はいざとなれば躊躇いもしないだろう。
やはり、あの男はここで殺さなければならない。
「あなたにそんな余裕はないでしょう。力の無いあなたは、どのみち私に殺されるのですから」
「武力だけが、力ではない!」
「ほう、別の力があると? ハッ、見てみたいものですね、そんなものがあるのならですが」
「言ったな!!」
「む?」
私は手を天に向けて突き上げ、そこから一つの魔法を発射した。
赤色の光球。それは高速で打ち上がり、どこからでも見えるような高さに到達すると、光と音を伴って破裂する。
一瞬視界の全てが赤く見えるほどの光と、耳障りな金属をこすり合わせるような大音量。
これは命令の意味がある信号弾だ。
意味するところは緊急事態と、敵の殲滅。
この光と音を感知した私の部下は私の元へと集まり、私の敵を殺してくれる。
「数は力だアーリスマディオ、お前にはここで死んで貰うぞ!!」
だから私は、奴に向かって吠えるように牙を剥き出した。
戦いは数だよアーリスマディオ!
単一戦力が戦況を覆すなんて、そんなそんな。
まぁ普通の戦場に神官が一人でもいたら、天の裁きでかなり殲滅できちゃいますけどね。




