090-彼の空腹
「理性では分かっていても、決断し難いものがあるとは、なかなか知らないことは多いものです」
「……分かっ……りました。けど、なるべく早くしてくださいよ。デルミスは腹が減ってるって言ってたし、ずっと食べてないんですから」
アタシは何とか妥協をして、諦める様に倒れ込む。
本音を言えば、今すぐにでも飛び出して行きたい。
というか体が縛られていなければ、実際にそうしていたと思う。
ただどうしようもないから諦めただけだし、デルミスを助けるなら神官様の力は必要だろう。
アタシはそうやって自分を納得させようと目を瞑った。
「腹が? 彼がそう言ったのですか?」
「そうです。悠長にしてたら、あいつが餓死しちまう」
「そんなはずは……」
しかし神官様はアタシの言葉に何か気にかかることがあったらしい。
彼は驚いたように考え込み、ぶつぶつと何事かを呟き始めた。
「嘘を? いや、それは……しかし…………彼がそう訴えたのはいつの話ですか?」
「? そりゃ、神官様があの黒いやつを殴り飛ばしたくらいですけど」
「なら……戦って……ゴーレムのような? だとすれば……魔力と魂とは……」
何か難しいことを考えているらしく、神官様は眉を眉間に寄せて、難しい顔をしていた。
「……不味いかもしれません」
かと思えば、突然顔を上げて、そんなことを口にする。
けれどそんなことは当たり前の話で、今この状況のどこに不味くないところがあるというのか。
「そりゃあ、不味いんですけど……」
「いえ、思ったよりも時間がないかもしれないのです」
アタシが少々呆れながら返事を返すと、神官様はさらに深刻な言葉を返してきた。
「時間が?」
「デルミスさんが言うには、彼はまだ月の満ち欠けが一巡する程度は何も食べなくても問題がない筈なのです。しかも私が知る限り、彼は今まで一度も空腹を訴えたことはありません」
「はぁ? でも、確かに腹が減ってるって」
「それです。彼はある程度の大きさの生物の魂を接種し、それを貯蔵、言うなれば食い溜めしておくことができる。しかし何故かその貯蔵がなくなっているのです。負傷が原因かと思いましたが、その前から空腹だったと言うのであれば、私と別れてから合流するまでの間にそれが全て消え失せたと言うことになります。一応確認しますが、その間彼は負傷しましたか?」
「いや、たぶん怪我はしてませんでしたけど……戦ったら腹が減るのは当たり前じゃないですかね?」
「そうですね」
しかし言葉の割には神官様が言っていることはいまいち深刻に聞こえない。
単純に動いたから空腹になったと言うだけで、それの何が不味いのだろうか?
腹が減るのは大変ではあるが、それによって即座に死ぬわけでもないのに。
「しかしその量が莫大すぎる上に、彼は人間ではない」
「はぁ……?」
「デルミスさんはおそらく、ゴーレムのようなものなのでしょう」
「ゴーレム?」
神官様の話はいまいち要領を得なかった。
回りくどい上に、難しい理屈を並べ立てていて何が言いたいのかがよくわからない。
これがデルミスのことを言っているのでなければ、アタシはキレていたかも知れない。
「魔力で動く人形のことです」
「デルミスは人形じゃねぇぞ……」
「そうですが、貯蔵したエネルギーを直接使って活動するという点は似通っています。ゴーレムの場合は魔力が切れれば活動を停止しますが、デルミスさんの場合はどうなるか……」
「え……」
それはやっぱり、餓死するということじゃないのだろうか?
ゴーレムとやらはそうじゃないのか、神官様と知っていることに差がありすぎて、アタシには彼の出した結論についていけない。
「魔物というのは、基本的に生物なのです。岩でできた見た目のようであっても、その心臓部は生物的であったりする。生みの親であるダンジョンも同じようなものですが、活動を停止するのは死んだ時だけなのです」
「あの、つまりどういう事なんですか?」
「つまり、彼は空腹がそのまま死に直結しているかもしれない、という事です。我々のように、水で多少誤魔化したりすることもできません」
「それって……じゃあ、デルミスはもう死んじまうってことなのか!?」
「推測ですが、その可能性は低くありません」
理屈はよく分からない。
けれどアタシには、それだけわかれば十分だった。
だったらやっぱり、こんなところで悠長にしてる時間なんてないんじゃないか!
「どうにかして食料を渡せればいいのですが、確実に渡すとなると……私は一度逃げていますしね」
「助け出せばいいだろ! アタシは行くからな、このっ……ふんっ、くぅっ……これを、解けよ!」
魔力を使って体を捩るように暴れて、どうにかして光の紐から抜け出そうとするが、まるで魔法が小ぼっかどうはれる気配がない。
アタシが使うのとは比べ物にならない強度だ。
これが神官様の言う調整なのか?
これじゃあ、アタシにはどうしようもないじゃないか……。
「それが一番手っ取り早いのは確かですが……しかし」
「しかしも何もあるかよ! デルミスが死んじまうかもしれない事以上に、大事なことなんてあるか!」
「!」
叫んで暴れていると、唐突に光の紐が甲高い音を立てて砕け散る。
あまりに突然だったので、アタシはそれに対応もできずにひっくり返ってしまった。
「あだっ」
「確かに、仰る通りです。私としたことが、少しばかり目が曇っていたようですね」
「し、神官様?」
「そうです。良き者を助けるのが神の教え。それ以上に大切なことなど、あろうはずも無い。まして責務を果たさぬ者を気にするなどと……フッ」
神官様は少し俯いたかと思うと、口元に微笑を浮かべる。
そして彼が自分の目の当たりに手をやると、張り付いていた目隠しがぱらりと外れていく。
その下から顕になったのは目だ。虹色で、見たことがないほど爛々と輝いていて、それはアタシに恐怖を感じさせた。
「そうです。そうですとも。バルダメリアさん、私はやることが出来ましたので、別行動をしましょう」
「はぁ!?」
「私が教会で騒ぎを起こしますから、あなたにはデルミスさんを救出してください」
「あ、あぁ、そういう……」
てっきり神官様は何事かを思いついて、そのままどこかへ行ってしまうのかと思った。
アタシ一人でデルミスを助け出すのはどう考えても難しいので、彼の助けは必須だ。
「フ、フフ……そうです。ドートシールめ……」
しかしアタシの目には、神官様の今の状態は明らかに不自然な様子に見えていて、本当に大丈夫なのかと心配になる。
けど、それでもやるしか無い。
だってアタシには、デルミスが必要なんだから。
なんとびっくり、デルミスくんはバッテリー搭載みたいな生物だったんですね!
知ってた。




