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ステゴロソウルイーターの冒険譚  作者: 鳥野啓次
第四章 ハルマトン・ダンジョン
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089-展望は暗き道

<Side バルダメリア>


 アタシを『捕縛せよ(アンカウル)』で捕まえたまま、アーリスマディオという神官様は、あの酷い場所から逃げ出した。

 人々を飛び越え、魔物と人の死体で溢れた町中を駆け抜け、町の反対側に抜けてなお走る。

 そして町から離れて木々が生える林のような場所に入って、彼はようやくスピードを落とした。


「ああー! ぅあー!!」


 アタシはその間、ずっと暴れていた。

 デルミスを置いていくな、彼の居た場所に戻りたい。

 そして神官様達の手から助けて、とにかく逃げなくてはならないからだ。


 けれどこの神官様の力は恐ろしいほど強く、また魔法の強度も訳が分からないほどに強い。

 アタシなんかが暴れたところで、彼の行動をほんの少しも阻害できないくらいには実力差があるのが、アタシにも分かった。


「すみません」


 町から離れすぎてから、彼はアタシを地面に下ろして、口から光の縄を取った。


「あ、かっ……ふざけんな!! これを解きやがれ!」


 けれど身体は縛られたままで、このままではデルミスを助けに向かえない。


「このっ、デルミスを売りやがったな! 殺してやる!!」

「……すみません」

「これを解け! アタシは、あいつを、助けなきゃならないんだよ!!」


 だからアタシはこの神官様に怒りをそのまま言葉に出してぶつける。

 それくらいしか出来ないからだ。

 神官様もそれを受け入れているようで、黙って頭を下げているのも、アタシの声量を上げるのに貢献していた。


 謝るばかりで、何もしない。

 それが堪らなく苛ついて、もう自分を抑えていられなかった。


「あいつは、アタシの、弟分なんだよ!!!」

「…………ぁぁぁぁあああああああ!!!」


 そしてもう人声アタシが叫んだ直後に、神官様は大きく叫び声を上げて、近くにあった太い木を殴りつけた。

 光り輝く一瞬の魔力光と、その威力によって殴られた木は大きく折れ曲がり、根は地面から引き抜かれてブチブチと千切れる。

 とても人間が出したとは思えない程の力。


「ひっ」


 魔物などよりもよほど恐ろしい、その力を目の当たりにして、アタシはやっぱり一瞬怯んでしまった。

 怒りで忘れていたけれど、アタシは神官が怖いのだ。


「こんな! こんなものが、私の信じるものか!?」


 彼は叫びながら倒れた木を、殴りつける。


「勢力争いに明け暮れ! 魔法を磨かず!」


 殴りつける。殴りつける。

 地面から伝わる衝撃が、拳に宿る魔力光が、その力強さを示していた。


「人を助けられず! 善良なものを傷つけ! 徒党を組んで欲に溺れる!」


 それは慟哭だ。

 彼が少しずつ漏らしていた不満。

 それが今、まさに爆発しているところなのだとアタシは理解した。


「力に驕る、獣共が! 私の信じる神は! 私は! そんなものを望んだか!?」


 最後に一際大きな地鳴りと共に、殴られていた木の幹が砕け散る。

 神官様はそのまま少しの間動きを止めて、肩で大きく息をしていた。


「フーッ、フーッ! …………はぁ、いえ、申し訳ありません。時々どうしても喚き散らしたくなってしまって……」

「い、いや……」


 そしてそれが収まると、神官様はまたいつもの調子の声色に戻る。

 彼には彼の不満なことがあるってことなんだろう。

 それは分かるけど、アタシにそれは関係ない。


 今のアタシには、すぐにでもデルミスを助け出さなくてはいけないと言う目的があるのだ。

 だからどんなに怖くても、無謀でも、アタシは神官様達に立ち向かわなきゃいけない。

 そうしなければまた、アタシは身近な人を失ってしまうのだから。


 あんな思いはもう嫌だ。


「それより、これを解いてくれよ……」

「それは出来ません」

「何で!?」

「そうしたらあなたはデルミスさんの元へ行って、力ずくで彼を取り戻そうとするでしょう」

「当たり前だろうが。アタシは姉貴分だぞ!」

「そうしたらあなたは殺されます。彼もそれは望まないでしょう」

「うっ!?」


 言われて、アタシは思い出した。

 デルミスの怖いものを聞いた時、彼が傷つくのが怖いと言っていたのを。

 それは自分もだけど、アタシがそうなるのも怖いと言っていたのだ。


 そしてそれは多分、他の普通の人にも当てはまるんだろう。

 だからさっきまでデルミスは戦っていて、逃げることもしなかったんだ。

 あいつはそういう優しい奴なのだ。


 それをこの神官は、直接聞いたわけでもないのに、アタシよりもずっとよく理解している。


「でも、だからって、助けない訳にいくかよ。取り戻さなきゃ……」

「分かっています。だから少し、時間をください」

「時間?」


 この神官様は何を言っているんだろうか?

 時間をかけたらデルミスが危険になるだけだろう。

 このアーリスマディオという神官様が特殊なだけで、本来の魔導教会は魔物であるデルミスを躊躇なく殺す。そういう連中なのだ。


「あの様子なら、ドートシールは自分で手を下さずにデルミスさんを大聖堂に送るでしょう。そうなったら彼は確実に処刑されますが、逆に言えばそれまでは時間があります」

「そう、なのか?」


 大聖堂とは魔導教会の総本山だ。

 神官様曰く、デルミスはそこに送られるまでは安全であるらしい。


「そうなんですよ。ドートシールは慎重な女ですが、思ったよりもチェレミーに執着していました。しかし彼の存在は連中にとって非常に都合が悪いですし、何よりも彼を悪しき魔物として処断出来れば、私を確実に異端として処理できます。残念ながら教会は今や、あの連中が体制を占めていると言っていい状態ですからね。確実にそうなるでしょう」

「あの連中?」

「討滅派と言われる派閥で、平たく言えば魔物を殲滅することだけを考えているような連中です」


 どうもこのアーリスマディオという神官様は、魔導教会の中では少数派であるらしい。

 確かに奇妙な神官様ではあるけど、まさかそこまで疎まれているとは思っていなかった。

 それとも、教会は私が知らなかっただけで、画一的な存在ではないのだろうか?


 けれど何にせよ、デルミスが殺される可能性があると言うだけで、アタシは冷静ではいられない。


「だったらやっぱり、直ぐにデルミスを助け出さないと。神官様だってヤバいんだろ!?」

「もちろん、私としてもこのままでいいとは思いませんが……私は信心深さには自信がありましてね。教会が腐り落ちていたとして、それに弓引くとしても、少しばかり心の準備が欲しいのですよ」


 そう言うと、神官様はまた大きな大きなため息をついて、小さく「あぁ神よ」と呟いている。

 神官様にとってもこれから先のことは苦渋の決断なのだ。


「……くそっ」


 それが分かったから、アタシも何とか暴れる感情を押し留めて、少しだけ落ち着くことが出来たのだった。

おっきな組織は上の方がどんどん腐る。当たり前だよなぁ!?

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