088- 絶望の虜
「ああ、こいつは人型の魔物だよ。信じ難いことに、知能があってな」
「そうだ、けど、あの、私、助けてもらったのに……」
そうだ、俺はチェレミーを助けて、彼女のためにも戦った。
会話もしたし、お菓子だって一緒に食べた。
彼女が俺を見逃したのは、その辺りのことがあったからだろう。
人の信頼関係は積み重ねだ。
今はそれが無駄でなかったことを祈るしかない。
「む、そうなのか。しかし、魔物は悪しきものだ」
「それは、知ってるけど……でも……」
しかしチェレミーはドートシールを見て、そしてもう一度俺を見て、俯いてしまった。
やはりダメなのか。
彼女はドートシールを母と言った。確か、養子になったとも聞いた覚えがある。
であれば、積み重ねられた信頼は彼女らの方が何倍も大きいだろう。
彼女がその信頼関係を選ぶと言うのなら、もはや絶望しかない。
そもそも子供に何を期待しようとしていたのだ、俺は。
「悪しきものは滅されねばならない。そう教えているだろう?」
「でも……ソイツ、悪いヤツじゃなかった……」
「何?」
しかし俺が諦めようとしたその時、チェレミーはポツリと呟いた。
「だって、普通で、話したけど、変じゃなかった。……普通の人だったわ」
「なっ……」
彼女の言葉は俺にとって救いの様な言葉で、俺は嬉しかった。
しかし一方でドートシールの声は驚愕に染まり、同時に周囲からも「ザワリと!」と一際大きな動揺の声が漏れる。
それほどに、彼女の言葉は神官たちに大きな衝撃を与えたらしい。
「何を言うんだ!? そんなことを……!」
「悪いヤツだったら、私は分かるもの」
「チェレミー! くっ!」
特にドートシールの焦り様は声を聞くだけで分かるほどで、彼女はチェレミーの言葉を歓迎してはいない様だ。
それほどまでにアールを追い詰めたいのか、それとも魔物である俺を処断したいのか。
何にしても、彼女にとって都合が悪いことなのだろう。
「ドートシール、チェレミーもこう言っているのですから、今は彼を解放しても良いのでは?」
「……いや、それは駄目だ」
「お母さん……」
「特殊だろうと魔物は魔物。少なくとも取り調べる必要がある。こいつは渡してもらうぞ、アーリスマディオ……!」
「あなたは……」
「やましいところがないのなら問題はないはずだ! 異端審問は続いているぞ!」
ドートシールは強引に話を進め、2人の言葉を封殺しにかかった。
あれを言われてしまっては、なかなか反論はしづらい。
「拒否します。今のところ彼には、貴方の言うところの邪悪であるという証拠がない」
「いいや、従ってもらう。教会の魔物に関する権限は現地の最高階位にあり、修行僧は現場の教会の指示に従わなければならない!」
「む」
それでもアールは俺を庇ってくれようとしたが、彼は教会の決まりごとを持ちだされて、黙らされてしまった。
「……分かりました」
「あー!?」
そしてアールは、とうとう俺を引き渡すことを決めた様だ。
彼は信心深く、それ故に教会の法には逆らえないのかもしれない。
「しかし、彼は貴重な存在です。これ以上、いたずらに傷つけることは許しません。魔物を研究することも我々の責務です。分かりますね?」
「チッ、分かっている。私はそんな事はしない」
「結構。信じていますよ。彼について結論が出たら、この続きをしましょう。では」
「ぅあぁー!!」
そしてアールはバルダメリアさんを抱えたまま、言い捨てる様にして空高く跳び上がった。
それは大きなバックステップの様で、すぐに人の群れの向こうへと着地し、こちらから姿が見えなくなる。
彼は逃げたのだ。
「あ、アーリスマディオ様!?」
「放っておけ。どうせ追いつけん」
「しかし、異端審問は……」
「あんなものは茶番だ。それよりも、こいつを確保出来た事の方が大きい。後はどうとでも出来る」
ドートシールはそう言うと、俺の方を見てまたニヤリと笑った。
終わった、とそう思った。
彼女の目的が何にせよ、聞く限り彼女は魔物を徹底的に排除している人間で、アールを追い詰める時もそれを根拠にしていた。
そして俺の身柄は彼女の管理するところとなり、俺に関する「調査」も彼女が行うのだろう。
であれば、もう俺の処遇は決まったようなものだ。
彼女は俺を処刑して、ここのダンジョンに加担していたと言えば良いのだから。
「あの、お母さん」
「あ、ああいや、ちゃんと取り調べはするが……」
「ドートシール様?」
「ええい、くそっ、お前はこいつを教会の牢にでも放り込んでおけ! 他の神官は町の被害状況の確認と、町人を助けて回れ! チェレミーは、私と一緒に来るんだ。いいな?」
しかしドートシールはチェレミーにはかなり弱いようで、彼女にだけはキツく出られないらしい。
これならば俺が即座に殺される事はなさそうだ。
もっとも、俺は今かなりの空腹感を感じていて、後どの程度正気を保っていられるかも分からない。
このままエネルギーを補給できなければ、どのみち数日以内には正気を失って、魔物として処分されることになるだろう。
アールが俺の食事の事を教会に報告していれば良いが、彼は教会から俺を隠したがっていたから、それも考えにくい。
それに俺が正気を失うだろうことは俺以外には誰も知らず、アールは俺のエネルギーがまだまだもつと誤解しているはずだ。
つまり、俺がエネルギーを補給できる可能性は限りなく低い。
何とかしたいが、何ともならない。
だからどのみち、俺はもう終わったのだ。
「『くそっ、ああ……』」
じわり、じわりと絶望が這い寄ってくるのを感じる。
俺はこのまま死ぬしかないのか?
もう一度死んだら、俺はどうなるのだろう?
バルダメリアさんも、アールも、村長も、ヤグも、子供達も、俺を思い出さなくなるのだろうか?
心胆が冷える。
死ぬ痛みも怖いが、自分の存在が消滅すると言う事の恐怖が、俺を蝕んでいるのを感じる。
「私、怪シク、ナい、デす」
「……知りませんよ、私が、そんな事は……」
一縷の望みをかけて、俺に歩み寄ってきた男に俺は最近覚えた弁明をするが、それも無駄に終わった。
俺はそのまま、鎖を捕まれて町の方へと引きずられていく。
あの先には教会があり、その中には牢獄があるのだろう。
そこはきっと、俺という存在が潰える場所になるのだ。
よく人に忘れられた時、人は本当に死ぬのだと言いますが、あれはあながち間違いでは無いと筆者は考えています。
色んな人に見捨てられる事は恐ろしいですが、死して存在が消滅することは、それと同じ事が起きるんです。
つまりあらゆる人の隣から、自分の存在が消えてしまう。忘れられてしまう。それがどんなことよりも恐ろしい。
これを人は執着というのでしょうか?
メメントモリ。




