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ステゴロソウルイーターの冒険譚  作者: 鳥野啓次
第四章 ハルマトン・ダンジョン
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087-万事休す

「違います。教義の第1章には、神は弱き人を哀れに思い、魔法という希望をもたらしたとあります」

「これによって人は魔を退けた、と続くだろう。つまり魔物を滅するために魔法はある」

「それは拡大解釈でしょう。明確にそれを示す教義はありません」


 アールはドートシールの言葉に矢継ぎ早に反撃し、彼女の理屈を否定する。

 こうなってくると、俺にはもう彼らの問答の行方を正確に予測することはできない。


「いや、魔導とは邪悪な魔を悉く滅し、人を導くものであるともある」

「神学によれば、魔の定義には魔物も魔法も含まれます。そしてその魔物は邪悪ではありません」

「魔物は邪悪なものだろう。そうでなかった前例がない。だからこそ我々神官は例外なく戦う術を磨くのではないか」


「前例などと、今しがた話が通じると言ったばかりではありませんか」

「盗人にも言葉は通じる。失礼だが、アーリスマディオ殿はその魔物に騙されているのではないか?」


 ただアールの学問的な理屈に対して、ドートシールの理屈は魔物が完全な悪であると言う根拠によったものに聞こえる。

 これでは通じる話も通じないのではないだろうか。

 もっとも、ここで魔物が引き起こした惨劇を思えば、それはこの土地において決して間違った考え方とも言えないのかもしれないが。


 しかし少なくとも、俺にとっては間違った考えにしてもらわなければ困る。

 魔物になってみれば誰もがそう思うだろう。

 そんなレアケースが俺以外にあるのなら、の話ではあるのだが。


「それは……騙されていないとは限りませんが、私はそれを見極めるためにその魔物を保護していたのです。そして私の見る限りにおいて、彼は邪悪ではなかった」

「彼ね。それが演技ではないと言う保証はないのでしょう? つまりやはり、その魔物が邪悪ではないという保証もない」


 そこまで言うと、ドートシールはニヤリと笑みを浮かべた。

 彼女は何かを確信したのだ。


「アーリスマディオ殿はその様な魔物を町に引き入れた。これは看過できない背信行為ではありませんか」

「いいえ。邪悪ではないと判断したと言っているのです。現に彼は人を守って魔物と戦った。彼が他の魔物と同じなのであれば、その様なことはしないでしょう」

「邪悪でない魔物など存在しない」


 ドートシールはそう言うと、手に持った剣の刃を俺を縛る鎖の間に潜らせ、その刀身にギラリと魔法光を光らせた。


「待ちなさい!」

「周りを見てみろ。こんな惨劇を起こす存在が善良であると言うのか!?」


 アールの静止の声も聞かず、ドートシールはその刃を俺の腹へと向けて、真っ直ぐに突き出してくる。

 俺は刃が当たる瞬間になけなしのエネルギーで少しばかり防御しようとしたが、そんなものは何の障害にもならない。


「『ぐぅぅ……っ!』」

「あぁー!!?」


 刃が埋まっていても、大きな傷口からは血が溢れてきて、鎖の隙間からは真新しい青い液体が流れ出してくる。

 ドートシールがそれを見て、また笑ったのが俺には見えた。

 彼女は勢いよく剣を俺から抜くと、周囲に向かって演説する様に叫ぶ。


「『あぐっ!』」

「見ろ、悪しき色だ! こんな奴らは滅ぼすのが正義だろう!」

「ほ、本当に……」

「きゃあああ!」


 周囲から悲鳴が上がる。

 理不尽だ、あまりにも。

 俺は何一つ悪事をせず、人を助け、できうる限り善良に過ごした。


 それでもなお、生まれによって拘束され、凶器によって殺されようとしている。

 こんな馬鹿な話に、なぜ俺は抵抗らしい抵抗もせず、従っているのか。

 痛みによって俺の腹の底から怒りが湧き出してきて、それと共にそんな不満が浮かんできた。


 『力』を使い、この場から逃げ出せばいいではないか。

 こんな鎖程度、軽々と引っ張って伸ばすことができるのだから。

 俺は腹の傷を塞ぎ、欲求のままに片腕を地面に突き立て、状態を起こ───そうとして、止めた。


「む?」


 力を抜くとすぐに鎖が俺を締め付け、どさりとその場に倒れ込んだ。

 抗って何になると言うのか。

 逃げようにも、魂のエネルギーが足りない。


 戦いと再生にエネルギーを消費しすぎて、もう1度か2度の『全力』を行使できるかどうかすら定かではない。

 何かから補充しなければならないが、それをするなら周囲の……人間から奪うしかないだろう。

 それ以外の食べ物が、周囲には見当たらないのだから。


 だがそれをすれば神官は黙っていないし、アールですら敵に回るに違いない。

 そうなれば俺は殺されて、バルダメリアさんもどうなるか分からないのだ。


あぅえあ(デルミス)! あぅえあ(デルミス)っ!!」


 倒れ込んだ俺を見て、バルダメリアさんが俺の名前を呼んでいる。

 見れば、彼女は泣いていた。涙を流していた。

 だが俺はそれに対して、何をすることもできない。


 死にたくない。泣かせたくない。

 けれどそれは、俺には手の届かない望みなのか。


「『くそぅ……』」


 情けなくて、悔しくて、俺の瞳からも涙が溢れてきた。

 それは水の様に頬をつたい、地面に落ちる前にキラキラと光って消滅していく。

 結局俺は人の形をした魔物でしかなく、涙すらも模造品だったのだ。


 けれどそれでも、俺は死が恐ろしい。

 だから、誰か俺を、助けてくれ───


「お母さん!?」


 その願いが通じたのかは分からない。

 ただ唐突に、甲高くて少しだけ聴きなれた声が、この場に飛び込んできた。


「ああ、チェレミー! 良かった、無事だったんだな!?」


 ドートシールが剣を放り出して、声のした方へと走り寄って行く。

 声の主は、先ほど俺を見逃してくれたチェレミーだった。

 彼女は魔物を討伐すると言っていたが、騒ぎに気付いて戻ってきたのだろう。


「帰ってこないから心配したんだぞ! 怪我はないか?」

「あ、あの、それ……何して、るの?」


 喜んでいるドートシールに対して、チェレミーは唖然として俺の方を見ている。

 そういえば彼女は俺を魔物と知りつつ、1度見逃してくれているのだ。

 ならばまだ、希望はあるのかも知れない。

口喧嘩で勝つ方法の一つに、相手の言うことを聞き入れないと言う方法があります。

いわゆる詭弁や暴論というやつではあるんですが、相手がそれを多少なりとも受け入れてしまう人物であった場合には有効な方法ですね。


まぁ議論で勝ってるわけじゃないので、適切な回答を出さなければいけない場合においては、この論法は有害でしかないんですが。

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