008-言語の壁
どうやらこの地域では手の平を向けるという行為は敵対的な行為らしい。
っていうか魔法って言った?
正確には違う言葉かもしれないが、俺の解釈で魔法という意味の言葉をこの女性は言ったのだ。
つまりその『魔法』というものは手の平から出せるものであるから、向けられたら攻撃姿勢だと取られるわけだ。
成程、道理で子供達が怯える訳である。
「そんなバカな!」
「『一斉に掛かるわよ!』」
あっという間に囲まれて、ジリジリと輪が狭まっていく。
もうほんの少しすると、俺は彼女らに囲んで叩かれてしまう!
「なら、こうかぁ!?」
俺は上げていた手の平を、しっかりとパーに開いてクルリと返した。
手の甲を彼女らに向ける形だ。
「『……』」
「……」
するとどうだろう。目の前の女性たちはピタリと止まり、困惑した表情を浮かべたではないか。
「『…………』」
「…………」
「『……降参してる?』」
「『みたい?』」
勝ったあああああ!
手の平を向けるのが敵対的であるのなら、その逆をすれば良い。
そんな単純な話でいいのかという気もするが、どうやらこの星においてはそれで良かったようだ。
まぁ人間は知性の発達した生き物であるとは言っても、結局のところ単純さに勝るものはないという事なのだろう。
などと勝ち誇っているが、俺の表情は恐怖に引き攣っている情けないものであった。
「『けど、魔物が降参なんてするもんなの?』」
「『分からないわよ。怯えてるようには見えるけど……』」
客観的に見て、今の俺の状況はリンチ寸前のおっさんである。
そんな状態になって怯えない人間がいるだろうか?
俺は生物に腕をブッ刺すのには慣れたとは言っても、殴られるのに慣れたわけではないので、彼女らの暴力は普通に恐ろしい。
「助けてください……」
「『なんか喋ってるけど、誰か分かる?』」
「『分からないわよ、魔物の言葉なんて』」
「『魔物って喋るの?』」
命乞いをしようにも、通じなければ意味は無いということなのだろう。
そういう意味で、かろうじて降参していることが伝わったのは幸運だった。
うまくいけば、このまま意思疎通まで持っていけるかもしれない。
「『騙そうとしてるんじゃないの? 殺したほうが良くない?』」
……と思ったが、そうそう甘い話はないらしい。
そりゃあそうだ。命乞いをして騙すなんて、人間だって普通にやるだろう。
であるならば、人間と敵対していると思われる魔物とやらがそれをやらないという保証はない。
俺はそれを否定するために、必死に顔をブンブンと横に振った。何なら涙ぐんで見せた。
涙は自然に溢れてきただけであるが。
「『んん? こっちの言葉は分かってるの?』」
そんな無様さの甲斐はあったらしく、一人が理解を示してくれた。
俺はこれ幸いと首を大きく縦に振り、「はい!」と叫ぶ。
「『分かってるっぽいわね』」
「『そんなことあるの?』」
「『あるんでしょ。誰か男衆呼んできて。あと縄もね』」
「『縄?』」
「『殺さないなら必要でしょ。自由にするわけにもいかないじゃない? あんたも、それでいいわね』」
そう言って俺を睨んだのは、俺を殴った女性であった。
捕まるのは嫌だ。
しかし俺はその迫力を前に、「はい……」と頷くことしかできなかったのである。
◇◇◇◇◇◇
ところ変わって、ここは村の空き家。
俺は後から来た数人の男に取り囲まれて縄で縛られて、ここに放り込まれることになった。
何でもこの後俺を尋問するとかで、目の前にはそれをすると思われる男3人が俺を凄んでいる。
内訳はファルシオンっぽい幅広の片刃剣を持った壮年の男が二人と、初老の男が一人。
初老の男が村長で、男二人は木こりと狩人らしい。
「『何の目的でこの村に来た?』」
「人のいる場所に行きたくて来ました」
「『……言葉が分からん』」
しかし、その試みは難航必至だ。
何せ言葉が通じないので、彼らが俺から答えを聞くのも、俺が彼らに意思を伝えるのも難しい。
「『こちらの言葉は分かっているんだったな? ならば、はいなら首を縦に振り、いいえなら首を横に振れ』」
イエスはイーク。ノーはアバ。
発音を拾ってみると、そう言っているように聞こえる。
文脈などは全く分からないので間違っているかもしれないが、それを確かめる簡単な方法がある。
言いながら頷いてみればいいのだ。
「い、イーク」
「『もう覚えたのか。本当に言葉が話せないのか?』」
「イーク」
怪しまれたとして、俺にはそれ以外に言えることがない。
村長もそれは分かっているのだろう。
困ったようにため息をつくと、彼は俺への尋問を再開した。
「『この村を襲いに来たのか?』」
「アバ」
「『逃げて来たのか?』」
「アバ」
「『仲間はいるのか?』」
「アバ」
「『ふむ? 何かを探しているのか?』」
「アバ」
「『では、目的もなく村に来たと?』」
俺はその質問に少し考えて答えた。
「うーん……アバ、イーク」
「『何?』」
俺が村へ来たのは、人の生活圏を求めてのことだ。
しかしこの村自体に用があった訳ではない。
「『ふーむ、この村に直接的な目的はない、と言ったところか』」
「イーク!」
ウミガメのスープ、あるいはイエスノーゲームというのはこういうものなのだろうか。
『はい』と『いいえ』のみで答えを探すという面だけ見れば、今の状況はあの手のゲームをやっているように見えなくもない。
「『魔物の言うことを信じるんですかい、村長? 殺しちまったほうがよくねぇですか?』」
「『まあ待て。会話できる魔物など、ワシも初めて見たのだ。話してみても損はあるまい』」
剣を持った男の片割れの発言を、村長が宥める様に否定した。
あの女性といい、この男といい、この村の連中は随分と気が早いようだ。
そうせざるを得ない理由が魔物にあるのかは定かではないが、そういった短慮は個人的に是非ともやめてほしいと切実に思う。
「『それにだ、そもそもおまえさん、魔物なのかね?』」
村長との問答は難産でした。
無駄のない会話って難しいわぁ。




