072-爆散ゴリラ
「予備知識はこんなところでしょう。あとは潜ってみれば分かりますよ。では行きましょうか」
アールに促されて、俺たちはダンジョンの入り口へと向かった。
一応入り口付近には神官と全身鎧姿の男たちが2人ずつ待機しており、彼らは俺を怪訝そうに見ていたが、特に呼び止められる様なこともない。
彼らは治安維持目的の自警団か、それとも騎士とやらなのか。
全身鎧は高いと聞いたことがあるし、そんなものを用意できるということは後者かもしれない。
気にはなるところだが、アールが彼らをスルーして行ってしまうので、聞くのはまた今度にせざるを得ない。
まぁ気にしてもしょうがないことでもあるので、別にいいのだが。
穴に入り石造りの階段を降り───ようとして、ふと気づく。
何か雰囲気が違うというか、空気が違う様に感じる。
手だ。手に感じる空気が軽いのだ。
まるで活力がないというか、スカスカであるというか。
空気が死んでいるという表現が合うのではないだろうか?
「あれ、なんか……」
「ン?」
「気付かれましたか。魔力が薄いでしょう? この中で自分以外の魔力で魔法を行使するのは容易ではありません」
魔力など感知できない俺にも、それが空気中の成分の違いとして分かるのだろうか?
いや、そうではない。俺にとっての力も、この空気の中にはほとんど含まれていないのだ。
「『力が……魂のエネルギーも薄いのか?』」
物質としての空気だけは変わりなく、魔力や魂のエネルギーといった力の源だけが極端に薄い。
階段はまだほとんど降りていないので、これは高低差などによるものではない。
ダンジョンと言う場所がその様な場所であるのだろう。
それにしてもダンジョンといえばこの暗さだ。
あの小さな地下通路でもそうだったが、奥には外からの光が全く届いておらず、普通なら何も見えないだろう。
見えている俺や、修行で視界を塞いでいるアールはともかくとして、バルダメリアさんには辛い環境だ。
「バルダメリアさんは、とりあえず今日のところはこの中で魔力を動かし続けることを意識していてください。デルミスさんは彼女の護衛ですよ」
「は、はい」
「ハい」
そう言うとアールは手のひらから『光よ』の様な光球を出して頭の上に頭上に浮かべ、俺たちの前を歩き始めた。
俺も彼女と似た様なことをやれば修行に繋がるのではないかと思ったが、彼女の安全の方が優先だ。
まぁアールがいる状態で不意打ちを受けるとも考えづらいが、警戒しておいて損はないだろう。
「ドレクライ、行ク?」
「取り敢えず数時間で行けるところまで。今日は初日ですし、慎重に行きましょう」
アールも妙に慎重であるし、心構えくらいはしっかりしておくべきだと思うのだ。
◇◇◇◇◇◇
しかしそんな俺の考えは杞憂に過ぎた。
ダンジョンはまさしく迷宮の様であるし、魔物という存在も危険だったと言える。
狼、ゴリラ、牛、などなどをモンスターチックに装飾したような化け物。
人型で痩せ細り、充血した目で襲いかかってくる恐ろしげな亡者。
奴らは例外なく青い血を持ち、暗闇の中で突然襲いかかってくる。
またそれだけでなく、魔物の動きは思いの外俊敏だった。
俺がこの星に落とされた時の場所の様に、鈍重でやられるだけと言った様子はまるでない。
まさしく獣といった様な、容赦のない速度で襲いかかってくる。
とはいえ、それだけと言えばそれだけだ。
「まさしく中規模、といった趣ですね。少なくとも浅層では、ということですが」
アールは魔物がこちらにの視界に入る前に察知していて、現れたと思った瞬間には白い細い針の様なものをショットガンの様に飛ばして消し飛ばしてしまうし、不意打ちを受けそうなら警告してくれる。
まるで先生に連れられる幼稚園児の如く、全ての危険から守られている感覚がする。
実際に戦ったとしても苦労はしなかっただろうが、ここまで安全でもなかっただろう。
「そう言えば、デルミスさんは魔物を殺しても平気なんですね」
「ン?」
そんな中、アールが唐突に俺に会話を振ってきた。
彼からすれば俺は魔物の一種である訳で、仲間意識があると思われていたのだろうか。
確かアールやバルダメリアさんにはまだ俺が元人間であると伝えてはいないので、そう思うのも無理はないだろう。
アールはともかくとして、バルダメリアさんにはそろそろ伝えるべきかとも思うのだが、伝えるだけの言語力がついていないので先送りにしているのが現状だ。
「例えば、ここの魔物を殺せと言われたら殺せますか?」
「ハい」
「そうですか。では、やってみて下さい」
アールがそう言うと、通路の先から1匹の魔物が現れた。
ゴリラの様な魔物で、ここでみた魔物の中では強そうなやつだ。
魔物はこちらを見つけるや否や、俺たちに向かって襲いかかってきた。
『ゴルルアアアアアアア!!』
「神官様!?」
バルダメリアさんの悲鳴が聞こえたが、アールは手を向けてはいるものの、今までの様に即座に殺してはいない。
言葉通り、俺にやれと言うことなのだろう。
俺は自分の安全性を示すために、従わざるを得ない。
なので俺は取り敢えず全力で『力』を使うと、ゴリラに正面から飛び込んで、その胸部の中央に向けて飛び蹴りを繰り出した。
流石にこんな大きな相手が向かってくるのに対して、正面から抜き手やパンチをするのはちょっと怖い。
「ハァッ!」
『ガバァ!?』
しかし脅威を感じない相手に『全力』を使うのは、流石に過剰火力であったらしい。
ほとんど抵抗を感じないままにゴリラの上半身を蹴り抜き、爆散させた勢いのままに、俺は着地に失敗して石畳の上を転がった。
「アッ、ダッ、アウー」
ゴロンゴロンと転がって、ベシンと壁にぶつかって止まる。
無様な事この上ない。
慎重すぎたのと、慣れない蹴り技などを使ったが故の失敗であった。
けど慎重で悪い事なんて無いはずなのだ。
だからこれは、ゴリラが脆すぎたのが悪い。
そういうことにしておこう。……しておいて下さい。
とても簡単そうに攻略してますが、アールくん曰く浅層は魔物が弱いらしい。
しかし実際には地球で言うところの大型獣くらいの強さはある訳で、そう考えるとかなりヤヴァイ場所ですよね。
中規模でこれなんだぜ……。




