069-メリコール
「はいこれ、メリコールよ。ちょっとお店のアレンジが入ってるから、プレーンじゃ無いけどね」
チェレミーが紙袋から出したのは、こんがりと赤茶色に焼けた色をした、太く短い直方体の塊だった。
外見からして、硬そうなパウンドケーキといったところだろうか?
香ばしく甘い匂いがして、香りはとても美味しそうだ。
「わあ、メリコール!」
バルダメリアさんもキャラが違う様な歓声を上げて、その塊に釘付けになっていた。
「美味しそうでしょ? 切り分けてあげるから待っててね。店主! お皿を貸してちょうだい!」
「へっ? あ、へい、ただいま神官様!」
俺たちの様子を眺めていた宿屋の店主が、呼び付けられて木の皿を3枚持ってくる。
チェルミーは皿を受け取って礼を言うと、それをテーブルの上に置いた。
「ありがと。貴方に魔の祝福が在らんことを!」
「ははー、ありがとうございます」
「じゃあ切るわね。『氷の大爪』」
そして左手ににメリコールの塊を持ち、右手を開いて魔法を唱えると、その手の内に反った包丁の様な氷の塊が現れた。
彼女はそれを魔力光を纏った手で持ち、皿の上で目リコールに氷の刃を押し当てる。
そして少し力を入れると、サクリと音がして刃はメリコールをいとも容易く切り分けた。
「『氷の大爪』?」
「知らない? 戦闘には使えないけど便利よ。魔力の量を目一杯減らさないといけないから、このサイズで維持するのは結構大変だけどね」
確かに氷の包丁のサイズは魔法名に対していささか物足りないものではある。
つまり本来はその名に相応しい大きさの武器を用意する魔法なのだろうに、彼女はそれを便利なナイフにしてしまっているのだ。
アールは呪言では調整が利かないなどと言っていたが、数を用意すればその中には便利に使えるものも多いのだろう。
まぁアールの言うところの調整というのはきっと、俺が想像できるレベルのことではないのだろうが。
「はい切れた。食べましょ」
彼女は半分ほどを3人分に切り分け、残りは紙袋に入れてその口を閉じる。
切り分けられたメリコールというお菓子と思しきものの断面はやはり赤茶色く、詰まっていて空気がほとんど入っていない、チーズケーキかガトーショコラのような見た目だ。
そこに小さな果物やナッツと思しきものが散りばめられていて、食感と味がプラスされていることが想像できる。
「これはお詫びだけど、せっかくだから私もいただくわね」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがと。ってフォークがないじゃない。店主! フォークと、あと水もちょうだい!」
「へい、ただいまー!」
うーむしかし、彼女は横暴なのか優しいのかよくわからない子だ。
店主は喜んで従っているように見えるが、心からそうであるのかは俺には分からない。
ただこの文化圏における魔導教会の神官の敬われ方を考えると、こう言った振る舞いは許容されているのだろうとは想像がつくが。
まぁ彼女の振る舞いは今に始まった事ではないのだろうし、その是非については俺が考えることでもない。
今はそれよりも、メリコールとやらの味の方が俺は気になっていた。
「ありがと、魔の祝福をね」
「ははー」
「それじゃあ食べましょ。このお店のメリコールは絶品よ!」
水とフォーク(っぽい食器)が3つずつ店主から届けられると、チェレミーは席について、バルダメリアさんと俺を急かした。
その誘いに従って席に着くと、彼女が皿をそれぞれに配ってくれる。
「あ、お菓子屋さんと私たちにも魔の力が祝福を齎さんことを」
「魔の祝福が在らんことを」
「シュクフクがアラんコト」
俺とバルダメリアさんは少しばかり遠慮がちに皿を受け取ると、食前の祈りをして、フォークでメリコールを切り崩してみた。
見た目通りに重い感じの生地だ。
切ったところをフォークで刺して口に運んでみれば、甘酸っぱい味とアルコールの風味が口の中に広がる。
「あ、美味しい」
「美味イ……」
「ふふ、ここのメリコールはね、中にオリアンのお酒漬けとケット豆が入ってるの」
確かに美味い。
甘さは見た目ほどではないが十分だし、時折感じる胡桃のような食感も良いアクセントになっている。
これは……売れる! いや、売り物なのだが。
これならばバルダメリアさんやアルルゥの好物であったと言うのも頷ける話だ。
ああ、コーヒーが恋しい。
「デルミス、ほら」
「ン?」
俺が浸っていると、バルダメリアさんに呼ばれたので目をやってみれば、彼女はフォークに刺したメリコールをこちらに差し出しているではないか。
これはまさか、アレだろうか?
「あーんして、あーん」
「エッ」
「な?」
一瞬戸惑ったが、どうも彼女の表情は優れないものだった。
優しそうでもあり、悲しそうでもある。
俺はその雰囲気に押されて、彼女に対して口を開けてしまった。
「アー、ング」
「仲良いわね、あんた達。夫婦?」
「違います。ただ……」
案の定目の前で見ていたチェレミーには茶々を入れられてしまうが、彼女はどうもそれどころではなさそうだ。
「アルルゥにも、よくこうしてやったなって」
「あっ」
バルダメリアさんの瞳から、ツゥと涙がこぼれ落ちた。
俺との関係は彼女にとって代替でもあるのだ。
しかもアルルゥが死んでまだ一月も経っていないのだから、思い出せば涙も流すだろう。
気づけば俺は彼女の頭を撫でていて、彼女もそれを一瞬放置したものの、直ぐにハッとなって身を捩った。
「ばっ、だから、お前な、止めろって何度も……」
「はぁ、なんか苦労してるのね」
チェレミーはそんな俺たちの様子を見て、困ったような表情をしていた。
分からないでもない。俺だって他人のこんな会話を聞かせられたら、黙るしかないだろう。
「とりあえず今日のところは、お菓子を食べて元気出しましょ。ね!」
しかし彼女はその辺りが非凡なようで、励ますようにメリコールをフォークに刺して見せたではないか。
何と言うコミュ力の高さか。俺にはとてもできない対応だ。
彼女がバルダメリアさんと友人になってくれれば、これほど心強いことはないだろう。
そんなことを考えながら、俺はしばらく彼女らとメリコールをパクつくのであった。
うん、やはり美味しい。
唐突な飯テロ。
ラム酒漬けのドライフルーツが入ったケーキが食べたい。




