066-ハルマトンの教会にて
「私が戻ってくるまでここにいて下さい。外に出てはいけませんし、誰かが来ても返事をせず、ドアも開けないように。では」
アールはその後、町で適当な宿の部屋をとると、それだけ言い残して教会とやらに行ってしまった。
まるで留守番をする子供に言うようなことで、俺たちは置いてけぼりにされてしまった。
しかしまぁ、特に逆らう理由もないので、ここでしばらく過ごすことに否やはないのであるが。
「何だったんだろうな」
「分カリマス……セン」
「えっ……って何だよ、分かんねぇんじゃねぇか。分かりません、だろ」
「分カリまセン?」
「そ、ほら板出せ、板。お前はもうちょっと喋れないと、どうにもならねぇよなぁ」
バルダメリアさんの言う通り、コミュニケーションがまともに取れないようでは、やはり身の潔白を証明するのは厳しい。
それにあのチェレミーという神官のこともある。
何故かアールは隠そうとしてくれているようだが、それだって俺が直接問われた時に話せないようでは、不審に映るだろう。
とは言っても、今直ぐに会話をマスターするのはやはり難しいし、発音すらまともではないのだからどうしようもないのだが。
「神官様もいねぇし、ゆっくり教えてやるからよ」
「ハい……」
それにしても、単純な会話はある程度できるようになったが、そこから先がなかなか上達しない。
特に発音はかなりの鬼門で、俺はいまだに混乱してしまっていた。
何故なら俺には相手の会話が日本語にも聞こえるのに、話す言葉は完全に現地語にしなければならないからだ。
いっそ完全に現地語しか聞こえなければいいのにと思うこともあるが、しかしそれでは今こうして会話することは愚か、最初の村で処刑されてしまっていたかも知れない。
そう考えるとやはりこの能力は必要で、非常に役に立っていると言わざるを得ないだろう。
「あン? 心配すんなって、ちょっとずつ話せるようにはなってるんだし、アタシはずっと一緒にいるんだからよ。それにちっとくらい時間がかかっても、アタシは全然気にしないからさ」
挫けたわけではないが、それでも彼女の優しさが沁みる。
魔導教会に受け入れられるにせよ、世界樹とやらまで逃げ込むにせよ、言葉を話せなければ始まらない。
つまりどのみち俺に選択肢などはない訳で、俺にとって言語学習は成果の有無に関わらず、やらねばならないことなのだ。
「アリガトウ」
「ん? フフッ、いいんだって、デルミスのためだもんな」
ただ、それでもこうして優しい言葉をかけられるだけでモチベーションも全く違ってくるというものだろう。
俺はちょっとやる気がアップしたし、ここは素直に彼女に従って、勤勉に勉学に励むとしよう。
◇◇◇◇◇◇
<Side アーリスマディオ>
今日はデルミスさん連れてくるわけにもいかないので、彼を宿においた後、私はこの街の教会に来ていた。
神を崇拝するために作られた、厳かだが豪奢な建物。
私はそれ自体はとても好きで、魔道をもたらした神を崇めるのはとても良いことだと思っている。
しかし、今日の私は教会に赴くのがとても……思ってはいけないかも知れないが、嫌だった。
何故なら現在のハルマトンの教会にはおそらく、チェレミーだけでなくドートシールもいるだろうから。
とは言え逃げるわけにもいかないし、さっさと用事は済ませてしまわなければ。
「どなたですか? 今日新しい神官が来るとは聞いていませんが」
教会に入ると、白い服装に身を包んだ男性が私を見つけて声をかけてきた。
亜麻色の髪。つまり彼は下級の信徒だ。
私は懐から階級章を彼に見せて、要件を口にした。
「やあこんにちは。第3上級階位のアーリスマディオと申します。チェレミーに呼ばれているのですが、責任者に合わせてもらえますか?」
「第3!? こっ、これは失礼しました! 直ぐにご案内いたします、こちらへ!」
私の役職は、まぁそれなりには偉いので、こういう時にキビキビと対応してもらえるのは素晴らしい。
権力は無ければ無いで問題ないが、あったらあったで便利なものだ。
押し付けられたようなものであっても、こういう時に活用することを嫌うほど嫌なものでも無い。
特にこれから会うドートシールに上から目線で話すことができるという権利は、正直に言うと嬉しくすらある。
そもそもドートシールなどに会わなくて済むなら、それが一番だということは置いておいて。
下級信徒の彼は廊下を進んで数個目のドアの前で立ち止まると、そのドアを数度だけ軽くノックした。
「ドートシール様、お客様がお見えになっています」
「ああ、聞いている。通してくれ」
中から聞こえてきたのは、ハスキーだが女の声だ。
下級信徒の彼はその声に従ってドアを開けると、私を先に入れるように身を引いた。
「どうぞ」
「ありがとう。お久しぶりですね、ドートシール。少し老けましたか?」
中にいたのはやはり、40歳くらいの見た目の女神官だった。
機嫌の悪そうな表情を隠しもしない、彼女こそはドートシール。私の最も嫌いな女だ。
だがしかし、彼女の襟元の装飾が以前とは異なっているのに私は気がついた。
あれは、まさか第4階位?
「チッ! 開口一番にそれか、嫌味な奴め。ああ、もう下がっていいぞ」
「は、はい」
彼女は強い声色で下級信徒を追い払うと、その不機嫌そうな視線を私に向けてくる。
「あまり邪険にするものではありませんよ。それにしても昇進したのですね。めでたくはありませんが」
「全く変わらない誰かさんとは違ってな。私は日々努力している」
「それにしては、以前と全く変わらないようですが。いえ、歳はとりましたがね」
彼女から感じる魔法の力量は、私が覚えているものから進歩してはいない。
であるのに何故か、彼女は昇進し続けている。
不気味な話だ。何をもってして彼女は認められ、その権力を増しているのか。
「歳を取らないお前たちが……いや、私は真っ当な人間なのでな」
言外に私を化け物呼ばわりしてくるが、見た目の歳も取り繕えない程度の力量は、やはり変わっていないらしい。
ならば尚更、彼女が昇進する理由が分からない。
分かりたくも無い理由なのだろうという予想がつくのがまた、殊更気に入らない話だ。
あのアーリスマディオくんが露骨に嫌っている!
まぁそんなこともあるよね、人間だもの。




