064-右か左か道標
俺たちは一週間ほど旅をしたが、その道程は概ね平和なものだった。
襲ってくるのは野犬の群れくらいなもので、賊も魔物も現れない。
神官アーリスマディオを先頭に幾つかの村に行ったが、彼はそこでちょくちょく村人のお願いを聞く事はあっても、戦闘らしい戦闘というものは何も無かった。
「アヤシいハ、ナい、デス」
「怪しくないです、な。つってもデルミスは見た目がなぁ」
そんな旅の道中で俺は、何とかして初対面の人間に受け入れてもらうための会話術を学んでいた。
と言ってもバルダメリアさんの言う通り、俺の見た目は肌が紫に白目が真っ黒。おまけに真っ赤な瞳と、まるで悪魔の如き見た目をしているので、第一印象を良くするのはなかなか難しいものがあるだろう。
実際、旅の道中で出会う人々は俺を奇異の目で遠巻きに見ていたばかりであった。
恐らくはアーリスマディオ———アールの保護下に無ければ、もっと直接的に気味悪がられていただろう。
「……」
「ああほら、落ち込むなって。アタシはかっこいいと思うぞ、な?」
彼女はフォローしてくれるものの、事実はそう変えようがないものなのだ。
それにしても、ホビットだのエルフだのがいるのであれば、ちょっと見た目が恐ろしげな人間がいるくらい許容して欲しいものだ。
真っ白な神官と対比して邪悪な見た目だというのも理由かもしれないが、それならバルダメリアさんやヤグだって神官とは真逆ではないか。
などと失礼なことを思っていても始まらない。
とにかくまずは流暢に話せるようになって、誠実さを伝えられなければ意味がないのだ。
アールがいる間は彼の職業の名声に頼らせてもらうとしても、彼は俺を旅に同行させるのは「しばらく」だと言っているし、いつまでも一緒にいることはないだろう。
第一、俺の目的とは合致しない。
彼が俺の身の安全を恒久的に保証できると言うのなら話は別だが、魔導教会という魔物と敵対する組織に所属している以上は、その組織の方が俺を殺しにくるかもしれないのだ。
というか絶対にそういう過激派はいるだろう。巨大な武力組織でそんな連中がいないわけがない。
少なくともそう考えておいた方が、俺にとっては安全だ。
「おや、これは?」
と、前を歩く全身真っ白な神官の青年アーリスマディオが、何やら突然声を発した。
何かと思って目をやれば、彼は前には棒に矢印状の板が貼り付けてある、いわゆる道標を前にして立ち止まっていた。
矢印には文字が彫り込まれており、左がリャガ、右がハルマトンと書かれている。
「ナニ?」
「いえ、どちらに行こうかと思いましてね。いつもなら左に行くのですが、今回の旅は少々平和すぎますので、右もありかなと」
「ミギ?」
平和すぎるというのも気になる話だが、だから右というのが気になる。
ハルマトンとやらに何かあるのだろうか?
「ハルマトンは最近になってダンジョンが出来たらしい町なんですよ。討伐が後回しにされていて調査もまだらしいんですよね」
ダンジョンとは魔物の発生する場所だったか。
つまり平和というのは魔物がいないという事で、彼はダンジョンに戦いに行きたいのだろう。
彼の信じる宗教では神官は魔物と戦う戦士であるらしいので、彼もその枠からは漏れないということだ。
「ナルホド」
「ふーむ……よし、行きましょう。ダンジョンはバルダメリアさんの修行にもなりますし、どのみち調査は必要ですからね」
「アタシ? ま、まだ自力で魔法の発動も出来ませんけど……」
彼女は魔法の呪言なしには空気中で魔法の発動が出来ない。
ヤグが火を出していたように、身体の中で魔法を作って出す分には問題ないらしいが、最初から身体から離れたところで魔力を操って魔法を発動させる事は難しいらしいのだ。
俺が空気中の魂のエネルギーに殆ど干渉できないようなものだろうか、と思っているのだが、正しい感覚は俺には分からないので、何とも言えない。
「けれど風を起こすくらいならもう少しでしょう。なら大丈夫ですよ」
「って言われましても、出来たとして、指のちょっと先にそよ風を起こすくらいしか……」
「それだけ出来れば十分なのです。詳しくは行けば分かりますが、ダンジョンの中は魔力がとても薄いので、その中で魔法を使う事自体が訓練になるのですよ」
「な、なるほど?」
魔法の仕組み自体が分からない俺ではあるが、アールの良い分から推測するのであれば、魔法を行使するには魔力の量が必要になるのだろう。
つまりこれは、高地トレーニングの様なものだろうか。違うかな?
何にせよ、彼が行くと決めたなら、俺たちに拒否する権利も無い。
「今からなら、明日の昼前にはハルマトンに着くでしょう。……ああそうだ、それまで魔法の練習をしながら歩けば良いのです!」
「え?」「エ?」
だがアールはその道中に関して、バルダメリアさんに突然の無茶振りを始めた。
「距離も稼げて魔法の練習も出来る。一石二鳥でしょう?」
「む、無理です。アタシには、まだそんな……」
「大丈夫です。今の貴方なら出来ますよ! 歩く速度が遅くなるなら、デルミスさんに手を引いて貰って行きましょう。ね!」
引きつった顔をしているバルダメリアさんに、アールは無茶振りを強要している。
とはいえ彼は魔法の達人と言って相違ないので、恐らく言っている事に間違いは無いのだろう。
しかし同時に彼は重度の修行オタクであるので、ある程度自分の感覚が混じっているに違いない。
アールは無理でも修行ならやるだろう。
だが一般的な感性の持ち主は無理そうならためらうものなのだ。
「そ、それなら……デルミス、頼む」
「エッ、ア、ハい」
だがバルダメリアさんはおずおずと承諾して、俺に片手を差し出してきた。
俺はそのことに驚きながらも、彼女を引っ張っていけるようにその手を取る。
彼女の修行に対する本気度は、それだけ強いものだという事か。
それならば、俺にも否やは無いと言うものだ。
「フフ、では行きましょうか。一路ハルマトンへ!」
「……」「……」
だがその様子を面白そうに観察しているアールに対して、流石に俺たちは同意してやる気持ちには慣れなかった。
だーんじょん。だーんじょん。
バトルメインのお話です、たぶん。




