061-瞑想
「ともあれ、私が教えるのですから呪言は使いません。あなたには本当の魔法使いになっていただきます」
「は、はい。でも、どうすればいいのでしょうか?」
バルダメリアさんにとって、神官アールの要求はとても難しく思えるだろう。
何せ今まで機械がオートでやってくれていたことを、全て手動で行えと言われているのだから。
これが仕事だったらふざけるなと言っているかも知れない。
幸いにしてマニュアルは付属しているようだが、習得にはそれなりに時間を要するだろう。
「魔力の流れを感じ取るのです。まずは魔法の法則を理解すること。魔力がどのように作用するのかを知れば、魔法は如何様にも使いこなすことができます」
「魔力の流れ? アタシにはとても静かだってことくらいしか……」
「ふむ。となると、魔力の感知精度を高めるところからでしょうか。そうなると、瞑想ですかねぇ」
「瞑想……」
アールの提示した修行方法は、ありきたり過ぎるほどにありきたりなものだった。
だからだろうか? バルダメリアさんは困惑したように声を上げる。
「瞑想なんて、子供の頃にたくさんしましたけど……」
「ははは、まぁ魔法の練習の基礎の基礎ですからね」
「だったら───」
「ですが、やり方が間違っているのです。でなければあなたは魔法名など唱えなくとも魔法が使えている筈ですよ。私はその方法を教えようというのです。焦りは禁物ですよ」
思わずと言ったように反論しようとしたバルダメリアさんを、アールはさらりと嗜めた。
彼女が焦っている?
いや、理解できなくもない。彼女は力不足で全てを失った上に、今も神官に怯えてしまう程度の力しかない。
それに怯えている対象に対して修行をつけて欲しいなどと、よほど大きな気持ちがなければ言い出すことはできないだろう。
「ぐ、う、はい……」
「よろしい。では修行に移る前に、この食器は片付けてしまいましょうか」
アールがそう言ってバルダメリアさんから皿とフォークを取り上げると、それらを全て宙に浮かべて水球の放り込んだ。
かと思えば水は一瞬できめ細かく泡立ち、更に泡は数秒で全て霧散するように消え失せたかと思えば、温風が吹いて食器をあっという間に乾かしてしまった。
洗剤などは使っていないし、俺の衛生観念的にはかなりギリギリのラインではあるが、そう言ったものを持ち合わせない旅の最中と考えれば十分な洗浄方法だろう。
魔法というものは、極めればこうも生活が楽になるものか、と感心するばかりだ。
まぁ、その魔法を使っている本人が楽であるかどうかは、俺には分からないのだが。
◇◇◇◇◇◇
「それでは始めましょうか。そこに座ってくださいね」
神官アールがそう言って手を下に向けると、草が生えて折り重なり、人1人が座るのに十分な場所が出来上がる。
確かに地面に直座りすると、湿っていたりして意外と居心地が悪いので、これはありがたい。
「はい……あ」
バルダメリアさんは指示された通りに座ろうとして、不安そうに俺に視線を送ってきた。
俺がここから動いてしまわないか心配なのだろうか?
「どうしました?」
「い、いえ」
「……私モ」
そのような精神状態では、とてもではないが集中などできるものではないだろう。
仕方がないので、俺は彼女の隣に座り込んで、瞑想に付き合うことにした。
何、毎晩やっていることなので、瞑想のは慣れっこなのだ。
それに神官がどのように指導するのか、少しばかり興味もある。
悪いことは何もないだろう。
「え? いやしかし……ああいえ、そうですね。では一緒に瞑想していただきましょうか」
アールも彼女の精神状態に思い当たったのか、俺の行動を許可してくれて、俺の分の場所も作成してくれた。
彼に事情を知っておいてもらったのは、バルダメリアさんにとってプラスに働いているようだ。
「あ、おう」
「では座ったら、目を閉じて楽にしてください」
バルダメリアさんが俺の横に腰を下ろすと、俺は坐禅を組んで、アールに言われた通りに目を瞑る。
普段は坐禅を組んだりすることはないが、修行と言われると何となくこの座り方がいいような気がしてしまう。
そういえばこの座り方をするのを「坐禅を組む」と言うが、座り方自体が坐禅という名前なんだろうか?
いやいかん、これは邪念だ。どうでもいいことは忘れてしまわなければ。
「うん? メーズ式とは珍しいものを知っていますね。ああいえ、全く構わないのですが。私も好きですよ、それ」
「え、メーズ式? ……靴脱がないと出来ないな。よっ、あたた」
「好きな姿勢で構いませんよ。メーズ式はちょっと慣れが必要ですから」
チラリと目を開けて横を見てみれば、彼女も俺を真似して坐禅を組んでいたが、ちょっと辛そうだ。
慣れれば姿勢を保つのが楽になるのだが、それまではやる意味のわからない座り方だと思うので、無理に真似をする必要はないと思うのだが。
しかし彼女はアールに言われてもその姿勢をやめず、目を瞑って次の指示を待ち始めた。
「まぁメーズ式をやるのも自由ですが。ええ、では瞑想を始めたら、次は精神を拡大する訓練です。周囲にある魔力を感じ取り、それが自分の周囲を回転するように働きかけます」
「はい」
次のステップは、俺にとって突然意味不明になった。
周囲の魔力と言われても、俺には魔力が感じ取れないのだ。
とはいえ自分から加わっておきながら座っているだけと言うのも格好がつかないし、俺も出来るだけ2人に習ってみることにしよう。
「ぐ、んん、くぬぬぬ……!」
「これこれ、力んではいけません。少しずつ動かせる量は増えますから、最初は少量ずつでいいのですよ」
まぁバルダメリアさんも苦戦しているようだし、俺の方などできなくて元々なのだ。
気楽にやればそれでいいのである。
俺はできるだけ集中し、周囲にあるものを感じ取るように意識を働きかけてみる。
「……?」
するとどうだろうか。自分の周囲の超至近距離に、極々僅かに、それもほとんど気のせいとしか感じないようなレベルで、何かが漂っているような気がしてきたではないか。
……気のせい? いや、気のせいじゃないよね? いや、やっぱ気のせいか?
何度確認しても確証が持てないような気がしてしまうくらいに、本当に極々僅かな、しかし確かにそれは魂のエネルギーの気配であった。
千里の道も一歩から。
一歩を千里分積み重ねれば、その道程は千里に通づる。
ところで坐禅の座り方って結跏趺坐って言うらしいですね。
今回主人公が疑問に思っていたことは、まんま筆者が疑問に思ってたことです。
邪念だ!




