059-恐れるミリー
「どういうことです?」
「話スは、難シい」
俺としては神官アールには説明をしておきたいのだが、木の板にはいかんせん魂という概念が載っていない。
というかそもそも、その概念があるかどうかも分からないので、まずはそれを確かめなければいけないだろう。
これは少々時間がかかりそうだ。
「デルミス。アタシも腹減ったから、そろそろアタシの食事も作ってくれると嬉しいんだけど……な?」
そう思ったところで、バルダメリアさんが声をかけてきた。
神官がいるからか、その主張は控えめではあるが、確かに彼女と神官アールはまだ食事をべていない。
「そうでした。では食事を作りながら、話を聞かせてもらうとしますか。
彼がそう言って地面に手をかざすと、土の中から石が盛り上がって簡単な竈門が完成した。
◇◇◇◇◇◇
<Side バルダメリア>
デルミスと神官様が会話をしながら料理をしているのを、アタシはただ黙って見ていることしかできなかった。
デルミスの情報をあまり渡したくないと思ったけど、それを止める勇気すらも持てない。
だって、アタシにはあまりにも力がないのだ。
デルミスを守ってやるなんて口では言っているけれど、あの神官様を前にして、アタシは何一つ出来ていなかった。
アタシは神官様を前にしたらブルっているばかりで、まるで役立たずもいいところだ。
「ちくしょう……」
けれどもちろん、理由もなくこんなにも恐れている訳じゃない。
神官様というのはそれだけ圧倒的な力を有している存在なんだ。
普通の人なんかじゃ消し炭にされて、多分塵も残らない。
アタシは子供の頃に、お父様に連れられ行ったダンジョンで、それを目にしたことがある。
神官様たちが横に並んで、散発的に襲ってくる魔物をあの白い光で消し去っていく光景を。
無慈悲で、容赦がなくて、恨んでいるとでも言うかの様に殺し尽くしていくあの様を。
獣のように襲ってくる魔物なんかよりも、私にはあの神官様たちの方がよほど恐ろしかった。
そして同時に、アタシが学んでいた魔法なんて、あの魔法に比べたら児戯の様なものだと思い知らされた瞬間でもあった。
ただ殺すためだけの魔法。
相手への気遣いなんて欠片も無い。
ただ殺傷力だけを求めた魔法を、敵と見れば乱射するような怪物のような集団が彼らであるのだ。
それなのにデルミスが殺されなかったのは、きっと彼の気まぐれに過ぎない。
「なぁ、カーニャちゃん。どうすれば良いんだろう」
『キュゥー……』
縛られていて逃げられないカーニャを、アタシは優しく撫でてやる。
こうしていると、少し気持ちが落ち着いてくる。
でも根っこのところにある不安は全く消えなくて、汲んでも汲んでも湧き上がってくる黒い水のようだ。
デルミスを守れなかったら、アタシはまた親しい人を失ってしまう。
一緒にいてくれる人がいなくなってしまうんだ。
それがただ、恐ろしい。恐ろしくて恐ろしくて、アタシは行動をせざるを得ない。
「どうすれば……」
彼を守るために、アタシは何をすれば良いんだろう?
神官様を前にしては、アタシが学んだ魔法も、必死で身につけた男のような強がりも、全部役に立たない。
いっそこのカーニャのように、縛ってどこかに隠してしまえれば良いのに。
でもそれじゃあ、デルミスにはきっと嫌われてしまうし、守っている事にはならないだろう。
ああ、アタシが彼より強ければ、きっと彼を守ってあげられるのに。
そのためには、やっぱり力が必要だ。
力さえあれば、アタシはデルミスを手放さなくて済む。
力さえあれば、アタシは家族を失わなかった。
力さえあれば……そんな単純な事が、アタシには酷く難しい。
それとも、神官様の言う修行をすれば、アタシが欲してやまない力が手に入るのだろうか?
◇◇◇◇◇◇
<Side デルミス>
「精神とは異なっていて、生物の内側にあるものですか。ホビットにはそんな概念があると聞いたことがあります。確か、魂とか言った様な?」
「ソレ! ハイ、タマシイ、デす!」
神官アールは魔法で火を生み出して肉と野草を炒めながら、俺の貧弱な語彙を解析して答えに辿り着いてくれた。
しかし彼は魂については詳しくなさそうだ。
「そんなものが本当にあるのですか? 恥ずかしながら、魔法に関係のない概念についてはあまり詳しくないのです」
「ナイ?」
「ええ、魔導教会においては生物は精神と肉体によって魔法を操る神の子とされていますからね。私もその様な実感しかありませんから、あなたの言葉を聞いて、大きな衝撃を受けています」
それに驚いていると口では言っているが、とてもそうは見えない程度のリアクションしかしていない。
本当に知らなかったのかと疑いたくはなるが、魔導教会の教えには精神と肉体、つまり魂魄に近い概念しかないのだとすれば、その驚きは相当なものであるはずではある。
「狼にあったということは、魔物特有のものという訳でもなさそうですしね。一応聞いておきますが、魔法には関係のないものなんですか?」
「タブン、ナイ」
「そうですか。なら良いのです。流石に教義と異なることを言われたら困りますからね」
アールが困った様な顔をして、俺はハッとさせられた。
もしも魂の概念が教義とぶつかるものであったのなら、彼はどうしただろうか?
ただでさえ魔物であるという要素を抱えているのに、神の教えを否定されたら、いかに彼が善良とはいえ、俺は始末されていたかも知れない。
無知は罪とはよく言ったもので、ここは知らぬことが無罪を導くような平和な世界ではないかも知れないのだ。
「モンダイは、ナイ?」
「ないと思いますよ? そもそも導きの日以前には、人間は魔法の使い方すら知らなかったのですから。今更知らないことがあったからと言って、何だというのですか」
魂魄然り、魔法然り、そして彼が今口にした導きの日とやらも然り。俺は魔導教会のことをほとんど知らないのだから、もう少し慎重に情報を集めなくては。
しかしそれにしても、人間が魔法を使えなかったとは意外だった。
動物でも使いこなすのだから、もっと本能的な技術なのかと思っていたのだが……もっとも、彼の語る内容がただの神話の可能性もあるが。
この際、彼には聞けるだけ聞いておいた方がいいのかも知れない。
ミリーちゃん闇落ち一歩前。
でもまだセーフ。正気は残ってるぞ!




