055-誠実に、そして必死であれ
この神官の青年が興味を持っているのは、俺の行動の結果ではなく、その行動原理の方だったようだ。
であれば答えるのは簡単である。
「2ツ、アる」
「ふむ?」
俺がバルダメリアさんを守ろうとする理由は、主に二つ。
「1ツ、助ケ、モラッた」
まずアルルゥに対する義理が一つ。
正確には助けられたのではなく、彼女に優しくしてもらい、であるのに何もせずに死なせてしまったことへの償いだ。
捕獲されたりもしたので俺がそれに対して義理を感じるのはおかしいことであるのかも知れないが、俺は彼女と接してしまい、仲良くなってしまったのだからしょうがない。
彼女が大切にしていた姉貴分を俺が守ることは、その恩返しになるだろう。
「1ツハ、バルダメリア、サンが……アー……」
そしてもう一つは、彼女に対する同情と、そして尊敬である。
仲間を守るために戦った彼女を、せめて手の届く範囲で守ってあげたいと思ったのだ。
ただ、これをどう言い表したものか。
「どうしました?」
「『心の傷ってなんて言えばいいんだ? 怪我……ってなんて言ったっけ』」
俺は言葉を学び始めて、まだ20日も経っていない。
数字や基礎的な単語などを重点的に学んでいる一方で、少し詳しいことを言おうとすると、語彙がすぐに足りなくなる。
木の板を持ってくればよかった。
「小サい……アー、待ッテ」
「はい? あの……」
もうこうなれば仕方がない。
悩んでいるくらいなら、持ってきたほうが圧倒的に早いだろう。
俺はくるりと後ろを向いて、ダッシュで部屋に荷物を取りに戻った。
◇◇◇◇◇◇
極力音を立てない様に荷物を持ち出して、またダッシュで家の外へと飛び出すと、神官の青年はさっきまでと同じ場所で立ったまま首を傾げていた。
まぁ荷物をとってくるだけなら1分もかからなかったし、遠くからでも魔物を感知する手段がある様なので、俺に逃げられる心配がなかったということもあるかも知れないが。
とにかく俺はすぐに戻ってくると、ガラガラと音を立てて、その場に荷物の袋を置いた。
「それは?」
「待ッテ、エー……」
アレでもないコレでもないと、書いてある文字を確認しながら板を取り出していく。
そしてお目当てのものを見つけると、書いてある文字を見せながら俺はそれを発音した。
「ココロ……ケガ」
「文字の書かれた板? 心と怪我? ……いえ、心に傷を負ったと言うことですか」
単語が分かれば情報を伝えられるし、それを聞いた人間は情報から推測ができる。
つまり語彙力こそが言語習得において最も大事なことだと言えるだろう。
事実、彼は俺の言いたいことを正しく推察してくれたのだから。
「つまり、あなたは彼女に助けられて、その際に彼女はひどく傷ついたから、彼女のことを守っていると言うことでしょうか?」
「ダイタイ、肯定シます」
「詳細をお聞きしても?」
これはどこまで話して良いものだろうか?
俺には彼が何を知りたいのかが分からないが、取り敢えず彼女が盗賊であったことは言わない方がいいだろう。
しかし嘘を見抜く魔法などが無いとも限らないので、嘘をつくわけにもいかない。
だが彼女のプライベートを知らない人間に話すのも抵抗があるが……話さないと言う選択肢は、今は無いに等しいか。
「悪イ、男ガ、来ル。バルダメリア、サンの……アー、姉妹、死ンだ」
「なんと、悪漢にご姉妹が。おいたわしい。それならば確かに、彼女の魔力の乱れ様も理解できます」
彼の話し方はとても上手く、話の内容に同情している様に聞こえる。
しかし彼は神職者。信者から人の生き死にに関する話を聞くことなど山ほどあるだろうし、そのリアクションにもなれているだろう。
彼が俺の言っていることを本当に信じているかは、俺には分からないのだ。
「しかし、ふむ……一応辻褄は合っているんですが、それを信じていいものやら───」
「……ミス……デルミス! どこだ、デルミス!?」
案の定、神官の青年が真偽について迷うそぶりを見せたところで、室内から聞きなれた声が聞こえてきた。
少しなら大丈夫だと思ったが、さっき部屋に戻った時に刺激してしまったのかもしれない。
バルダメリアさんが起きてしまった様だ。
「デルミス! ああ、よかった……神官様? 何で……」
彼女は村長の家から裸足で飛び出してきたかと思うと、俺たちの方を見て表情を引き攣らせた。
そしてすぐさま俺の側まで来ると、俺の腕を片手でギュッと掴むと、自分の腰でもう片方手に空を切らせる。
そこは普段彼女が剣を下げている場所で、しかし今は寝起きでそのまま飛び出してきたせいか、剣帯は外してあったのだ。
自分が丸腰であることに気付いた彼女は、直ぐさまぎゅっと拳を握って構え、その体に魔力光を纏った。
「あっ……お、お願いします。デルミスを殺さないで下さい。お願いします……」
「落ち着きなさい。……と言っても無駄でしょうか。確かに、彼女はひどく不安定な様だ」
神官の青年はそんなバルダメリアさんの様子を見て、一つ大きなため息をつく。
「まぁいいでしょう。信用します。これからは何か悪事でも働かない限り、私がその魔物を殺すことはありません」
「本当ですか!? ありがとうございます! デルミス、よかった、よかったなぁ!」
「ハ、ハイ」
バルダメリアさんは、俺の腕に縋り付く様にして喜んでいる。
よく分からないが神官の説得が成功したらしい。
これから何とかして彼の信用を得なければと思っていた矢先に彼女がきて、あっさりとコトが終わってしまった。
いかに彼女が必死であったとはいえ、その程度の振る舞いで彼が信用するとも思えないが、先ほど言っていた「魔力の乱れ」というもののせいだろうか?
分からないが、何にせよ、俺はまた彼女に守られてしまったらしい。
俺が彼女を守らなけばなどと行動しておきながら、彼女にはこの青年から守られてばかりいる。
それがひどく情けなく、また同時に嬉しくも感じる事であった。
「大袈裟、とも言えませんか。しかし昼も言いましたが、今しばらく放免はしませんよ。明日からは私の旅を手伝ってもらいますからね」
「はい、はい!」
「では今夜はこれで……ああそうそう、自己紹介を忘れていました。私の名前はアーリスマディオ。アールとでも呼んで下さい。あなたたちのお名前は?」
解散を宣言しようとして、その前に思い至った様に、彼は自己紹介を始めた。
確かに、一緒に旅をすると言うのなら名前くらいは知っておいた方がいいだろう。
「デルミス」
「あ、アタシは……バルダメリアです」
「よろしくお願いしますね。名乗ったからには悪事など働かないで下さいよ? 私も名前を知っている相手を殺すのなんて嫌ですからね」
「ハイ」
「では、解散しましょう。おやすみさない」
彼はそう言うと、さっさと村長の家へ戻っていってしまった。
案外、あのアールという青年は優しい人物なのかもしれない。
この調子なら、あまり旅のことを気に病む必要のなさそうだ。
やっと下地が整いました。
やったぜ次からは旅の始まりだ!




