051-許されず罰されず
「いや、驚きました。まさか庇うとは。よろしい。あなた方に、少しばかりの猶予を差し上げましょう」
神官の青年はそう言うと、手を下ろしてこちらに歩み寄って来る。
と同時に光の槍が全て消えたので、どうやらもう、彼には戦う気がないのだと分かる。
だが俺は、それを信じても良いものだろうか?
「コホッ、デルミス、大丈夫か!?」
「エッ、アッ、ハイ」
青年の方を見ていると、腕の中のバルダメリアさんが暴れて、モゾモゾと俺の腕から抜け出した。
俺は彼女がひとまず危機を逃れたことに安堵し、同時に容赦のない攻撃を加えてくれた青年を、少々恨んだ。
もしも最後に攻撃を止めるのを失敗していたら、彼女は串刺しだっただろう。
彼がそんな危険極まりないことを躊躇無くやったことに対する恨み言が、俺にはある。
しかし俺が彼にそのことを伝えることはない。
何故なら彼は折角戦いを止める気になっていて、そんな彼をわざわざ批難することは危険を誘発することにしかならないからだ。
「神官様……くそっ」
「駄目ダ」
「デルミス!? 離せ、このっ」
だから俺は、また出て行こうとするバルダメリアさんを再度キャッチすると、神官から庇う位置に彼女を置いた。
彼女は多少の魔力光を纏うが、『力』を使えば俺の方が腕力は強いため、問題なく彼女を止めておける。
そうこうしている内に神官の青年は直ぐ側まで歩み寄ってきて、その足を止めた。
「……本当に攻撃してこないのですか?」
「ハイ」
「そうですか。それならそれで良いのですが……本当に?」
「ハイ」
「ちょっと殴ってみるとか? ほらこことか……」
「やらねぇって言ってるだろ!」
この神官は相当に疑り深いのか、頬を差し出して指でちょんちょんとつついていたのを、バルダメリアさんが吠えるように止める。
彼女は相変わらず震えていたが、俺にしがみつきながらも、必死に神官を睨み付けていた。
恐怖に駆られながらも彼女が俺を守ろうとしてくれているのは、それだけのパワーがあることなのだなと、何だが場違いなことを考えてしまう。
だがそれは俺にとって嬉しいことで、思わず彼女の頭をポンポンと撫でてしまった。
彼女が無事であるのは、俺にとって喜ばしいことだ。
「でっ、デルミスも、こんな時に何してやがんだぁ!」
「『ふふふ……』」
「ふぅむ、信じ難い。魔物がこのような振る舞いをするとは」
神官の青年はまだ疑っているようで、唸るように言葉を漏らしている。
少々度が過ぎた疑惑……という訳でもないのだろうか。
ドミ村長に聞いた話に寄れば、通常の魔物とは意思疎通もままならない化け物でしか無いのだという。
そして神官とはそんな化け物と日夜戦っている、化け物退治の専門家であるのだとか。
彼らは他の誰よりも魔物に詳しいはずで、しかしそんな専門家ですら知らないレアケースが俺であるというのなら、彼らが俺を知った時の戸惑いは、それはそれは凄まじい物があるのだろう。
「ったく……で、神官様は、デルミスを許してくれるんですか?」
「そうですねぇ……取り敢えず保留、といったところでしょうか」
「保留?」
「放免するには少しばかり信用がありませんからね。暫くは、私の旅に同行してもらいます」
彼の判断は妥当なものだ。
彼からすれば、俺は取り敢えず人を襲わないっぽくは見えるが、魔物であることに変わりはない。
自分の見ていないところでそうしないと言う保証はないのだから、そう簡単に見逃すことはできないのだろう。
つまりこれは、保護観察の様なものだ。
「旅?」
「そうです。ほら、私今、目隠しをしているでしょう? これをしたまま各地の魔物を倒して回ることを闇巡りと言いまして、魔導教会に伝わる修行法の1つなんですよ」
「はぁ……?」
「ナルホド」
この神官の青年は所謂修行僧であり、そしてやはり魔導教会の神官であるらしい。
今までは推測でしかなかったが、これで彼の立ち位置が確定した。
彼がそうだと言うのであれば、彼にさえ分かってもらえれば、俺と言う人物が安全であることを魔導教会に分かってもらえるかも知れない。
そうなれば旅をする必要もなくなり、身を落ち着けることもできる。
少々棚ぼたラッキーの機会獲得ではあるが、このチャンスを逃す手はないだろう。
「知りませんか。まぁ、少々古風ではありますからね。ですがこれはとても効果的な修行法なのですよ。視界を閉じて魔力の導きに従うだけという単純さでありながら、魔力の動きをより繊細に察知できる様になるのです。たった3年でですよ!? なのに何故か同期も新人もこれを嫌がってしまって……偉大なる先人は耳も塞ぎ、地に足をつけることもなく、これをやってのけたと言うのに!」
「え、あの……」
それにしても、彼は随分と敬虔な信徒であるらしい。
他の信徒も嫌がる様な修行を進んでやるくらいであるから、その信仰心は相当なものだ。
いやまぁ、3年も視覚を失うのは相当な苦行であろうから嫌がるのも当然であるし、その上更に聴覚も封じて、浮きながら修行を完遂したという先人とはどんな化け物だったのかと言う話なのだが。
「私も挑戦はしたのですが、浮くだけならば数日間は可能ですが、動くことがままなりません。それに耳を封じてしまっては会話も出来なくなってしまい、その様な状態でいったいどうやって旅をしたと言うのか……。姿形だけなら周囲の魔力を動かし続けることで───」
あれ? いや、これは敬虔と言うよりも、ただの修行オタクなのではないか?
いつの間にか早口にいなっている神官の青年に、バルダメリアさんが気圧されている。
放っておいたらこのまま魔法のことについて色々喋ってくれそうだが、それではいつまで経っても話が進まない。
バルダメリアさんもそう思ったのか、彼女は喋り続ける神官に口を挟んでいた。
「そっ、それよりも、先ずはこの壁を消していただきたいんですが……」
「おっとそうでした。いけませんね、目を塞いでいるせいか、光に鈍感になってしまって」
スッ、と流れる様な動作で青年が両手の五指を腹の前で合わせると、周囲の壁が高速で地面に引っ込んでいき、それに合わせて地面が揺れる。
「お嬢さんには『光よ』だけでは少々暗かったでしょう。申し訳ありません。」
「あ、いや……」
「ですが───魔物のあなたは、見えていましたよね?」
そして彼はそう言うと、俺の方を見て、ニコリと微笑んだ。
無事に初エンカウントをやり過ごしたデルミスくん。
腕一本が蒸発したけど、治ったから実質ノーダメージだね!
この神官様は敬虔な信徒です。ほんとほんと。




