050-信仰の試練
バルダメリアさんは両手の五指を合わせて頭を垂れ、震えながら叫んでいた。
「デルミスは違うんです! 人に仇なす男じゃないんです! だから、だから許してください!」
「ふむ?」
よほど恐ろしいのか、あの強気のバルダメリアさんが、ただただ祈って懇願している。
神官の男は流石に人間である彼女の言葉には耳を貸したのか、魔法攻撃をやめて、更に首を傾げた。
「しかし魔物でしょう?」
「でも、いい人なんです! アタシの弟分で、アタシが守らなきゃいけないんです!」
「守る? では、その魔物は人を殺めたことはないのですか?」
「それはっ……!」
俺はこの世界に来て、いやこの世界に来る前から通して、人を殺したのはたった1人だ。
ディンガードという、人間としてあまりにも品性下劣な男だった。
だが相手が誰だろうと、俺が人を殺したことに変わりはなく、バルダメリアさんもそれを知っている。
そして今この場において、彼女がそれに思い当たり、一瞬でも言葉を止めてしまったのは、あまりにも雄弁であった。
「あるのですね。では、やはり殺さなければ」
「クッ」
スッ、と神官の手が上がり、また俺へと向けられる。
俺はそれに対して、また避けるために『力』を頭に集め始める。
どうすればいい。一か八か、壁に突撃してそのまま逃げてみるか。
だがそれでは、バルダメリアさんを連れて行くことはできない。
あの神官の様子では彼女を殺すことはないだろうが、しかし彼女の精神の安定も心配であるし、彼女が盗賊であることがバレた場合のことが不安だ。
殺るしかないのか?
「待って! 違うんです、デルミスが殺したのは、アタシを!」
「問答無用です。では───」
「話を聞いて下さい、お願いだから!」
「……」
「聞けって言ってるだろ!!!」
俺が物騒なことを考えて構えていると、バルダメリアさんが俺と神官の男の間に走り込んできた。
その震える手には剣を構え、明らかに神官と敵対姿勢をとっている。
これでは、彼女に危害が及んでしまうのではないか。
「駄目ダ!」
「デルミスは黙ってろ! アタシが何とかするから!」
「理解できませんね」
神官の男が、右腕を外側へと開き、内側へと振る。
あれは───不味い。
その瞬間、俺が嫌な予感がして仰け反ると、眼前を左から右へ、極太の白光が通過した。
その光に、避け損ねた左腕の手首から上腕の半ばまでが飲み込まれ、蒸発するように消え去るのを見ながら、俺はそのまま仰向けに地面に倒れ込んだ。
「『グゥッ、アッ』」
最早、半分慣れたと言ってもいい様な痛みを感じる。
三日前には右腕で、今日は左腕だ。
あの晩、アルルゥも魔法を使う時、腕を指揮のように振っていた。
彼女の手の先に魔法が生まれ、自在に敵を襲っていたあの光景。
あれを見ていなければ、今ので俺は死んでいただろう。
それにやはり、多少の『力』ではあの魔法は防げないことが分かった。
全力であっても防げるのかは分からないが、常時全力であることが不可能である以上、あのような不意打ちを喰らっては防ぐことは不可能だ。
「デルミス!?」
「何故そこまで庇うのですか。魔物は人類の敵。寝物語で聞いたでしょう」
「あ、あぁ、クソォ……! アタシが、アタシの弟分を守って、何がおかしいんだよ!」
倒れた俺を見たバルダメリアさんは絶叫を上げ、剣を構えて神官の方を向き直った。
アレは不味い。彼女はやる気なのかも知れない。
そうなればもう、話の余地は無くなるだろう。
つまりこれ以上はもう本当に、問答の余地はない。
「『くっ』」
「おや」
俺はパワーだけで強引に起き上がると、バルダメリアさんの左側へと飛ぶ。
そして彼女の腰を押し込む様に抱え込みながら、右側の壁へと向かって突撃した。
「かはっ!?」
バルダメリアさんには負担をかけてしまうが、この際それは仕方がない。
俺はそのまま壁に向けて、全力の蹴りを叩き込んだ。
「『ハァッ!!』」
ズン、と足が岩の壁にめり込み、壁全体に亀裂が走る。
だが崩れない。
それどころか、壁が逆再生でもするかの様に、亀裂が埋まっていくではないか。
「『くそっ!』」
やはり逃げられない。
振り向くと、神官の男はそれがわかっていたとでも言う様に、ただ突っ立ってこちらを見ている。
舐められていると感じるが、それだけの実力差が俺とあの男の間にはあるのだ。
逃げることすら叶わず、死ぬしかないとでも言うのか。
だが俺が死ぬとしても、彼女だけはなんとか逃さなければ。
「『はあああああっ!!』」
とりあえずそのために、俺は欠損した左腕に『力』を集中させて、左腕を再生させる。
ある程度集中しなければならないが、今なら相手は見ているだけだ。
その隙を存分に利用させてもらう。
「『はぁ、はぁ……』」
「ゲホッ、デル、ミス……」
「なるほど、いいでしょう。次で最後です」
神官が告げると、彼と俺たちの間の中空に、ずらりと光の槍が現れる。
部屋の右の端から左の端まで、下から上まで、びっしりと並び、向こうからこちらへ向けて切先を向けている。
こちらにはバルダメリアさんがいるにも関わらず、容赦のないやり方だった。
「『何っ!?』」
「いきますよ」
彼が手を前へ押す様なジェスチャーをすると、槍が急加速を始める。
俺の右腕にはバルダメリアさんが抱えられており、俺にはあの槍の壁をどうにかする時間がない。
このままでは2人仲良く串刺しだろう。
俺は咄嗟にバルダメリアさんを両腕で抱え込む様にして庇い、槍に背を向けて、全身を『力』でできうる限り硬化させた。
コレでダメなら、もう俺にはどうしようもない。
だが、これでバルダメリアさんが死ぬようなことがあれば、あの神官は、俺が確実に殺してやる。
串刺しにされた程度で、俺が死ぬことはないのだから。
「………………?」
しかし、少しの間待ってみても、一向に背中に衝撃が来ない。
不思議に思って振り向いてみると、そこには俺に触れるギリギリなところで、槍の壁が停止している光景が目に入ってくる。
攻撃を止めた? 何故今になって?
訳が分からないまま神官の青年を見てみれば、彼は俺たちの方に手を向けたまま、爽やかに微笑んでいた。
容赦ない縦横無尽ビーム。
その気になればオールレンジアタックとか出来そう。
ちなみにここは森の中を石で囲んだだけの場所なので、木々はボロンボロンです。




