046-荷を失ったから
「あ、でもその前に……ええと、アタシのテントはここかな」
「……?」
バルダメリアさんは、彼女の振る舞いに戸惑う俺を引っ張って、少しだけ大きなテントの残骸まで連れてきた。
彼女が言うには、ここは彼女自身が使っていたテントらしい。
「ちょっと待っててくれよ。ええと、これじゃなくて、ここだと……あった!」
彼女は俺をそばに立たせて、自分は何かを探す様に残骸をひっくり返し始める。
そして少しすると、残骸の中から目的のものを発見した様で、何か紐の様なものを両手で大切そうに拾い上げていた。
「ソレハ?」
それは、トップにあるピンクの宝石が美しい、革紐でできたシンプルなペンダントだった。
「アルルゥがくれた物なんだ。代々家に伝わってた物らしいんだけど、アタシに似合うからって」
「アルルゥ、ノ……」
「今じゃ髪もボサボサで、服だってこんなんで、似合わなくなったけど。でも、これだけは持っていかなくちゃな……って。他には何にも、無いからな」
バルダメリアさんは宝石をしばし見つめると、ペンダントを首にかけ、大切そうに服の下に仕舞い込んだ。
そうしている彼女は嬉しそうであり、また悲しそうでもあった。
「『……そうか』」
俺は彼女のその仕草を見て、自らの思い違いを恥じた。
彼女は仲間のことを、何一つ忘れても捨ててもいない。
アルルゥは今でも大切な妹分であり、団員たちも守るべき民であったのだ。
重荷を背負ったことで彼女の精神がボロボロになっていたのだとしても、それを選んだのは彼女自身。
そして彼女はそうなってさえ、今まで戦うことを止めていなかった。
それは憐れむことではない。むしろ尊敬すべき意志の強さだ。
バルダメリアさんがその様な人物であるからこそ、盗賊団は劣悪な環境にあってさえ、彼女を慕っていたのだろう。
まぁ盗賊行為やその他についての是非は多分にあるだろうが、情勢も彼女の過去も詳しく知らない俺が何かを言える様なことではない。
「デルミス?」
考え込む俺を見て、バルダメリアさんが不安そうに俺の腕を握った。
今の彼女は支えも目的も全てを失って、少しばかり不安定になっている。
しかし彼女の気高さの全てが失われたわけではないのだ。
なら、全てがなくなってしまった今、傷ついた彼女が支えを必要とすることに、一体何の問題があるだろうか。
そう思うと自然、俺は彼女の頭に手をやり、優しく撫でていた。
「わっ」
彼女が休むために俺が必要だと言うのなら、存分に一緒にいればいい。
どうせこの星での俺の目的など、安住の地を求める旅をすると言うだけなのだ。
その間一緒に旅をすることで彼女の癒しの一助となれるなら、それはきっと良いことだろう。
「ちょっと、何だよ。あ、姉気分はアタシなんだから、こう言うのはアタシがだな……」
バルダメリアさんは口では拒みながらも、俺の手を払うことはしなかった。
この強い女性が、これほどまでに弱っている。
なら彼女を連れて行く俺は、強くなければならない。
砦虫よりも強く、ディンガードよりも強く。
この先出会う全ての脅威よりも強くあり、彼女を守らなければならない。
彼女も戦えるとか、そういうことではないのだ。
アルルゥを守れなかった時のようなことは、もう繰り返してはならない。
そのために、俺は戦わなければいけないのだから。
◇◇◇◇◇◇
それから俺たちは盗賊団のアジトを出て、ディンガードの拠点に来ていた。
しかしこの場所には、食料も、道具も、金銭も、有用な物はほとんど残っていない。
最初からバルダメリアさんを捕まえたら、この場所も仲間も全て引き払うつもりだったのだろう。
「チッ、しけてるぜ。あの野郎、ウチらより貧乏だったんじゃねぇか?」
何もない空っぽの拠点。
薄っぺらいあの男の持ち物。
だがそんな物でも俺たちはいただいていく。
盗賊団の、アルルゥの命の代金としてはあまりにも安すぎるが、それも致し方ない。
その大半はあの性根の腐った男と、それに加担した男たちの命で贖ったとするしかないだろう。
「『ん?』コレハ?」
ただそんな何もない場所でも、一つだけ有用そうなものがあった。
刀身に複雑な模様が刻まれている、場違いなほど装飾の美しい短剣だ。
「あ、それ……」
「ドウゾ」
バルダメリアさんが何か知っているらしいので彼女に短剣を渡すと、彼女はそれを両手で持ち、まじまじと見つめた。
「これ、アタシんだ。お母様に買って貰ったんだけど、逃げてた時に安値でうっぱらっちゃったんだ」
「ヘェ」
「もう戻ってこないと思ってたんだけど……ほら」
彼女が短剣を持ったまま刀身を下にすると、刀身がうっすらと光り出して、透明な液体ががちょろちょろと流れ落ち始める。
魔法の短剣だ。出ているのは水だろうか?
「これでもう、水には困らないぜ」
「ヘェ」
旅には便利な代物だろう。
まぁ俺は水も飲まなければ汗もかかないので、俺にとっては無用の長物だが、彼女にとっては有用だ。
それに、母親との思い出の残る品が一つくらいあっても、彼女の荷にはならないだろう。
「使えそうなのはこれくらいか。取るモン取ったし、出発しようぜ」
「ハイ」
盗賊団は壊滅して、旅の支度も全て済んだ。
これでもう、彼女がこの地に留まる理由は何もない。
残った物はペンダントと短剣くらいで、ある意味で彼女は全てから解放されたのだ。
なら後は、心の傷を癒やしに旅に出ても良い。
その間は、俺が彼女を守ろう。彼女の心を守っていただろう、アルルゥの代わりに。
俺はそう考えながらも、バルダメリアさんに引っ張られて、ディンガードの拠点を後にした。
「さ、今日から旅の始まりだ。世界樹はずーっと西にあるって言うから、長い旅になるよな」
「ア、ハイ」
「心配すんなよ、アタシがずっと守ってやるから。さぁ、行こうぜ!」
ここへ戻ってくることは、多分二度と無いだろう。
俺が目指すのは遠い安住の地。
この旅は戻るつもりの無い、長い旅なのだから。
「あ、そうだ、デルミス」
「ン?」
「さっきの「へぇ」ってヤツ、あれあんまり気が無い時にも使う相槌だから、使うと怒るヤツもいるぞ」
「エッ」
……とりあえず、旅の間に、彼女にもっと言葉を教わろう。
———To Be Continued.
持って行くのは思い出だけ。いざ闘いの旅路へ。
これにて第二章、終了でございます。




