045-傷跡
目が覚めると、隣のバルダメリアさんはまだ寝ている様子だった。
テントの隙間からは光が漏れていて、すでに外は明るくなっているらしい。
考え事がしたかった俺は、彼女を起こさない様に寝床を抜け出して、テントの外に1人で出ることにした。
「『うーん、眠ったという気がしない』」
の◯太くんばりに寝つきがいいのは便利ではあるが、夢も見ないし体の調子も常に一定であるから、眠ったという実感が湧かないのは不便であった。
俺の中で昨夜との連続性が途切れておらず、精神的な疲れが全く取れた様な気がしなかったのである。
「『はぁ……まぁでも、戦いは終わったんだよな』」
とはいえ、それは時間が解決してくれるだろう。
周囲を見渡すと、昨夜と同じ酷い状況だった。
テントも物資も壊されて散乱しており、それが昨夜の戦闘の激しさを物語っている。
だが静かだ。
昨夜のことは昨夜のこと。全て終わったことなのである。
「『戦いか……』」
しかし俺はその戦いにおいて、1人の少女(?)を守ることができなかった。
戦う力はあったはずなのに、戦いを躊躇したからだ。
自分の手を見ると、相変わらず紫で、ちょっとプニプニしている。
だがこの手はその気になれば容易く凶器に変貌し、相手を殺すことができる武器であるはず。
けれどそれが威力を発揮するのは、結局のところ俺の意思がそれをやろうとした時だけなのである。
俺が戦いから逃げるままでは、この先も戦いで負けることになるだろうし、その時には俺も死んでしまうかも知れない。
そして何よりも、バルダメリアさんも一緒に旅をすることになったのだから、負けることは俺1人の問題ではなくなったのだ。
「『どうすればいいんだ……アルルゥなら教えてくれるのか?』」
彼女はもしかすると、無理に戦うことはないと甘やかすかも知れない。
しかしヤグやドミ村長なら戦うべきだと言うのではないだろうか?
どちらも俺の想像でしかないし、その是非も俺には判断しづらい物だ。
だがアルルゥは死んで、ディンガードを殺した結果、バルダメリアさんだけは今も無事でいる。
であるならば、やはり戦うべき時には戦わなければいけないものなのではないか。
「『……フッ!』」
俺は思い出す様に、右手の指を鋭く変化させて、その場で前に突き出してみた。
それは、ディンガードを殺した時の突きだ。
他の生き物を殺すのと同じ様に、最も殺し慣れた方法であの男を殺した。
俺は今後も、そんなことを繰り返していかなければならないのだろうか?
「デルミス!? どこだ、デルミス!」
などと俺が深刻そうに考え事をしていると、背後からバルダメリアさんの声が聞こえてきた。
彼女も起床したのだろうか?
そう思って俺が振り向くと、彼女が勢いよくテントから飛び出してきて、すぐに俺と視線がぶつかった。
「よかった……。まったく、勝手にどこかに行くなよな」
「『え』、ハイ?」
彼女は焦った様子からあからさまに安堵した様子になり、その場で大きなため息をついた。
それはやはり、どこか妙な反応の様に俺には見える。
どこかへ行ったと言っても、俺はテントの外に出ただけで、このアジトから出てもいない。
現に彼女が探しに出てきて直ぐに見つかったはずなのに、焦り方も安堵の仕方も、少々過剰であるかのように見える。
「もう行っちゃったのかと思っただろ。どこかに行くならアタシもついていくけど、その前に旅支度も必要だろ。道具とか食料とか……あ、ディンガードの拠点からも拝借しようぜ」
「ア、アア」
バルダメリアさんは俺の腕をがっしりと掴んで引っ張って行き、俺に荷造りを手伝わせ始めた。
ただし、俺が少しでも離れようとすると、不安そうな顔をして、直ぐに腕を掴んでついてくる。
これではまるで、彼女が俺にひっついている、というか依存でもしているかのようだ
「デルミスは男だし、武器とか好きだろ?」
「『あー』、ハイ」
「だろぉ? やっぱ男の子だよなぁ。こうやって剣帯つけて、腰につるせば……ほら格好いい!」
しかも一緒にいる時の彼女の表情は常に笑顔で、それも少しずつデレデレとし始めた。
この笑顔に、俺は見覚えがある。
それは、彼女がアルルゥに向けていたそれではないのか。
俺をアルルゥの代わりにしている?
それだけでなく、依存しているような行動を取る?
確かに昨晩の出来事は酷かったし、彼女の受けたショックは相当な物だっただろう。
だからといって出会ったばかりの男にそのような事をすることなどあるのだろうか?
精神的支柱を他人に移すことなど、そう短期間で発生するものではないと思うのだが。
いや、しかし、であるならば……。
「『まさか』」
「ん、デルミス? どうしたんだ?」
仮定ではある。
だが仲間内に不和を呼んでまで、彼女がアルルゥを溺愛していた理由。
それが妹分であるからという理由だけでなかったのなら?
つまり彼女が、最初からアルルゥに依存していたのだとしたら。
そうやって彼女が精神の安定を図っていたのだとしたら、それはつまり、彼女の精神は最初から限界であったと言うことでは無いのか。
「デルミス?」
「ア、イイエ、何モナイ」
「んん? それなら良いけどよ。じゃあ、食料とか装備とか大体揃ったし、次はディンガードのアジトに行こうぜ。それで取るモン取ったら、出発できるぞ!」
予想が外れていて欲しい。
この無邪気に笑う彼女が、そのような痛ましい精神状態にあるなどと、信じたくはない。
だが仲間を失って昨日の今日でああやって笑い、その一方で俺の腕を頑なに放そうとしない彼女の行動が、俺にそれを信じろと訴えかけてくる。
まるで昨日までの全てを忘れてしまい、俺にだけ縋り付いているような、彼女のその姿が。
傷跡がその人の人生を表すのなら、心の傷もそうなんでしょうか?




