043-弔いの魔法
バルダメリアさんは泣き止んだ後も、少しの間動こうとはしなかった。
長く薪を足さなかったせいか、周囲の灯りは大部燃え尽きていて、周囲は闇に閉ざされつつある。
俺の目は暗い部分も認識できているが、普通には見えにくい程度の明るさであることは間違いない。
……いや、少しおかしい。なぜ暗いと認識しながらも景色が見えているのか。
ひょっとして、俺の目は明るさだけで物を見ているのではないのだろうか?
「……すまねぇ」
俺が考え事をしていると、腕の中のバルダメリアさんがポツリと謝罪したかと思うと、やんわりと俺を押し退けて、彼女はゆっくりとその場に立ち上がった。
「……『光よ』」
少し迷ってから、彼女は左手を上に向けて、小さく呟く。
すると彼女の手の平から光の玉が生まれて、頭上にフワリと浮き上がった。
光は周囲を明るく照らして、この場の地獄のような光景を彼女の目にも見せただろう。
バルダメリアさんはその場で一歩退いて、また泣きそうな顔になって、呼吸が少し荒くなる。
「バルダメリア、サン」
「ハァ、ハァ……いや、大丈夫だ。みんなを弔ってやらないと」
けれど彼女は気丈にも、その目を逸らそうとはしなかった。
彼女にとって身近な人々を埋葬するのは辛いだろうに、彼女はそれをやると自ら言ったのだ。
一見すると、彼女はかなり立ち直ったように見える。
「デルミスは、手伝ってくれる?」
「ハイ」
「ありがと」
しかし一方で、俺に助力を求める彼女の瞳は不安そうな物であった。
俺はすぐにその要望を受諾したが、彼女が不安定に見えて、どうにも心配が拭えない。
本当は休ませた方が良いのかも知れないが、そこまで俺が口を出して良い物なのか、判断がつかない。
だから俺に出来ることは、この場の遺体を弔いながら、彼女の様子を注意深く見守ることだけだ。
「じゃあ、みんなの遺体を集めてくれ」
「ハイ」
何かあればフォローしよう。そう考えながら、俺はバルダメリアさんの言うことに従って、団員たちの遺体を1箇所に集め始めた。
◇◇◇◇◇◇
男と女の遺体を分けて集めていき、それぞれを幾つかの山として積み重ねた。
その中にはアルルゥの遺体も、あの男の遺体も含まれている。
遺体の数は優に100を超えていたが、俺がやったことは本当にただ積むだけだったので、時間はそれほどかからなかった。
しかし何というか、随分と雑な扱い方に見えるというか、一体ここからどんな方法で弔うのだろうか?
「コレ、良イ?」
「ああ、大丈夫。ありがとうね。後は……デルミス、こっちに来て」
バルダメリアさんは遺体の山を前にして、俺を手招きした。
それに従って俺が彼女の側まで来ると、彼女は右手の人差し指を上げて、その先に魔法で小さな火を灯す。
しかし彼女はそれから少しの間黙り込むと、息を荒くして、涙を流し始めた。
躊躇いも、悲しみもするのだろう。
バルダメリアさんが今弔おうとしているのは、彼女が今まで積み上げてきた全てなのだから。
「ハッ、ハッ……うぅ……!」
「バルダメリア、サン?」
「大丈夫、今までだって、やってきたんだから……ま、『主のお側へ』!」
彼女が呪文を唱えると、その指に灯っていた火が青く色を変えて、宙にフワリと浮き上がる。
そして分裂しながら幾つもの遺体の山へとゆっくり飛んでいくと、燃え移ったかと思った瞬間に、遺体の山全体が静かに燃え始めた。
それはどの様な魔法であるのか。火の勢いは全く衰えることなく、ゆっくりと、しかし確実に青く燃え続けている。
こうして今までに、彼女は何人の仲間を送ったのだろう?
強そうに見えた彼女ではあったが、きっとその一度たりとも平気であったことなどはないのだろう。
「うっ、うっ、ああ、あぁあ……」
「『ん?』」
バルダメリアさんは先ほどよりは静かに泣き始めたが、彼女の片手はいつの間にか俺の服の裾を掴んでいた。
辛いのは分かる。しかし俺と彼女はそれほど親しい間柄ではなかったはず。
彼女の心情を考えればおかしな話ではないのかも知れないが、俺には少しだけ違和感を感じさせる行いだった。
とはいえ、拒否するほどのことでもない。
俺は彼女のやりたいがままにさせることにして、燃え続ける遺体の山に視線を移した。
あの中には、俺も弔わなければいけない人が混じっているのだ。
この文化圏での弔い方ではないかも知れないが、俺は目を閉じて合掌し、アルルゥの死後の安らかなることを願った。
◇◇◇◇◇◇
青い火が、静かに燃えている。
ほとんど音もなく燃え続けるその炎は、燃えて燃えて、やがて遺体が灰になるまで続くのだろうか?
俺とバルダメリアさんはその場に座り込んで、延々とその光景を見つめていた。
俺の隣の彼女もいつの間にか泣き止んでいて、今この場所はとても静かだ。
「アタシ、みんなを守りたかったんだ」
そんな静寂の中で、ふと唐突に、バルダメリアさんが喋り始めた。
「戦争でお父様とお母様が死んじゃって、王国軍が来るからって町を逃げることになって、その時に女の子だけでもって、連れて町を出た」
「……」
「小さな開拓村に居着いて、暫くはお金で凌いでいたけど、それもどんどん減っていって。なのに噂を聞きつけた女の子がどんどん集まって。でもアタシは貴族だから、彼女たちみんなを王国から守らなきゃって」
彼女の語る内容は、彼女の過去。
ディンガードの言っていた内容を裏付けるものだ。
「でもやっぱりどうしようもなくなって、最初に王国軍の輜重隊を襲った。エヌカとカーラに手伝ってもらって、町から離れたところで、魔法で奇襲して、ナイフで殺した。全員ね」
懺悔ではない。
ただ淡々と、思い出を話す様な口調で話し続けるのを、俺は黙って聞いていた。
「けどそれも3回目くらいでバレそうになって、協力してくれてた商人ももう無理だって。それで村も追い出されて、噂が広まってたからどこにも受け入れてなんてもらえなくて、アタシたちはしょうがなく盗賊になるしかなかった。どうせなら王国でってのは、みんなも納得してたけどさ」
俺にはそれが本当にどうしようもなかったことなのかは分からない。
何せ俺は、この星の人間の社会がどうなっているかなど、何一つ知らないのだから
それに戦争が理由であると言うのなら、当然恨みもあっただろう。
「殺しもあったのはアルルゥには秘密にしてたけど、多分知ってたんだろうな。……どうすれば良かったんだろう。アタシにはもう、分かんないや」
けれど彼女の言う、仲間を守りたかったと言うのは、きっと本当のことだと思うのだ。
魔法解説『主のお側へ』。
遺体に残った魔力と空気中の魔力を使って、対象を灰になるまで燃やし続ける魔法。
死後数日以内なら骨も残らない。
ただし抵抗力が失われている存在にしか発動しない上に、スピードもゆっくりで、更に神聖な魔法とされているので、火葬専用魔法となっている。




