042-喪失の涙
「だって、アタシ、デルミスにも酷いことしたから……」
「『それは……』」
確かに、彼女が俺にしたことは、一般的に酷いことだ。
出会いからして酷かったが、その後も俺の精神が無事であったのは、俺の特殊体質が故だろう。
だから本当は、俺は彼女を許してはならなかったのかもしれない。
「イイエ。私、ヤラナイ」
けれど俺は今こうして無事だし、もう彼女の事情も知っている。
何より今、彼女は全てをなくして泣くほど傷ついているのだから、もう罰は降ったと言うものではないだろうか。
ただの同情? そうかも知れない。
しかし俺はもう、彼女を許すと決めたのだ。
それに彼女の味方をすることは、俺が守れなかった亡きアルルゥへの、罪滅ぼしと恩返しにもなるだろう。
「そう……」
「ハイ」
差し当たって、今やることは、この酷い状況をどうするかと言うことなのだが……。
周囲を見渡すと、死体だらけでひどく恐ろしく、また悲しくなってくる光景が広がっていた。
はっきり言って、どこから手をつけていいか分からないような状態だ。
「そう、なんだ……そっか」
「『ん?』」
カチャリとバルダメリアさんの方から音がしたので目をやると、彼女が剣を拾って、刀身を見つめているのが目に入ってきた。
まだそれくらいの元気はあるようで、安心した───のだが、次には彼女は迷いながら、それを自分の首筋へと持っていくではないか。
「……」
「『……はっ! 何をやってるんだ!』」
意味が分からず一瞬呆けてしまったが、俺は彼女の手から急いで剣を取り上げた。
彼女は少しばかり強く握っていたが、『力』を使えば奪うことは造作もない。
そんなことよりも、今彼女がしようとしていたのは、間違いなく自殺だ。
元気があるなどとは、とんでもない勘違いだった。
もう彼女には、生きるだけの気力が残っていないのだ。
「何で……?」
「『死んで良い訳があるか!』」
いや、彼女の事情を考えれば、むしろ死にたがってすらいるのかも知れない。
何もかもを失って、しかも守ろうとしたものすら自分で踏み躙ったと思ってしまった時の絶望とは如何程のものなのか。
俺には彼女の気持ちを、完全に押しはかることは到底できない。
しかし、死んでしまっては何にもならないではないか。
彼女の仲間も、アルルゥも、バルダメリアさんが守ってきた人たちは、きっと彼女にそんなことは望まないだろう。
だって、アルルゥはどう見たって彼女を慕っていたし、他の団員だってアルルゥに嫉妬するくらいの思いを寄せていたではないか。
「『死んだら終わりなんだぞ! あんたの仲間がそんなことを望むか!』」
だが、いいや、そんなことがなくたって、とにかく俺は人が安易に死ぬことなんてあってほしくはない。
死ぬことが救いになるなんて、そんな悲しい話があって堪るものか。
「何言ってるか、全然分からないよ……」
「『ぐっ』」
「アタシ、アタシみんなを、殺しちゃったんだよぉ……あぅ、あぁ、ああぁぁぁ……!」
しかし、俺の言葉はバルダメリアさんにはまるで届かず、彼女は両手で顔を覆って、わんわんと泣き始めてしまった。
「違ウ!」
それはあの男のやったことで、貴方に罪はないのだと、彼女に伝えたかった。
だが俺にはそれを伝えるだけの語彙が、咄嗟には出てこない。
あのクソッタレの男は、死んでまで、よくも祟る。
俺は今、何と言えばいいのだ。どうすれば伝わるのだ。今、この傷ついている女性に。
「もう嫌だ、もう死にたいよぅ、ああ、ああぁあ……」
「駄目ダ、ソレハ駄目ダ……『くそう!』」
どうしようもなくなって、咄嗟に俺はバルダメリアさんを抱きしめ、片手で彼女の頭を撫で始めた。
泣いている子供にそうするように、慰めるように。
セクハラだとか血の匂いと感触が気持ち悪いだとか、そんなことは言っていられなかった。
言葉を用いずに絶望している人間を宥める方法など、俺にはこの程度の働きかけしか思いつかなかったのだから。
「『大丈夫だから、悪くない、いい子だから』」
「ああぁあ、あぁ、おぉ、おお……!」」
けれどそれでもバルダメリアさんは泣き止まず、今度は縋りついてまで、俺の腕の中で泣き続けた。
それこそ本当に子供のように。
ああ、アルルゥ。彼女がいれば、このような時でもバルダメリアさんの心の支えになれただろう。
だがそのアルルゥは、俺の判断ミスで死なせてしまった。
失われたものは戻ってこない。
その価値の、何と大きかったことか。
「『よし、よし』」
結局、俺はそれから数十分くらいの間、彼女の頭を撫でながら、声をかけ続けることくらいしかできなかった。
バルダメリアさんの心情を考えれば、できればこの場所から離れるべきだったのだろう。
しかしそれすら出来ないまま、俺はその間ずっと、内心で自分の無力さに打ちひしがれることになったのだ。
周囲の死体の山と、彼女の泣き喚く声が、俺のミスを責め立てているような気がしたまま、ずっと。
「死にたい」と口にする時って、助けてほしいって全力で叫んでる瞬間だと思うんですよね。
死はとても恐ろしい概念ですから、自分からそこへ行きたいという人は極々少数派かなって。




