040-仇討ちに必要なもの
<Side デルミス>
アルルゥの死体を前にして、俺は自問自答を繰り返していた。
俺は彼女を守る為に、暴力を振るうべきだったのか。
人を傷つけることは常に間違っていて、誰かを傷つけるくらいなら自分が傷ついた方が良いと、ずっと思ってきたから。
そうすれば平和で、様々な人と協調していくことが出来る。
恩を返すのだってその一端で、平和に生きていくための処世術だった。
けれどそれは正しいことの筈で、俺は正しさを盾にして、ずっと自分を守ってきたのだ。
でも結局、俺は怖かっただけなのかも知れない。
自分が誰かを傷つける加害者になるという、その事実と責任が。
いや、今だってそれはとても恐ろしい。
「『やらなきゃ』」
けれど、聞こえていたから、俺は肩を押さえて立ち上がった。
ディンガードとかいう男の責め立てる言葉も、バルダメリアさんの泣き声も。
二人の会話の全てが、俺には聞こえていたから。
痛む肩は変形させてくっつければ良いし、右腕は直ぐには治りそうにないが、伸ばしていけばその内治るだろう。
だからこんな傷は俺にとって大した物ではない。
それよりも今は、泣いている彼女の元へ行かなければならないのだ。
「『やるんだ……』」
男の言うように、彼女のやったことは悪いことなのだろうか? それはそうだ。
聞く限り、彼女は身に余る物を背負い込んで、その荷物と一緒に道を踏み外してしまった。
けれど彼女は仲間を守る為に戦って、沢山傷ついてきたのだろう。
それは彼女の涙を見れば分かる。
もしも善と悪を測る天秤があるのなら、彼女の人生の秤は中道か、善に傾くだろう。
「ハッハッハッ……ハァ。……あン? 何だ、生きてたのかよ」
一方で、このふてぶてしくもニヤつく男はどうか?
恐らく犯罪と呼べる物はそうしていない。
けれど多くの弱者を唆して、自分のためだけに利用するその行為は、きっとたくさんの人を死なせてきただろう。
それは今この場に倒れ伏している、無数の死体が物語っている。
彼の、この男の進む道には、今後も際限なく死体が積み上がっていくに違いない。
だからこそ、この男の秤は間違いなく敵に悪に傾く。
「こりゃあついてるなぁ。国にでも売りつければ、金貨何枚になるかも分かんねぇ。クックッ」
「デル、ミス……」
分かっている。そんなものは俺の主観でしかないことなんて。
バルダメリアさんに不幸をもたらされた人からすれば、彼女を許さないと言うかも知れない。
彼女に殺された人なんて、彼女を許すことすらも出来ない。
「『殺さなきゃ……』」
それはあの男にも言えることだろう。けれどそんな事は知ったことではないのだ。
俺はもう、心の中で一線を引いてしまったから。
アルルゥを殺したこの男は悪で、アルルゥが慕っていたこの女性は善だと。
そしてもう一つ、何よりも、たった一つ明確な答えがある。
俺の恩人を殺して、今なお恩人の姉貴分を泣かせるこの悪漢は、今、絶対に殺さなければならない、俺にとっての仇敵だと言うことだ!
「『ぅぅぅぅぅぅ………』」
怒れ、怒れ、怒れ。
今の俺にとって、人を殺すには怒りが必要だ。
憎め、憎め、もっと憎め。
この男を殺すのだと、死んで当然だと言い聞かせろ。
「ああ? なん───」
「『ああああああああああああああ!!!』」
頭がどうにかなりそうな程の怒りを爆発させて、俺は全力でディンガードとかいう男の右側に一足飛びに跳んだ。
時間がゆっくりと流れ、ヤツの表情がよく見える。
俺が拳を振り上げた時、その瞳は俺の通った軌跡を見ており、俺を直接は見ていない。
この男は俺のスピードに付いてこられていないのだ。
だから俺はそのままヤツの胴体に左拳を突き込んだ。
「だガァッ!?」
しかしそれよりも一瞬早く、ヤツの肉体と剣が発光して、俺の拳の通り道にぬるりと刀身が滑り込んできた。
俺も拳を止めることも出来ず、剣の腹を強かに殴りつける───筈が、拳が当たった瞬間に刀身を滑ってしまい、衝撃が正確に男を捉えることはなかった。
受け流されたのだと、直ぐに理解することが出来た。
「ガハッ、グッ、て、テメェ……!」
だがそれでも、男は数メートルは吹き飛んで、胸を押さえて咳き込んでいる。
口からは血が垂れていて、少しはダメージを与えたらしいが、この程度ではとても死ぬほどではない。
「『チィィッ! 死ね、死ねぇ!』」
俺は直ぐさま殴りかかり、2度、3度と殴りつける。
一発一発に憎しみを込めるように、有り余るエネルギーを使って、全てが全力だった。
「クソがぁっ、この、程度で、やられるかよぉ!」
だがそれでも、男は俺の拳を全て受け流してしまい、碌なダメージが入らない。
それどころか、不意打ちでないせいか、まるで通じていないような気さえした。
やはり右腕がないと、バランスが悪くてしっかりと殴れないのが酷くもどかしい。
「オラァ!」
しかも、徐々に慣れてきたのか、男は攻撃の合間に俺へと斬りつけてくるようになった。
ガンガンと音がして、刃が俺の身体の表面を薄く傷つけていく。
とはいえ、今の俺は常に全力で『力』を使っている状態であり、この程度の攻撃などではほとんど傷つくこともない。
それに例え傷が付いたとしても直ぐにくっつけてしまえば良いのだから、最早男の攻撃は何の脅威にもならなかった。
「『クソッ、これじゃ……』」
しかしこれでは、いずれ俺の方が力尽きてしまいかねない。
俺が全力で殴れるのは、恐らく20〜30発ほどだが、その程度では殺しきれないような予感がした。
なら、俺に出来ることはもう、一つくらいしか思いつかない。
「『ならぁ、殺ぉおおす!!』」
俺は殴った直後に、腕を開いて、身体から男に向かって突撃した。
「馬鹿がァ!」
それに対して、男は凶悪な笑みを浮かべ、剣を垂直に向けてくる。
そして刀身が一瞬だけ輝かんばかりに光り、俺の腹へと突き込まれた。
「『ガハァッ!』」
「ハッ、これで……」
男の剣が、俺の腹を貫通している。
狙ったわけではないが、それは俺にとって、とても都合の良いことだった。
腹に力を入れ、男が剣を持っている手を、俺は左手でがっしりと掴む。
「なっ」
「『……捕まえた』」
これでもう、お前を逃がすことはない。
喧嘩とかしても、人を全力で殴るのって凄く難しいですよね。
じゃあその先はどれだけ難しいんだろうっていう話です。




