039-絶望ミリー
「黙れ!」
ディンガードの口を止めようと、アタシは必死になって斬りつけた。
こうやって、もう何人殺してきたかなんて、覚えちゃいない。
ただ仲間を守るために、今まで必死になってたくさんの人を殺してきた。
「お前のお仲間だってよぉ、俺の一味を殺し尽くすくらいには殺し慣れてるだろ。何人殺せばそんなんなるんだって話だよなぁ?」
「黙れぇ!」
そしてアタシが人を殺す度に、仲間も人を殺した。
女所帯を襲ってくるクズはいくらでもいて、みんなで守るために必死になって戦ってきた。
それでいいなんて思ったことはないけど、仕方のないことだった。
「よっと」
「がフッ」
話の最中、ディンガードはアタシの剣を受け止めながら、無造作に拳を振るってきた。
アタシはそれに反応もできずに顔を殴られて、地面を情けなく転がって、地面に倒れていた死体にぶつかってしまう。
男の死体だった。
「ひでぇ話だよなぁ。俺の一味にゃ、家族がいる奴だっていたんだぜ? それをこんなにたくさん殺しやがって。人の心ってもんを無くしちまったのかね、ミリーちゃんは」
「お前らが襲ってくるからだろうが!!」
アタシたちが悪いんじゃない。
こいつらみたいなクズが襲ってくるから、しょうがなく殺さなきゃいけなかったんだ。
「だから許されるって? 商人から脅し取ったりしてたんだろ? だったら護衛だって何人か殺してるよなぁ」
「それは……」
金がなくて、みんなを養うために、何回も商人から巻き上げたことはある。
その時に護衛を斬らなきゃいけないことだって、なかった訳じゃない。
だからその次からは必要以上の大人数で囲んで、戦意を喪失させて積み荷を奪った。
殺さないように、努力はしていた。
「殺さなくっても積み荷がなけりゃあ商人は死ぬ。お前は仲間にずーっと人殺しばっかりやらせてたんだぜぇ?」
「……」
けど分かってる。そんなものは言い訳で、悪いことは悪いことだったと。
でも全部、生きていくためには仕方がないことだったんだ。
そうしないと、みんな死んでいたんだ。
「お前が唆したから、女どもは人殺しになった。人殺しになったから、賊として死んじまった」
「……黙れ」
アタシが悪いんじゃない。
戦争があったから。襲ってくるから。みんなで生きていくために仕方がなかったから。
でも、そんなものは全部言い訳で、アタシがみんなを不幸にしたっていうの?
「両親に申し訳ないとは思わないのかねぇ。どうなんだ、えぇ? アメリアル・エンパールムちゃんよぉ」
「……黙れよぉ」
それはアタシの本名だった。
この男はやっぱり全部知っていて、アタシを追ってきたんだ。
戦争から生き延びたのに、こんなことをやってるアタシを、コイツは追い詰めにきたんだ。
「領民を守るために戦って、死んでいったお前の親が、今のお前を見たらどう思うよ?」
「お父様とお母様は、関係ないだろぉ……」
涙が出てくる。
この憎い男の言うことは全く正論で、アタシは今のアタシが嫌いだった。
親に顔向けできないなんてことは、アタシが一番よく知ってるんだから。
「いいや、関係あるね。聞いたぜぇ? お前は親に逃がされた後、戦争で焼け出された女を集めて匿ったってな。そんで持ち出した私財がなくなった後、国を逃げ出して王国で悪事を働いて、意趣返しのつもりかよ?」
だって、そう。アタシは貴族の子供として、みんなを守ろうとしたはずなのに。
それなのに出来たことといえば、みんなで盗賊になって、悪いことをすることくらい。
「見な」
「いっ、あぁっ」
頭の上から髪を掴まれて、アタシの顔は強制的に横を向けられた。
そこには死屍累々の光景が広がっていて、それはアタシの家族の成れの果てだ。
「あれがお前のやったことだ。あの女どもがああなったのは、全部お前のせいだ」
アタシのせい。アタシのせい。
全部全部、アタシがここまで連れてきたからこうなった。
「高潔だった親に比べて、今のお前はただの犯罪者。親の名誉も、女どもの名誉も汚して、いったい何がしたいんだ?」
「あ、アタシ、アタシは、そんなんじゃ……」
家族のために戦ったはずのアタシは、みんなの命を守れなかっただけじゃなくて、みんなの名誉も何もかもを滅茶苦茶にしてしまった。
ああ、結局アタシがやったことは、何の意味もないことだったんだ───そう思ったらもう、アタシは剣を握っていられなかった。
どうしてアタシは生き残ってしまったんだ。この男にクズなんて言っておいて、本当のクズはアタシの方じゃないか。
生きていてはいけないほどの悪だと言うのなら、いっそ戦争で死んで仕舞えばよかったのに。
もはや瞳から溢れる涙は滂沱となって、膝をついたアタシの顎から滴り落ちていく。
「何でだよぉ。何でこんなことするんだよ……」
「んん? そりゃあよぉ、お前をペットにするためさ」
「え?」
泣きじゃくるアタシに、ディンガードは臆面もなくそう言い放った。
「俺ぁ、貴族ってもんを飼ってみたかったんだ。貴族連中が奴隷を飼ってるのと一緒でな」
「そんな……」
「でもなぁ、普通にどっかの貴族の娘を攫ったんじゃ、俺がぶっ殺されちまう。そこでミリーちゃんに白羽の矢が立ったのよ。攫っても殴っても、誰も文句を言わねえ」
そんな理由で、この男はアタシを追ってきたの?
そんな理由で、アタシの家族は殺されたの?
怒るべきだと思った。なのに、アタシにはその気力が湧いてこない。
だって、アタシの心はもう、ポッキリと折れてしまったから。
理不尽に家族を殺されて、暴力を振るわれて、現実を突きつけられて。
アタシには何もできないんだと思い知らされたから。
「戦争ってなぁ、良いもんだなぁ。馬鹿どもを使い潰しても、代わりはいくらでもいる。お前を綺麗にして躾けたら、適当に手下を増やして、傭兵でもやろうぜぇ? 食いっぱぐれて賊落ちして、殺しても良くなった奴はそこらじゅうにいるからな! 最っ高だぜぇ、ハァァーハッハッハァッ!!」
悪魔だ。悪魔が笑っている。
この恐ろしい悪魔が、アタシを捕まえて嬲るのだ。
そう考えると、アタシはあんまりにも恐ろしくて、身体がひとりでに震え出していた。
そして、ああ……悪魔がもう1人増えたのがアタシには見える。
真っ赤な目で、怖い顔をして、紫色をした悪魔。
彼は片腕なのに、その手を震えるほど握りしめて、力強く地面を踏み締めて、ディンガードを睨みつけていた。
いやぁ、書いてる方も心が痛みますね。
ホントですよ?
ちなみにディンガードの言ってる仲間に家族がいたって話は、一応本当です。
誰だって家族はいますからね。




