038-力の差
「は?」
「こっちの連中、みぃーんな殺られてやがんの。全く情けねぇったらねぇわ。けどまぁ、女どももそこそこ死んでたしな。簡単だったぜ」
ディンガードがプラプラと剣を見せびらかしてみせると、刀身から血が滴り落ちていく。
コイツは何を言っているのか。
全員? 戻ってきた全員を、この男は殺して回ったと言ったのか。
だが、そんなことがあり得るはずはない。
だってアタシがここへ来てからまだほんの少ししか経っていないのだから。
みんなに先行して敵陣を抜けてきたアタシがようやくここに辿り着いたばかりだと言うのに、あの男が団員全員を殺せる訳がない。
「ほらぁ吹きやがって、死ねよ!」
アタシは怒りのままに、ディンガードへ向けて剣を振り上げて飛びかかった。
相手は剣も構えていなかった。
この男はまともな防御姿勢も取れずに、アタシの剣に押し切られる。
「おっとぉ」
しかしディンガードは、徐に上げただけの剣で、アタシの剣を受け止めてしまった。
そのまま鍔迫り合いに持っていくが、アタシは全力を込めているはずなのに、こいつは涼しい顔で受け止めている。
「テメェェ、なめんなああああ!」
「フン?」
強化の魔力を強くして、体から魔力光が漏れ出してくる。
だけどいくら強くしても相手も強化を引き上げてしまって、まるで意味がない。
いや、それどころか、ディンガードの方が明らかに魔力光が少ない状態なのに、アタシは簡単にあしらわれてしまっている!
「クソぉ、何で!」
「おいおい、センセイに習わなかったのかぁ? 魔法の強化は下地に影響されるってよ」
確かにそう教わった。
だから筋肉の多いディンガードとアタシでは、力に決定的な差が出ている。
でもそれは、魔力の質に差がない場合の話だ。
アタシの魔力でその辺の賊に負けるなんてことが、あるはずがないのに。
だっていうのに、どうしてこんなにも簡単にあしらわれているのか。
それに、こいつの言葉はまるで、アタシがどこで魔法を習ったのかを知っているかのようじゃないか。
「何を……!」
「そうらよっと」
「あっ!」
ディンガードがほんの少し手元を捻って押し込むと、アタシは簡単にバランスを崩して押し返され、その場に倒れてしまった。
その間ディンガードはニヤニヤと見ているだけで、追撃も何もしてこない。
「クソっ、なめやがって!」
「そりゃあなめるさ。これだけ力に差があればな」
「フザケんなぁ!!」
アタシは激昂し、立ち上がって剣を振るった。
上から、下から、左から、右から。
様々な角度から剣を叩きつけたが、その全てをこの男は事もなげに受け止めてみせた。
嫌でも理解させられる。技量も力も、何もかもがアタシを上回っている。
「頑張るねぇ。けどよぉ、お嬢さんの素人剣術じゃあそんなもんだよなぁ?」
「『雷』!」
「おまけに魔法は護身魔法。可愛くてやんなっちゃうぜ! ハァーッハッハッハッ!」
アタシの魔法も、まるで通じていない。
身にまとっている魔力だけで、アタシの魔法なんて全部はじかれてしまっているのだ。
そしてディンガードはそれを体感して、とうとう堪えきれなくなったとでも言う様に、大声で笑い始めた。
「何がおかしい!」
「クッ、ククッ……だってよぉ、笑っちまうだろ? 普段は威張り散らしてようが、貴族なんてこんなもんかよってな」
「な、何で……」
ああ、やはりこの男は知っているのだ。
アタシの事を。アタシたちの事を。
「そぉら、現実を教えてやるよぉ!」
ディンガードの姿がブレる程の速度で動いたと思った瞬間、アタシは胸ぐらを引っ張られて、中空に放り出されていた。
「うあああ……グッ!」
投げられたのだと理解した時には、アタシは何かにぶつかって、水たまりにビチャリと落ちる。
濃密な血の臭いがして、それが血なのだということは直ぐに理解できた。
だとしたら、アタシがぶつかったのは誰かの死体なのか。
目を向けてみると、そこには男と女の死体が折り重なるように倒れていた。
アタシの団員と、ディンガードの一味だろう男だ。
いや、この一組だけじゃない。周囲一帯に、男と女の身体が足の踏み場も無いかと言うほどに倒れ伏している。
剣戟の音も、怒声も、何もかもが聞こえない。
戦っていたはずのアタシの仲間も、敵の男どもも、誰一人生きてはいなかった。
「あ、ああ」
アタシの仲間が、家族が、みんな死んでいる。
アルルゥは死んだ。エヌカもカーラも、他の団員も、みんなみんな死んでしまった。
こんな筈はない。さっきまではみんな生きていて、敵だって弱かったのに、何で!
「何で、どうして……」
「言っただろぉ? 全員殺したってよぉ」
ディンガードが歩いてきて、事もなげにそう言った。
「復讐だーって息巻いててなぁ。元はただの戦争難民が、剣を持ってそんな事言ってるんだぜ! 笑っちまうだろ!? クックックッ……アァーッハッハッハッ!!」
「こ、の……く、クズがぁ……!」
笑いながら死体を足蹴にするディンガードを、アタシはそう罵るしかなかった。
力で及ばず、抵抗も出来ない。
この男はアタシ達の事情を全部知っていて、きっと殺すためにここへやってきたのだ。
「クズね、言うじゃねぇか。だがよぉ、お前だって大概クズだろ?」
「ンだとぉ、この野郎!」
だが無駄だと分かっていても、アタシは再度ディンガードに対して斬りかかった。
許してはおけなかったのだ。家族が殺されて、馬鹿にされて、怒らないアタシじゃない。
殺されたみんなのためにも、アタシはコイツを殺さなければならない。
「おっとぉ。ほらなぁ? 随分と殺し慣れてるじゃねぇか、お嬢さんがよぉ」
けどそんなアタシの怒りを受けても、ディンガードはニヤニヤと笑うことを止めない。
「そんなんなるまで、いったい何人殺したんだよ、えぇ?」
そして嘲るように、アタシが聞きたくもないことを、この男は語り始めたのだ。
わっるい奴書いたろ! と思ったら妙に強くて悪いやつになっちゃったディンガード。
元はただの賊の親分くらいに考えてたんだけど……アレェ?




