019-何よりも怒りを込めて
俺が立ち上がるのと同時に、砦虫が突進してきた。
俺を挟んで向こう側にいる、女と子供二人を狙うつもりだろう。
3人セットだ。ヤツからすれば美味しい獲物に違いない。
正面から見ると、それは何て速度で、何てデカくて、何て恐ろしいんだ。
だがそんなことは今の俺には知ったこっちゃない。
俺は怒っているのだ。どうせ死ぬなら、あの虫畜生をぶっ殺してやらなければ気が済まない。
「『クソがああああああ!!』」
全身に込められるだけ力を込めて、ヤツに向かって俺は真正面からパンチを放った。
すると突然、まるで空気が粘っこくなったかのように感じて、砦虫の動きが遅く感じる。
なんだかよく分からないが、狙いが付けやすくなったので、俺は一番前にあって狙いやすいヤツのドタマを、力尽くで殴りつけてやった。
するとどうだ。ミシリ、と小さな音がして、何かが流れ込んでくる───と同時に大きな鐘を撞いたかのような轟音と共に、俺とヤツが逆方向に吹っ飛んだではないか。
「『グアアアアアアッ!?」
『キィィィイ!?』
踏ん張っていたのにポーンと飛ばされて3人を飛び越え、着地に失敗して地面を転がる。
その途中で何とか体制を起こしながら、さらに俺は地面を数メートルは滑って止まった。
一方で砦虫は転ばなかったが、あいつも吹っ飛ばされると地面を滑っていくのは変わらないらしい。
俺の今のパンチとヤツの突進には、それぐらいの力があったと言うことだ。
「『痛ぇ……けど何だよ、テメェ割れてるじゃねぇか』」
しかし俺は拳が痛むが、奴の頭には大きな亀裂が入っている。
俺も砦虫も殆ど無傷だが、それでもヤツにはすぐには治りそうにない傷ができた。
つまり生物としての耐久度は俺の方が上ということだ。
それに何よりも、あまりに一瞬すぎて分かりづらかったが、あの感覚は───あの極上の味は、魂のエネルギーだ。
「『殴っても、奪えるじゃあねぇかっ……!』」
極々少量ではある。通常の100分の1か1000分の1か。
しかし僅かでも奪えるのなら、それだけの数を殴ればヤツを殺せるということである。
だが当然ではあるが、あれだけの質量と硬さに対抗できるだけの力が、タダで使えるわけもない。
「グッ……は、腹が……」
急激なエネルギーの欠乏を感じる。
砦虫が現れる前に一つの魂を吸い切ったというのに、それがもう半分しか残っていない。
つまりさっきの1発は、魂半分ほどものエネルギーを消耗したということになる。
いや、体を修復した方に使用した可能性もあったが、どちらにせよあれほどの一撃は多用できるものではない。
それだけのエネルギーを込めた自覚が俺にはあった。
であるのなら、この戦いは長引かせるわけにはいかない。
「『クソッ』、ジャール!」
「な、何!?」
「『退いてろ!』」
ジャールとその母親とミラは、先程の一撃を見て呆けていた。
だから俺は呆けていた3人に対して手のひらを横向きに払うジェスチャーをして、脚力を強化してダッシュし、その頭の上を飛び越える。
彼らがいては邪魔になりかねない。
『キイイィィィィ!』
「『何っ!』」
だが俺の予想に反して、砦虫は痛みに悶え、数歩退いた。
怯えている。逃げる気なのだ。
あれだけ暴虐に振る舞っておきながら、ほんの少しの怪我でヤツはビビったのだ。
「『っのチキン野郎がぁ!』」
『キイイィィィ!』
逃がさない。逃がせる訳がない。
しかし俺と砦虫は弾き飛ばされた関係で距離が開いていて、俺が近づくよりも奴が飛び退る方が早いだろう。
だがこの時、ヤツの視線は俺だけに釘付けだったらしい。
両の横合いから飛び込んでくる人影に、ヤツは一瞬だけ対処が遅れた。
ヤグとダイエンだ。
「ふぅん!!」
「おらぁ!!」
彼らは飛び込むと同時に剣を振り下ろし、砦虫の6本ある足のうち、一番後ろの一対を半ばの関節から切り落とした。
二人は蹴り飛ばされていただけで、死んだわけではない。
そして甲殻に剣が通らなかっただけで、威力が劣っているわけではないのだ。
だから砦虫が見せた小さな隙は、ヤツにとって致命傷であった。
「『もらったあああああ!!』」
足が2本も欠ければ、あの図体で素早い跳躍は最早できないだろう。
俺はジャンプして腕を重点的に全身を強化し、全体重を乗せたパンチを砦虫の頭目掛けて放った。
ぬるりと、やはり時間が遅くなる。これは頭に力を回したことによる思考加速なのかもしれない。
そしてこれが入れば、おそらくヤツの頭の甲殻は砕ける。そうなれば後は腕を突き刺して、ヤツの魂を吸ってやればいい。
そう考えていた俺は、ヤツの生き意地の汚さを甘く見てしまっていたらしい。
『キイイィィィィ!』
砦虫は俺が拳を叩きつけるタイミングに合わせ、残った4本の足で頭を思い切りカチ上げたのである。
「『うっ!? グアァ!!』」
空中にいたのが良くなかった。
踏ん張ることもできずに、俺は真上に飛ばされてしまったのだ。
グルグルと回転するように弾き飛ばされていて、思考の加速がなければ上下も分からなくなっていただろう。
思った通りに砦虫の頭を砕くことはできたが、このままではヤツを仕留めることができない。
そしてゆっくりと回る俺の視界が、ヤツの背中が開いていくのを捉えている。
俺が空中にいる間に、砦虫は残った足と翅で逃げるつもりなのだ。
「『チィィィッ!』」
もっともそれが可能であるのは、相手が俺だけであった場合だろう。
「逃がさん!」
「逃がすか!」
『キイイィィ!』
二人の男によって、腹の甲殻が開いた瞬間に、背後から翅が切り落とされる。
そして流れるように、中央の足一対もヤグとダイエンは切り落としていく。
これでもう本当に、ヤツは逃げる手段すら失ったのだ。
だから後は、俺の怒りを込めてあの虫畜生をぶっ殺すだけである。
「『くたばれぇぇ───』」
飛ばされたのが真上で良かった。
思考が加速できて良かった。
空腹で正気を失う前に、1発分のエネルギーを集められて良かった。
おかげさまで、あのクソ野郎を殴り殺すことができます。
これぞ、天運。神様ありがとう!
「『───虫ケラああああああぁぁぁぁぁぁ!!!』」
落ちていく中で、全身全霊のエネルギーを身体中に満たして。
俺は虫畜生の甲殻に、全力の拳を振り下ろした。
主人公は特殊な環境に置かれて倫理観のタガが外れかかっている気がする。
まぁ何十日も生物を殺して回ってたら、ちょっとくらいはそうなるかな……。
FPSをやっていると口が悪くなる現象?