016-俺の食べ物
<Side 主人公>
あのでかい虫の魂のエネルギーは、まさに生物のそれであった。
満腹にはほど遠いものの、一匹で飢餓感を感じない程度には回復している。
まぁ人間であればあの大きさを腹に収めれば普通は腹一杯になるだろうから、効率がいいのか悪いのかはまるで分からないが。
「つまり、どういうことだ?」
しかしてエネルギーを吸った後、俺はヤグに説明を求められていた。
何故あんな行動を取ったのかをだ。
ヤグの家を出た後、俺は考えた。村に無数の魂を感じるのは、そこに人がたくさんいるからであると。
じゃあ森に魂を感じるのは?
当然、そこに生き物がいるからだ。
つまり森には人間じゃない魂のエネルギーを吸える生き物がいるのだから、鋭くなった感覚を頼りに見つけて吸えばいいのである。
言葉にすれば単純であり、俺にとってはただの食事だ。
しかし客観的に見ればそれは、突然虫に指を刺して木に張り付いたという奇行でしかない。
そういえば必死だったせいか、無意識に木に張り付いていたのだが、どうやら力を使うとそんなことも可能であるらしいのは新発見だった。
肌を半液状化して隙間なくくっつくことで、ピッタリと吸い付くことができるらしい。
まぁ、だからどうしたという話ではあるのだが。
今はそんなことより、彼に奇行の説明をしなければならない……ならないのだが。
俺はまず、自分の腹を指さした。
「コレジャナイ」
「服ではない?」
「チガウ」
このように、俺は語彙力がないために自分の言いたいことを全く伝えられないので、腹が減ったと伝えることすら難しいのだ。
またこの時、俺には自分の言葉が翻訳されずに聞こえてしまう。
つまり間違ったことを言っていても、俺はそれを自覚することができないのである。
「岩虫と服? 何の関係が……」
「コレ」
「腹?」
服をめくって腹を指差せば、さすがに何を刺しているのかは通じる。
しかしこのヤグという男はどうも寡黙、というか口下手であるので、村長のように自分から質問をしてくれないのである。
だからとにかく俺が説明しなければならないのだが、それが難しいことは前述の通りだ。
「岩虫の腹が欲しかったのか」
「チガウ」
そしてヤグ自身もそれは自覚しているだろう。
彼は眉間に深い皺を刻んで、腕組みをして唸り声を上げている。
「コレ」
「腹か」
「ハラガナイ」
「だから岩虫を狩ったのでは……」
「チガウ」
ヤグはこの岩虫という名前らしい虫を殺したことを重要視しすぎて視野狭窄に陥っているような気がする。
俺に取って獲物は何でもよかったのだ。
だが彼はそう考えないようで、岩虫だから殺したのだと考えているらしい。
まぁ俺は彼から出された食べ物を普通に食べていたので、食事と結びつかないのは致し方ないことなのではあるが。
「コウ!」
仕方なしに、俺は持って来ていた岩虫の死骸を両手で掴み、口を大きく開けて食べるジェスチャーを開始した。
「齧る?」
「チガウ」
「では、食べる、か?」
「タベル!」
ヤグの思考ロックも問題ではあるが、会話が伝わらないのは、やはり俺の語彙力不足によるところが大きい。
であるならば、ヤグの言葉から必要な言葉を拝借すれば良いのだ。
そうすれば細かくは無理でも、最低限なら何を言いたいのかを伝えられるだろう。
そして動詞が分かったなら、それを口にしながら動作をして見せれば良い。
「タベル」
俺はそう口にしながら、指を2本立ててシュッと岩虫に突き刺すジェスチャーをした。
「岩虫を食べるために殺したのか」
「ソウ、タベル」 シュッ
「そうか……食わないのか?」
「タベル」 シュッ
「むう……?」
本当は「食べた」と言えればいいのだが、過去形が分からないのでどうしようもない。
助けて子供たち!
俺はそう祈りながら、「タベル」を繰り返した。
「ぬぅ……もしや、突き刺すことが食べることなのか?」
するとその祈りが通じたのだろうか、ヤグは何度目かのシュッに対してようやく理解してくれたのだ!
「ソウ!」
「そうか! 食べたのか!」
「タベタ!」
ついでに過去形をゲットして、俺はめでたく理解者を得た。
ああ、脳汁出る感覚がする。
意思疎通系のゲームの楽しさとは、この瞬間の快感にあるのだなぁ。
「つまり……指で岩虫の中身を食ったのか?」
微妙に違う! ……けどもう、それでいいや。
◇◇◇◇◇◇
「腹が減っていたのか」
「ハイ」
「食事は出していたはずだが……足りなかったのか?」
「チガウ」
ヤグからすれば意味の分からない話だろう。
俺にとって口からの食事は栄養にならない、つまり食べても食べたことにならないのだ。
しかしこの理屈を理解するためには、俺と彼の身体の栄養補給の仕組みが異なるという事実を知らなければならない。
まして俺の食事は物理的なものではなく、魂のエネルギーという見えも触れもしないものである。
死んだ生物の遺骸からは摂取できないもので、存在を知らなければ理解すら及ばないだろう。
いやほんと、俺の身体は何故そんなもので動けるのか、俺にとっても意味不明なのだ。
「タベタガナイ」
「食べていなかった?」
「ハイ」
「いや、食べていたはずだが……」
ヤグはそう言って頭を悩ませていたが、やがて一つ頷いて何かを決めたように俺を見た。
「とにかく、事情は理解したが、殺気を向けたのは問題だ」
「?」
殺気とは何であろうか?
バトルものの漫画などでよく出てくる表現で、翻訳されていると言う事は俺の知っているそれであろう。
具体的に言葉にするのなら、敵意とか殺意とかであろうか?
俺には武術の心得がないので分からないが、ヤグが当たり前のように話していると言うことは、この星にはそういう存在があると言うことなのだろう。
しかし問題は、俺はそんなものを向けた覚えがないと言う事である。
「村長に判断を仰ぐ。ついてこい」
だがそんな俺の戸惑いに反応することもなく、ヤグは村の法へと歩いて行こ───うとして、遠くから聞こえてきた轟音に足を止めた。
思考ロックはマインドスポーツの嗜み。
一度ハマると抜け出せない!
如何にコレが外せるかが頭の良さの一つだと思ってます。