表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステゴロソウルイーターの冒険譚  作者: 鳥野啓次
第一章 ある男の転生
15/120

015-飢餓

 ヤグが帰ってきた後、俺は特に何も聞かれることもなく、彼の仕事を手伝った。

 昼食もちゃんと持ってきてくれて、芋で作った団子のような固形食だ。

 それもまた淡白だったので言うこともなく、仕事も手伝った後は家に戻ってスープを飲んだだけなので、これと言って1日目と変わったこともない。


 そしてその後の2日間も、俺はほとんど同じような内容の日々を過ごしたが、退屈ではなかった。

 仕事で忙しいというのもあったが、子供達は許可でもとったのか、普通に会いにきて、長めの休憩時間に言葉を教えてくれる。

 そのおかげで俺は挨拶と断定と疑問くらいなら話せるようになり、多少のコミュニケーションなら取れるようにもなったのだ。


 まぁ、知らない単語はどうしようもないし、覚えきれなかった部分も当然あるのだが、そこは適当な木の板をもらってガリガリと刻み込んだので、後からじっくり覚えていけば良い。

 俺にとってここまでの3日間は、1日目以外は平穏で身になるものであった。


 だがそんな平穏とは別に、少しずつマズい状況は忍び寄っていたのだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 四日目の朝。

 俺は少々、深刻な状況に置かれていた。


「『くそ、ヤバい、腹が減って……』」


 満たされない。満たされない。満たされない。


 出される料理は食べていた。

 食べた直後は腹も膨れていて、確かに満足感を感じていたはずだ。

 だが二日目の朝以降、この飢餓感は増すばかり。


 やはり食べることは俺の身にはなっていなかったのだ。

 それどころか、舌を変化させることに力を使っている。

 下手をすれば食べたものを分解することにも力を使っているかもしれない。


 何故なら俺はこの身体になってから、一度たりともトイレに行っていないのだから。

 力は使えば補充しなければならない。


「……!」


 視界にちらりと映った蟻のような小さな虫を、瞬時に指を鋭くして刺した。

 だが何故だか魂のエネルギーは吸えない。


「『ダメか……っ』」


 まぁそれが可能であるのなら、小さな小さな微生物からでも魂のエネルギーを吸えるだろう。

 あの魂の世界では確かに虫からエネルギーを吸ったはずだが、今の俺にそれが不可能であるらしい。


「どうした?」


 ヤグが声をかけてくる。

 彼の魂を感じる。

 感覚が鋭敏になっているのか。


 彼のものだけではない。村の方角にも、森の中にも無数の魂の気配を感じる。


「ナイ、ナニモ」

「……そうか。朝食だ、食え」

「イラナイ……」


 いつも通りに彼が差し出してくる朝食を、今日は断った。

 とても食べられるような余裕がない。

 あれを食えば食事の満足感は得られるが、俺の飢餓感はより一層増すのだろう。


 そうなれば、俺はまた正気を無くして彷徨うことになってしまう。

 獲物がいる。吸っても良い獲物が。

 俺には、害しても誰にも迷惑をかけない生物が必要なのだ。



 ◇◇◇◇◇◇


<Side ヤグ>


 俺が監視している魔物男の様子が、今日は何か不審だった。

 切羽詰まっているようのキョロキョロと周囲を見回し、時には見つけた小さな虫を殺したりしている。

 昨日まではこのような状況ではなかったが……いや、少しずつ挙動不審にはなっていたような気はしていた。


 だがここまで妙な様子に激変するというのは、明らかにおかしい。

 飯も食わないなどということは今までにはなかったことだ。

 やはり何かを企んでいて、実行に移す気にでもなったのか?


 だがそのような素振りは今までには全くなかったことだが……。


「行くぞ、仕事だ」


 俺は念の為に剣を片手に持ち、いつも通りに男を仕事場へと連れ出した。

 この様子では、今日は子供たちを通さない方がいいだろう。

 男を背後に従えつつ、いつ飛び掛かってきても振り向きざまに切り捨てられるように、剣を軽く持ち上げておく。


 動くのならば今だろう。

 そう考えた直後に、背後に感じていた気配が劇的に変化した。

 これは───殺気だ。


「ぬ!?」


 瞬時に腰を落としながら左足を引き、瞬時に体勢を前後逆に入れ替える。

 剣は外側に寝かせて両手で持ち、男を視界にとらえた瞬間に振り向く勢いのまま、カウンターで逆胴に薙ぐ───。


 そう考えたものの、現実には男は全く予想だにしない行動をとった。


「むっ……何?」


 高く聳える森の木々の一本に向けて、一気に高く飛び上がったのである。

 そして人の背丈の何倍もの高さにある位置に鋭くその拳を叩き込むと、そのまま吸い付くように木の幹に張り付いたではないか。

 見れば、男は何か黒いものを殴っているように見える。


「あれは、岩虫?」


 岩虫とは、拳よりも二回りほども大きい巨大な虫だ。

 大岩虫と呼ばれる中型の獣ほどにもなる巨大な虫の幼体で、非常に硬い甲殻を持つ厄介な虫であるが、成長したとしても人間の害になることのないような温厚な虫でもある。

 そんな虫を、この魔物男は何故か殴りつけたのだ。


 否、殴ったのではない。

 よく見れば、どうやったのか指2本を、あの硬い虫に対して突き刺しているではないか。

 殺していることには変わりない話ではあるが、つまりあの男が挙動不審だったのはあの岩虫のせいだったのか?


「何故岩虫を……」


 全くもって意味不明だ。

 だが何にせよ、あのような殺気を感じた以上は事情を聞かなければならないが、男とのコミュニケーションには未だ難がある。

 俺はそのことを考えると、無性に村長に丸投げしたくなったのだった。

生きてる獲物じゃないと満足できない系主人公

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 仮初の平穏に忍び寄っているのは、飢えという原始の欲求。主人公の焦りと不運、焦燥が感じられてドキドキします [気になる点] まだしっかり分別を持っている状況の主人公。しかしその分別ある行動を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ