013-子供教室(逆)
「『なんだ、ヤグのおっちゃんいないのか』」
「『バレたら怒られるもんね』」
ヤグがいないことを知ると、子供達は明らかに安堵したように胸を撫で下ろした。
先程の会話から察するに、彼らは俺に用があってここへ来たらしい。
魔物がいると分かっていて来たと知られれば、そりゃあ怒られるだろう。
と、女の子の視線が、俺の首から下に向けられていることに気がついた。
「『今日は服着てるんだね』」
「『素っ裸だったもんな』」
女の子が俺を指差してそう言うと、男の子もそれに続く。
一瞬何のことかと思ったが、確かに二人との初対面の時は、腰布どころか全裸だった。
二人からすれば、少々不思議に思うだろう。
「服ねぇ……」
慣れてしまっていただけで、好きで全裸だったわけではないのだが、と自分の服を摘んでため息をこぼす。
「『フクネェじゃなくて、服だよ?』」
すると、俺の仕草を見た女の子が、不思議そうにそんな事を言った。
「カリュース?」
「『うん、服』」
「『服も知らねーの?』」
「カリュース……そうだ!」
彼女は単純に、自分の知識と俺の言葉が間違っていたから指摘しただけだろう。
しかし俺はその言葉を聞いて閃いた。
こうやってものの名前を聞いていけば、その内言葉を覚えられるのではないか、と。
もっと言えば、文法を聞ければゆくゆくは会話も夢では無いのでは無いか、と!
何故もっと早く閃かなかったのかと思わざるを得ないが、閃きとはそういうものだろう。
それに早く閃いたとしても教わるとしたらヤグになる訳で、彼は俺の監視もしているだろうから、頼むとなると気が引けてしまう。
その点この子供達であれば、何の気兼ねもなく聞けるというものだ。
「じゃあ……ええと、これは!?」
俺はその辺にあった石を適当に拾い上げて、二人が見えるように指差した。
それに対して二人は一度顔を見合わせてから、しっかりと答えてくれる。
「「『石?』」」
「コル! じゃあこれは?」
───そんなことを何度か繰り返せば、二人はすぐに意図を理解したのか、自発的に教えてくれるようになった。
彼らにとっては遊びの一環のようなものなのかも知れないが、俺にとっては何であれありがたい話だ。
◇◇◇◇◇◇
<side ヤグ>
食事をとってくると言ってから、俺は村長の家に報告に来ていた。
あの魔物……のような男を一人にしてしまうが、昨日今日の行動を見る限りは暴れるようなことはあるまい。
一応村には狩人のダイエンがいるので、暴れたとしても滅多なことは起こるまいが。
「それで、どうだった」
「おそらく人間かと……しかし」
「確証がないと?」
「は。名が無い、と」
村長はあの男が人間であると確信しているらしい。
実のところ、俺も9割方はそう思っている。
少なくとも明らかに文明を持った人物であり、人間の文化をある程度承知していることは間違いがないだろう。
だが人であれば名がある筈。
少なくともあのレベルの文化を持った人間であれば、無いということは考えにくい。
「ほう?」
「名を聞いたとき、困惑していましたが、無い、と」
「ふぅむ、まるで忘れてしまったようだと言いたいのか」
「は」
自分の名はそうそう忘れられるものでは無いが、それを忘れてしまったという矛盾。
そして何よりももう一つ、決定的なそれが、俺に判断を迷わせている。
「それに……有り得るのですか? 完全に別言語の人間など」
「歴史的には有り得んな」
神話によれば、人類の文明圏は一度、魔物の隆盛によって1箇所に押し込められている。
それによって言語や文化は統一され、完全に混じり合った。
その後に神がもたらしたとされる魔法文明によって、今現在の人間の繁栄があるのだ。
であれば、それに当てはまらない人間とは何であるのか?
「お前がそうであるように、人間から派生した種はいる。しかし派生した言語は存在せん。それは通信魔法があるからだ」
「は」
「だが現実に、あの男は別の言語を操っている。魔導教会の連中が知ったらさぞ驚くだろうな」
「……は」
「面白いとは思わんか?」
「……」
この村長は尊敬すべき人物ではあるが、こういうところがあるのだ。
珍しいものを好み、収集する趣味がある。
しかし教会が知ればどうなるかというのは危険な問題だ。
神によって救われた人類は同じ言語を話している。つまりこの言語を話すものは神の信徒であるのだ。
では救われていないのに存在している人型の、それも魔物とは?
過激な連中であれば、即刻処刑に走りそうな存在では無いだろうか。
「とは言え、ワシの趣味で村を潰すわけにもいかんし、あれが危険で無いと決まった訳でも無い。何かあれば斬れ」
「は!」
非情ではあるが、それが村長として彼がすべき判断ということだろう。
俺としても否やはない。
「まぁ、なるべくなら生かしてやりたいとは思うがな……」
だが村長は最後に腕を組んで虚空を見上げると、そんなことをポツリと言った。
彼は時に非常であるが、心根には常に情がある。
だから俺は彼を尊敬しているのだ。
◇◇◇◇◇◇
その後、村長の家から帰った俺は、信じられないものを目にした。
「これ は 木 です?」
「そう!」
「こっちは?」
「それ は 棒 です!」
二人の子供、ジャールとミラが、あの魔物男に言葉を教えていたのだ。
ダイエンは何をやっていたのか!!
1%の閃きが、いつも最も難しい。
それはさておき、頭のいいキャラと寡黙な真面目キャラを同時に出すと会話の内容に苦しむ事になりますね!
村長好きなんだけど、出すと難しい会話をしなきゃいけなくなるのが辛いわぁ。
でも出しちゃう。