110-逃亡道中
バルダメリアさんを背負ってハルマトンの町から逃げ出してから、丸1日が経った頃。
俺はここまでの道中でジリジリと弱く『力』を使いながら、昼も夜もなくほとんど無休で歩き続けている。
そのためもうかなりの距離を稼いだ筈だが、それでも追っ手がかかっていればいずれ追いつかれるかも知れない。
だから俺は足を止める訳にはいかないのだが、それも少し難しくなりつつある。
というのも、俺はここまでの間に魂のエネルギーをもう2つ分ほども消費してしまっている。
3日に1つというスローペースだったはずが、少しずつでも使い続ければ消費量は跳ね上がるのだ。
なので後1日も歩き続ければ、自ずと俺の足は止まってしまう。
その前に獲物を見つけなければいけないのだが、俺にはそれをどうすれば良いのかが分からなかった。
しかし───
「『何だ?』」
突然、周辺の草むらから複数の音が聞こえて、俺は足を止める。
俺が歩いている道の周囲は高い草が生えており、そこに複数の何かがいるのだ。
夜間でも襲ってくるのかと俺は身構えたが、草むらを掻き分けて現れたのはもっと酷いものだった。
「止まりな! ……っておい、何だこいつ?」
「やっぱり女だ! しかも貴族様だぜ」
「元だろ。けど、すげぇいい女だ……」
俺の声を聞いて、草むらをかき分けて5人ほどの剣を持った男たちが現れ、即座に俺を取り囲んだ。
鼻をつく臭い。下卑た言葉。そして喉を鳴らし、舌なめずりをする獲物を見るような目。
その振る舞いから、俺はすぐにこの男たちの正体に気がついた。
この男たちは賊だ。
1人で道を歩く俺を見つけて、カモだと思って襲ってきたのだろう。
そう言えばアールと旅をしていた時、この様な連中がいると言っていた。
「おう兄ちゃん。殺されたくなかったら、その女と荷物を置いていきな」
「『……』」
「そんなナリでどこへ行くのかは知らねぇが、武器も持ってない上にこの人数差。逆らったらどうなるか分かるだろ?」
「ボス、女は俺にも回してくれよ!」
「うるせぇな、分かってるから黙ってろって。女も物資も分けてやるから……」
彼らの会話を聞いて、俺の頭がカッと熱くなる。
女、女と口にするその対象は、俺が背負っているバルダメリアさんだ。
未だ目を覚まさない彼女は俺が守らなければならないというのに、コイツらは彼女に手を出すというのか?
ならばコイツらはアルルゥを殺したあのクズと同じだ。
相手があの様なクズであるのなら、躊躇いなど覚えている場合ではない。
戦わなければ全てが奪われてしまう。
しかし、バルダメリアさんを背負っている状態でまともに戦うのは難しい。
だから俺はまず、片手を背後に回して彼女の背を押さえて、後ろの方向へと高く、大きく飛び退った。
「んなっ!?」
「てめぇ!」
そうやって連中の包囲から容易く抜け出すと、俺はおんぶしていたバルダメリアさんを急いで地面に下ろす。
彼女を背負ってさえいなければ、俺は十全に戦うことができる。
戦わずに逃げることも可能ではあったが、それでいずれ魂のエネルギーが枯渇してしまうし、そうなったら最初に犠牲になるのはバルダメリアさんだ。
だから俺はコイツらと戦って、その魂のエネルギーを奪わなければならない。
「逃げんじゃねぇ!」
「こ、コイツやべぇよ、逃げよう!」
「馬鹿野郎、逃がさねぇんだよ。逃げてどうすんだ!」
「ぶっ殺せ!」
俺の身体能力を見てか、1人だけ怯んだ様に退いた。
それは多少なりとも賢明な判断だったかもしれないが、他の連中はお構いなしに襲ってくる様だ。
武器を振り上げて、開いた距離を駆け寄ってくるのが見える。
ならばと、俺は即座に手を刃の様に変形させて、出来る限り思考を加速させた。
すると連中の動きはあまりにも遅くなりすぎて、俺の目には止まっているかの様に見えてしまう。
「『殺す』」
そうなれば後は簡単だ。
俺が襲い掛かっても連中は碌に反応もできないし、たとえ何らかの防御をしようとしても、俺はそいつの剣を掴んで横に押し除けるほどの余裕すらある。
全力でない省エネであってもこの有様なので、対処はとても簡単だった。
1人、2人、3人、4人とすれ違いざまに首を掻っ切り、1人だけ背を向けていた賊も背後からその背を貫けば終わりだ。
「えぁ?」「かっ!?」「なぁ!?」「うあっ!?」
「助けあがぁあ!?」
「『……』」
賊の首から鮮血が勢いよく吹き出し、連中自身の身体と地面を真っ赤に染める。
そして最後の男以外は喉を抑えてその場に倒れ伏して、あっという間に動かなくなった。
俺はその様子を見ながら最後の男から魂のエネルギーを勢いよく吸い上げ、他の賊のところへと引きずっていく。
この連中から魂のエネルギーを吸い上げれば、少なくとも2日は問題なくなるだろう。
この賊どもの中には即死の人間もいるかもしれないが、俺のドレインはたとえ死んでいても、死んで間もなければ魂のエネルギーは奪うことが出来る。
少なくともゴリラの様な魔物はそうであった。
それが何故かは知らないが、普通に考えれば魂が肉体から離れるのにはある程度のタイムラグがあるといったところだろう。
そもそも死とは肉体の状態が生命活動と呼ばれる反応をやめたというだけの状態変化に過ぎない筈だ。
だから肉体が変質するまでは魂はそこにある筈で……しかしそう考えると、魂と肉体を結びつけているのは一体何であるのだろうか?
ふとそんな疑問が頭に浮かんできたが、俺はその疑問を一旦置いておくことにした。
まずはコイツらから奪えるものは奪わなければならないし、バルダメリアさんもそのままにはしておけない。
俺は倒れた男たちの首を掴んで1人残らず魂のエネルギーを吸い上げてしまう。
そしてそれが終わって男たちの死体を解放したところで、俺は致命的な失敗に気がついた。
「『……あっ、他には居ない……のか?』」
もしもこの連中にまだ仲間がいたら、意識のないバルダメリアさんは害されていたかもしれない。
殺すことばかりを考えて、俺はそんなことにも気が付かなかった。
慌てて周囲を見渡してみたが、風が草木を揺らす音ばかりで、他の雑音は全くしない。
どうやらこの賊は5人だけの集団だった様だ。
もしくは他にもいたが、すでに逃げ去ってしまったのか。
どちらにせよ、この場でこれ以上の揉め事はないらしい。
俺はひどく安堵すると、大きくため息をついた。
「『はぁ……これじゃ駄目だ。もっと安全を考えないと』」
彼女を守るためには、こんなことを繰り返してはいけない。
「『もっと安全に……もっと効率よく、殺さないと……』」
今の俺にとっては、それが最も重要なことであるのだから。
だんだん闘いに慣れてきているデルミスくん。
冷静に考えると、殺した獲物をエネルギーにして別の獲物に襲いかかるとかいう、雑魚狩りだけなら永遠に続けられるヤバい魔物ですね。