107-白の300番
「白の300番?」
とは一体なんだろうか?
いや、文脈からして神官のことであるのは分かる。
しかし自信作とは何であるのかが分からない。
道具の売り込みのように表現するその言葉はまるで、神官という存在が彼女によって作られたかのようではないか?
「ええ、もしかして興味がおありかしら! 白の300番は凄いんですのよ。人体の比較的無駄な機能を排除して、骨と筋肉と内臓の全てに強化と魔法の通りやすい神経を用意してあるのです」
「は……?」
私がオウム返しでその単語を聞き返すと、シャルアナージュ様は嬉々として説明してくださった。
「これによって神官の魔法の適性や継戦能力は飛躍的に向上。更に生殖能力も失わず、素質を継承して次代にも安定した性能を確保することに成功しているのですわ!」
「それでも量産性は改善しなかったけどな」
「むぅ……それは脳まで転化してしまうと何故か死んでしまうのですから仕方ないではありませんか。素体にある程度の魔法適性が必要とされる以上、どうしようもないことですわ」
シャルアナージュ様にとってそれは自慢話であり、カーディアナ様にとっては当たり前の話なのだろう。
しかし私はゾッとしていた。
何故ならお二人の話す内容は、神官という存在を、人間をいかに改造したかという話だったからだ。
私はその意味を理解した時、自然と倒れ伏している娘に視線をやっていた。
白い髪、虹色の目。
一般に神官と呼ばれる人間がシャルアナージュ様の仰る『白の300番』であるのなら、娘もそれだと言うことになる。
いや、それは娘や部下達だけではない。きっと私もそうであるのだ。
自覚などないままに体に得体の知れない処置をされて、番号で呼ばれる様な存在にされてしまっている。
「な、にを、言って……」
私たちは人間であったはずだ。
アーリスマディオや上位の神官の様な化け物とは違って、普通に歳をとって、普通に人間として生きてきた。
娘だっていずれ成長して、大人になって、老いていく筈。
そうではないのか?
「いや、それは、おかしい」
「ん?」「あら?」
しかし、私は疑問と戸惑いの中から、シャルアナージュ様の仰る内容に明確な矛盾があることに気が付いていた。
「し、神官は、大聖堂での儀式で、神が我々を昇格させて下さる筈では……」
そうだ。神官が白髪と虹の目を持つのは、大聖堂で特定の儀式を行った結果である。
それによって神が神官という形に肉体を引き上げて下さるのだ。
まさに神の恩寵。そんなことは人の手では不可能な筈だろう。
「そうですわよ? ですからわたくしが設計、改良したものを神が実行して下さるのです。第1階位の中ではわたくしが最も得意ですからね」
「肉弄りはナージュの趣味だからなぁ」
「仕事と言って下さる? 実益があるのですから、何も問題ないでしょう」
「ワタシ達は仕事が何千年も続くような質じゃないだろう」
「それはまぁ、そうですけれど。何だか釈然としませんわね」
けれど、私の儚い希望はお二人の言葉によって簡単に打ち砕かれてしまった。
第1階位の神官には、あの神の御業が可能なのだ。
私が神の恩寵と考えていたものは彼女らの作ったものであり、それどころか魔導教会すら彼女らが作ったという。
では神とは何だ?
私たち神官が仕えている神とは、人の上位にある存在の筈。
しかしこれでは、人間が作ったものを実行しているだけではないか。
だがそれでも、シャルアナージュ様は神を敬っておられる様子であり、だからこそ私には解せない。
「と、そろそろいいか」
カーディアナ様がそう呟くと、弄ばれていたアーリスマディオがこちらの方へと飛んできた。
全身が血まみれで、奴の美貌とでも評すべき顔面も腫れ上がっていてボコボコにされている。
100叩きにあった死刑囚の様な有様で、最早生きているかどうかすら定かではない有様であったが、それでも奴はか細く息をしていた。
「ヒュー、ヒュー」
「おおよしよし、よく耐えた。成長したなぁアルマは。どれ、褒美に治してやるぞ」
「ヒュー……こほっ、ごほっ……あ、ありがとうございます」
カーディアナ様がそんなアーリスマディオに対して嬉しそうに声をかけると、逆回しのように奴の姿が元に戻ってゆく。
アーリスマディオはそれに対して慣れた様に礼を口にしていることから、きっと慣れているのだろう。
そのことに対して私は多少の憐憫を覚えたが、しかしそれよりも、私にとってはその治癒の方が衝撃的な光景であった。
あの様に死の淵にあってすら、いとも容易く治癒するという事実。
魔法でそれを行っているのだとしたら、やはり第1階位にある神官は人の肉体を知り尽くしているのだ。
「うむ、今後は自制を忘れぬ様に」
「は、はい。しかし師匠、何故ここへいらしたのですか? 確か数十年は別大陸に行くとか……」
「そんなもの、お前がキレたからに決まってるだろう。たとえどこに居ようと、弟子1人の様子を見守るくらいならワタシには造作もないことだ」
「左様ですか……」
「うむ!」
どれだけ距離が開いていようと、どれだけ精密なことだろうと、お二人の魔法に不可能はないのかも知れない。
であれば、もう私や娘が神官というものに変えられてしまったというのも本当であるのだろう。
この場にいる神官も、世界中にいる神官も例外はない。
それは悍ましく、受け入れ難い事実であったが、受け入れる以外にはどうしようもないことだった。
何故なら私が知るずっと前から、魔導教会というのはそういうものだったのだから。
この世界は最初から人ではない何かによって支配される世界だったのだ。
やだー! ほのぼのとした話を書きたいー!
主人公をヒロイックに活躍させたいー!
次章はそういう話になる予定だけど、今回はこの話始めちゃったからなぁ。
もっと先に取っておくんだった……。