099-地下に響く
いや待て、殺す? 駄目だ。何を考えている。
いくら一方的な暴力と言っても、この神官は俺と言う個人を憎んでいる訳ではない。
邪悪でもなく、ただ悲しい目に遭って、それを俺にぶつけているだけなのだ。
「くそっ、このぉ……!」
「ヤメて、クダサい、ヤメて……」
「それしか言えないのか魔物野郎!」
「『ごふっ』」
けれど、痛い。痛い!
たとえ彼の行動が俺以外への報復なのだとしても、このままでは本当に殺されてしまう。
彼の暴力は俺が許しを乞うと強くなって、最早止まることはない様に思われた。
しかし俺がそう感じたその時、彼は突然背後から羽交締めにされて強引に暴力を振るう事を止められる。
それまで見ているだけだったもう1人の神官が、ようやく彼を止めてくれたのだ。
「もう止めろ! 本当に死んでしまうぞ!」
「魔物なんて死んで当然だろ!」
「だから、殺すなと言われてるだろう! ドートシール様になんと言い訳するつもりだ!」
「……くそっ! 何でそんな命令が出てるんだ、おかしいだろう!?」
そうして2人の神官が口論を始めた、その時だった。
地下であるのに何処から到来した光が視界を一瞬赤く染めると共に、ひどく耳障りな金属を擦り合わせた様な音が鳴り響く。
何が起きたのか俺には分からなかったが、2人の神官はその意味が分かった様で、口論をやめて動きを止めていた。
「おい、これは……」
「あ、ああ。緊急殲滅命令だ。しかし、これが発令されるなんて……」
「まさか、ドートシール様に何かあったのか!?」
「分からんが、行くぞ! 急げ! 牢は閉めておけよ!」
2人の口ぶりから、何か大変なことが起きたらしいことが分かる。
神官たちは牢の扉を閉めるとバタバタと駆け出していった。
急いではいるが、鍵をかけることも忘れずにだ。
どうやら昔のゲームの様に、簡単に逃げ出させてくれることはないらしい。
もっとも、たとえ鍵をかけ忘れたとしても、今の俺に脱走が可能かと言えば、おそらく不可能だろうが。
「『ぐ、ごほ……意識、が……』」
視界が霞んでくる。
防御と再生に『力』を使い過ぎた。
沼の底にでも引き摺り込まれるかの様な、抗いようのない誘惑。
このまま俺は理性のない魔物と化すのだろうか。
自分が失われることに対する恐怖を感じる。
しかし同時に、もう苦しむ必要がないのだということに、俺は不思議な安堵を感じていた。
痛いのも悲しいのも、俺にはもう沢山だったのだ。
「『ふぅ、く……誰か、来る……?』」
だがそれでも体は正直で、飢餓に陥った俺の感覚は魂を追い求め、周囲の魂を貪欲に感知している。
そしてその感覚が、今しがた出ていった神官たちとは別の魂が地下へと降りてくるのを感知している。
その人物は姿を現すやいなや、俺のいる牢へと駆け寄って声を上げた。
「デルミス!」
よく知った声の、長い黒髪と褐色の肌を持った女性。彼女はバルダメリアさんだった。
しかし何故だ。何故彼女がここにいる。
アーリスマディオが彼女を逃したのではないのか?
「デルミス、生きてるか? 死んでないよな!?」
「バル、ダ、メリア、サン……」
「良かった! 今助けてやるからな。ここから逃げるんだ!」
彼女はそう言うと、扉をガチャガチャといじり始めた。
だが駄目だ。今は俺に近づいてはいけない。
俺はもう時期、きっと我を失って彼女に襲いかかってしまう。
普通の魔物の様に、見境のないモンスターになってしまう。
そんなことは俺はしたくない。
「駄、目ダ、逃、ゲ……」
けれどこればかりは俺の自由になるものではなく、いよいよもって、意識は深い闇へと引き摺り込まれていく。
駄目なのに、逃げて欲しいのに、バルダメリアさんは俺に近寄ろうとしている。
それを止める手段が、今の俺には存在していなかった。
◇◇◇◇◇◇
<Side バルダメリア>
アーリスマディオという神官様が騒ぎを起こすのを確認してから、アタシは教会の裏口から中へと入り込んだ。
それなりの規模の町は何処もそうだけれど、ここの教会もかなり大きな建物で、維持するのに何人必要なのかと言うサイズだ。
権力も金も、教会には常に大きな力が集まっていることの証明だろう。
とは言えそんな教会も、今日の騒ぎのせいか神官様はみんな出払っている様子で、ほとんど隠れる必要もないくらいに閑散としている。
それは多少慎重にしているとはいえ、アタシが大急ぎでデルミスを探し回っても見つからないくらいだ。
「何処だ、デルミス……」
しかしそうやって探索ができる状態ですら、デルミスは簡単には見つからない。
1階を大雑把にではあるが確認し終わったあと、もう2階に探しにいくべきかと悩み始めたところで、しかしアタシは階下へと続く階段を発見した。
「ん、これは、地下?」
1階の階下は地下だ。その階段を発見して、アタシはピンと来た。
魔物を捉えておくなら、きっとまともな部屋ではないだろう。
なら地下というのはあり得る話だ。
ただの食糧庫である可能性もあるが、とりあえず確認して損はない立地である。
「ここか……?」
アタシが足音を極力立てない様に階段を降りていくと、まず小さな部屋に辿り着いた。
机が一つと書類の置いてある棚があり、アタシが降りてきた方と反対側に扉が続いている。
当たりだ。ここは奥への出入りを管理するための部屋だろう。
こんな場所にあって出入りを管理する必要がある場所なんて、牢屋くらいしか思いつかない。
つまりデルミスはここにいる可能性が高いということだ。
「ん?」
アタシは確信を元に扉に手をかけようとして、向こう側から漏れ出てくる声に気が付いた。
声が遠くて何を言っているかまでは分からないが、誰かがこの向こう側にいるのは確からしい。
どうしたものか、と考え始めたその時、一瞬だけ視界が真っ赤に染まって、耳障りな金属音が大音量で耳に入り込んできた。
地下まで届く可視光線。
魔法的な視認効果ってことなんですかね。
今週はエアコンぶっ壊れて死んでました。
壊れるなら冬にしてくらさい……。