010-魔法の才能
そして俺はヤグ氏に連れられて、一軒の家に辿り着いた。
村の他の家からは少し離れたところにある、半分森の中にあるような家だ。
それにこの家の周りだけ丸太が多く置いてあり、切り揃えられた板材なども見て取れる。
「木こり小屋?」
「『……』」
彼の仕事とは、木こりなのだろうか?
俺の疑問をよそに、ヤグは無言で小屋へと入っていく。
後について中に入ってみれば、土間や板の間が存在しており、時代劇で見た日本家屋を思い起こさせる間取りをしていた。
その中には斧や巨大なノコギリなどの他に、剣や弓などの様々な道具が揃えられているのが見える。
「おお……」
自分の知らない業種の仕事部屋というのは、見るだけでちょっと感動するのは何故なのだろうか。
知識欲ってやつかな?
などと考えている間に、ヤグは棚に置いてあった植物をいくつか取ると、土間にあるキッチン乏しき場所に並べ始めていた。
「『寛いで待っていろ』」
「イーク。……あ」
そう言うのなら、そうさせてもらおう。
そう思って板の間に近寄ったが、ふと気づく。
「『どうした?』」
「足を拭くものとか、ないかな」
自分の足の裏を指さして、俺はヤグにそう言った。
腰布一丁で裸足であった俺の足は、当然ながらとても汚れている。
このまま板の間に上がれば、土で汚してしまうだろう。
見た限りこの家は食卓もベッドもなく、おそらくこの上で寝ることになるだろうことを考えると、良いことではないに違いない。
え、腰の布で拭けばいいって?
馬鹿野郎これは俺の一張羅だぞ、そんなことが出来るか!
「『む……待っていろ』」
ヤグもそれに気づいたのだろう。
彼は適当な布を手に取ると、大瓶の蓋を開けて柄杓のようなものを差し入れ、そのまま中の液体を掬ってジョボジョボと布にかける。
そして布を雑巾のように絞ると、その濡れ布を俺に投げて寄越した。
「おう」
「『それで拭け』」
水の匂いだ。どうやらあれは水瓶らしい。
「ありがとう」
礼を言うと、ヤグはわずかに片眉を上げた。
言葉が通じなければ、礼を言うこともままならないらしい。
それを少しだけ残念に思いながら、足を拭きながら片足ずつ板の間に上がったのだった。
◇◇◇◇◇◇
俺は板の間に座り込むと、手持ち無沙汰にヤグの背中を見ていた。
彼はサクサクと食材を切り終わり、土鍋っぽい容器に水と切った食材を入れて、かまどの上に置いている。
そして巻を数本かまどに入れると、そこに片手を近づると、突然『ボッ』と火が灯った。
「え……ん!?」
「『どうした?』」
「今、何をしたんだ?」
彼は素手だった。
何も道具を使っていないし、何かを操作した様子もない。
だのにかまどには今、火が燃え広がっている真っ最中である。
まるで魔法だ、というかもしやこれが魔法なのだろうか?
「『何を言っているか分からん』」
「あーええと」
言葉が伝わらないので聞くこともできない。
何と言う不便! これほど言葉の壁が高いと思ったことは───多分あるけど今も恨めしい!
今ばかりは現状からのゆうつを忘れ、俺はジェスチャーで無理やり聞くことを敢行した。
それくらい気になったのだ。興味は行動の原動力であるが故に。
「今」
かまどを指差し、
「手を入れて」
自分の右手を指差してから差し出し、
「ボゥッと火をつけた」
右手を上向に素早く開く。
どうだろうか?
ヤグは訝しげな表情をしているが、我ながら分かりやすかったとは思う。
例えば言葉を知らない子供が現象を聞くのなら、このような聞き方をするかもしれない。
擬音語とジェスチャーは正義である。
俺は何度か右手を開く動作を繰り返し、その度に「ボゥッ、ボゥッ」と言い続けた。
するとその甲斐あってか、訝しげだったヤグの表情が何かの得心を得たかのように緩んだではないか。
「『もしや、火をつけたことを言っているのか』」
「そうだ! イーク!」
「『そうか、ふむ……』」
ヤグはそれからしばし考え込むように腕を組むと、やがてそれを解いて顔を上げた。
「『今のは魔法だ』」
「アルカン!」
やはり魔法だ。
俺の解釈での魔法。それは俺にとっては未知のエネルギーを使用した、何らかの超自然的な現象を発生させるファンタジー技術である。
超能力との違いは厳密には曖昧だが、定義するならエネルギーを操った結果として現象を発生させるのが魔法で、特定の現象を発生させるために自己の中にあるエネルギーを使用するのが超能力、と言ったところだろうか?
少なくとも、現時点での俺の認識ではそのようなものということだが。
「『これはどう見える』」
ヤグが右手を上げると、その人差し指の先に小さな炎が灯った。
前兆もなく、突然にだ。
「『力の移りを感じたか?』」
「いや……あ、アバ」
「『そうか。なら、お前には使えん』」
ヤグはそう言って火を消すと、かまどに向き直って土鍋に蓋をした。
「ええ……」
どう言うことだろうか。普通に考えるのなら、魔法のエネルギーを感じる感覚器官が俺にはないと言うことだ。
そしておそらくそのエネルギーとは、魂のエネルギーとは別物の何かだ。
何故なら魂のエネルギーは今の俺にとって食糧であり、それが目の前に剥き出しで存在したのなら、啜りたくなってしまっただろうから。
「はぁ……」
と言うことは、俺は魔法を使う才覚が、肉体機能として存在しない生物であったと言うことだろう。
何ともはや、がっかりな結論である。ため息も出ようと言うものだ。
「『……使える人間の方が少ない』」
だがややして、ヤグはぽつりとそう言った。
慰めるような言葉だ。
どうも彼は無口で無表情気味であるが、気遣いのできる男であるらしい。
「ありがとう」
「『フッ……』」
礼が伝わったのかはわからないが、俺はちょっとほっこりした気分になった。
才能が、あるとは言っていない!
魔法使えちゃったらパンチ要らなくなっちゃうからね、しょうがないね。