自己満足と卑屈-3
ある秋の晴れた日でした、当時高校2年生龍瀧さんがわたしと話をしたいと機会を設けてきたのは。
彼は出部谷さんと違いわかりやすい格好良さを持つ人であり、多くの女性に囲まれてます。学校では出部谷さんが昔から壁になっていたとのことですが、今はそうでもないと伝え聞いておりました。
「あなたは、十三をどうしたいのですか? いえ、彼とどうなりたいのですか?」
当然の疑問でしょう、親友に長年まとわっている精を回収する年増の女性です。普通の学生ならば受験勉強や部活と大事な時期にこんな女性がいれば邪魔でしかないでしょう。それでもわたしは、未だに出部谷さんのそばにいることをやめられません。
「わたしは、もうすぐ35歳になります。貴方や出部谷さんとは17歳離れてますね」
「ええ、そうですね」
「光栄なことに今はまだ、わたしに彼が魅力的に見てくれる女性としての要素が辛うじて残っているようです。でも10年後はどうでしょうか?」
「それは、僕ではなく、十三の決めることです」
彼は優しい人だ。出部谷さんの親友なだけあってなのか、生来のものなのでしょうか。だから言葉を濁して答えました。恐らく彼の母とあまり変わらない年齢のわたしに気を使ったのでしょうね。
「最近では40を過ぎても男性は子供を作るのが推奨されてます。出部谷さんがその時、わたしはもう還暦ですよね?」
「あ、あの。それは、まぁ……」
少し意地悪をしすぎたかもしれません。気分がささくれ立っているのではなく、単純に疲れからでしょうか。
そう、わたしはどれだけ頑張っても彼とは17歳離れている事実を変えることは出来ません。これはどれだけの幸運に恵まれても覆せない絶対のものです。
人よりは多少若く見える自負はあれど、高校生に見えるわけはないのは存じています。体も昔ほど徹夜もできないですし、お酒を飲めば翌日つらいのですが、飲まないと眠りが浅くなって寝付きも悪いのです。
「龍瀧さん、だからわたしは」
母を思い出す、母は父とだんだんと疎遠になり壊れていきました。しかし父は母を愛していた時期は確かにありました。申し訳無さそうな目を母に向けていた父はそれでもわたしの父であり、一人の男であったのでしょう。
そして今、母は穏やかに第二の人生を過ごしています。父もたまにわたしに連絡をしてきて、社会人らしい話をする程度の間柄です。そう、そんな風に男女として終わってしまっても、まだ続いていく人生と人間関係はあるのです。
「わたしは、彼が望むのならば全てを受け入れて、そしていつか……」
このしばらく後、運良く彼の初めてをもらい受ける幸運に恵まれた頃に、別の気持ちへと変質してしまうまで、強く胸に誓っていたのはそんな決意です。
わたしは自分の若さを愛の不変性を信じられるほど、幼くみずみずしい恋心をもてる人間ではなかったのです。生涯愛されたいなんて烏滸がましいことはいえません。
だから、この社会の多くの人が行っている【代償行為】それが、わたしにとっては置換という形で沈殿していって、思ってしまったのです。
「彼に老いを理由に捨てられる、【最初の女】になりたいのです」
きっと、罪悪感と怒りをもって切り捨ててくれるでしょう、優しい彼ならば。もう愛せないと、毎日のようにわたしを思いそしてその価値をつぶさに見つめて。もうどんなに細かい網目でこしたとしても、何も出なくなるまでわたしの中を拾おうとしてくれるのでしょう。
その果てに若い子の方が良いと、わたしに時間を使えないと。価値を見いだせなくなったその時。諦めか開き直りか同情かでごちゃまぜになった彼の表情を考えるだけで、甘いしびれが走る。
彼にとってかつて価値のあった女であればよいのです。将来その後にも女性を抱く時に、わたしのことをふと思い出して一瞬だけ胸を痛めるのならば、それでもうきっと満足です。同情と憐憫で抱けもしなくなった女をそばに置く、余分を背負った彼は見たくないのです。
彼はきっと今の学校という窮屈な人間関係でしか、自分の価値を図れていないのでしょう。だから自身を過小評価してしまっています。
大学に社会に出てしまえば、自分の中にある核を改めて見定めれば絶対に飛躍する、一廉の人物になる人です。
だからきっと彼はいずれもっといい男になる。外見がどうこうなんて些細なことです、そもそもわたしには格好良いとしか見えませんが。優しくて気配りが出来て、上背もあって。一途で献身的なひとです。
そんな彼の一助となった事実と、彼に捨てられる程見てもらえた、わたしの両親のように自然消滅ではなく、彼によって終わらせてくれたのならば、とても幸せだと。そう思ってしまいます。
気分はまるで英雄を導く魔女のよう。鍛え上げ旅立ちを見送り、そしていずれは彼の覇道の為に討たれる。とても小さなキズとして彼の中に残れるのならば。同情のイミテーションの愛よりもずっとわたしの人生の深みになる。
「な、なんですか、それ……」
「ふふ、すみません。汚い話ですね」
何時か出部谷さんが教えてくださった、龍瀧さんと遊ぶカードゲームでは。お気に入りのカードを見つけたら核に据えて自軍を編成して、細部を調整をして磨き上げて、最後にそのお気に入りのカードが抜ければ、強い自軍の完成なんですって。
ああ、素晴らしい。もしわたしが彼にとって、最初のフェイバリットになり、その為に彼が形を変えて拾い取り込もうとしてくれて、それでもいずれ支え切れず、最後に彼によって捨てられるのならば。彼よりそれほどまでに向けられる愛もないでしょう。
「もし出部谷さんに受け入れて頂けたのならば。何れきっと彼に捨てられる。その時が楽しみでしょうがないのです」
「……理解できません」
去年の秋、龍瀧さんとお話した際はそんな、終わり方に拘るほどに傲慢でした。
「……って言ってたんだ。黙っていてごめん」
「いや、うん。話されても困るし」
純に告白された後、厳密には婚約? なのか。ともかく完全にキャパシティーを超えた俺は恥ずかしながら祐に全てを打ち明けて相談した。
純のことは勿論、去年から駄場さんとアダルティな仕事をしていて、この前一線を越えてしまったことも。
そうして帰ってきたのが、よくわからない駄場さんの性癖暴露である。
え? ふ、フラれるのが良いのか? やべぇ全くわからない世界だ。NTRに近いのかもしれないけど、そもそも俺にそっちの素養がないし、そっち方面は免疫がない祐なんかはさぞかし恐怖だったんじゃないのか。
「だからその、僕にはあまりわからないけど。君のことを本気で男として好きだっていうのは。駄場さんに関しては保証できるよ」
「そうかぁ……そうかぁ……」
今更ながら少し照れがある。不思議だ。これは多分俺がこの世の中の男性として、社会に対する帰属意識が低いからか。もっと単純に前世という認識のせいなのか。駄場さんとの行為は卒業させてもらったという、そういう意識が強い。
世間一般的には、駄場さんに奪われたという感じなのだというのも、こんなクソみたいな社会だからわかるけれど、俺の認識は変えられない。
だからまぁ、正直今まで女性としてあまり見ていなかった、見ようとしていなかった、見ないようにしていた彼女が。俺のことをいびつかもしれないけど好いてくれているのは嬉しい。
純に好きですと言われたときとは、少し感じる気持ちが違うが。それは男としてという意味だと素直に受け取っていなかった側面もある。
冷静に考えて、純はアタシ【も】もらって欲しいと言っていた。これはつまり、俺がこのまま卒業すれば、ダイエットのそもそもの目的の山上先生との告白がきっと上手くいくって、彼女が思ってくれたからなのだろうか? それとも駄場さんと既に肉体関係にあることを認識して言ったのだろうか? それはわからないけれど。
何れにせよそんな男女平等に唾を吐きかけるような認識が普通なんだ。そんな社会の一般的勝ち組の祐がわからないって言って、俺もわからないけど……もしかして。ってなる理解の難解さなんだから、駄場さんも結構特殊なんだろう。
「それで、どうするんだい? 連絡とかは?」
「普通にチャットには返ってきてるよ、次に来るのは何時もの回収日だと思う」
思ったよりも大人だったのか。駄場さんは言い方は悪いけど、抱いたからもう俺の男だぞ、みたいなマウントもないし。恥じらって変になってる感じもなく。俺が滅茶苦茶やってすみません。って謝れば、そんなことないよとても良かったよ。って返ってきた。
急にお姉さん感だしてきて、正直可愛いとまで思ってしまう、俺はとても単純なんだろう。
「竹之下さんには、いつ話すの?」
「……言わないとだめだよな?」
「僕の経験則上どうせすぐバレるから自首するべき」
「重い……重いよ、祐」
誰としたのが誰にバレたのか、結構気になるけれど。それは将来二人きりで酒を飲み交わしたときの楽しみにしておこう。
「あとね、母さん達だけど」
「うん」
「……多分、君がその、卒業したの感づいてる。それくらい女性は鋭いんだよ」
「……竹之下さんにはすぐにでも電話で下から言ってみるよ」
連休中に立派な男になるにはどうすれば? なんて聞いて回った俺が悪いんだけど。小さい頃から見てもらってるので、気恥ずかしさがすごいあるけど。嘲ったり指摘してからかう人達じゃない。見て見ぬふりをお互いするべきだ。
ぼんやりと言い訳を考えつつも、目下の問題に考えを移す。俺は実体験こそ少ないし、偏ってはいるが。恋愛系の物語はかなりインプットされてるはずだ。エピソード記憶ないのに変な物語は覚えてるポンコツ前世さんのおかげで。今もなお本調子じゃないし。
だからこそ、そういう拗らせた人が、考えそうなことはなんとなくわかる。
「駄場さんは、君からして正直どうなのさ?」
祐のこの言葉は、恐らく辞めといたほうが良いよとか、一晩の過ちにしなよとか。そういうニュアンスなのもすごくわかる。いや、もしかしたら本人にそんな意志は全く無くて、ただ俺の中の被害妄想や、彼女の年齢を考えた負い目のようなものがフィルターをかけているのかもしれない。祐はそんな事を言うやつじゃないし。
「正直あの人とは、やっぱり年が離れすぎてるって、俺は思うんだ」
「そうか……それじゃあ」
「純の告白もあるから……わかってもらえるまで覚悟を決めて話すつもり、週の真ん中じゃなくて、金曜日にきてもらうからじっくりと説得するよ」
「わかった、応援くらいしかできないけど」
「十分だよ、それじゃあ、おやすみ」
俺はそう言って電話を切る。自分の気持ちや立場。世間体的なものまで。何も考えずに恋愛できるのは小学生までのこのクソッタレな社会に。中指を立てたくなる気持ちで。
なんとか書類の作成も終わり、わたしは部屋で一息つく。本当は此処まで丁寧にやる必要はないのですけど……なんては口が裂けても言えない。これは大切なものですから。
きっと今頃、出部谷さんは龍瀧さんにでも相談しているでしょうか? 出部谷さんが今他の女性とどこまで関係が進んでいるのかを正確には存じ上げません。あの日であった二人の高校生からのアプローチがあったのかも知りません。まだダイエットの目的にしている先生に邁進しているのかもしれません。
龍瀧さんから【去年のわたし】の考えを聞いてなにか悩んでいるかも知れませんが、すでにわたしの心は移り変わっています。なにせ、龍瀧さんにお話したのは、既に彼の周りに彼を慕っている女の子が居ることを知る前の考えですから。
わたしを救ってくださった出部谷さんの成長速度は、わたしの予想を大きく越えていました。大学生か社会人になってから、そういった相手ができるかと思えば、高校生の間に言い方は悪いですが誑し込んでいる様子ですから。
そう、わたしは何れ新しく出来た女性との比較ではなく、既にいる女性と比較される立場になっているのです。
わたしは過去の思い出の、いうなれば下積み時代に優しくしてくれた女性にすら成れませんでした。それであればもう、わたしに勝ち目はないでしょう。
それでも、強欲にも冬と春の間に撮影と託けて楽しませていただきましたし、光栄なことに初めても貰えました。正確には奪いましたですが。
それなのに、彼の欲望のはけ口ではなく、彼のリソースを注いでもらう相手に成れるなんて、思い上がるのはあまりにも傲慢でしょう。
周囲に都合の良い女性がいなかったから許されていたこんな関係は、もうおしまいにするべきで。出部谷さんが目を向けるべき女性がいるのならば。浅ましい女の変な情動に巻き込まれて良い理由はないでしょう?
彼が選ぶのが先輩か後輩かそれとも両方かはわかりません。でも、彼女たちが利用するために近づいたのではなく、純粋に好ましいと思って出部谷さんの家を尋ねていたこともわかりました。
もう彼に【呼べば来る女はいらない】のです、若くて可愛い娘と【健全なお付き合いをして欲しい】のです。初めてを奪っておいてどの口がと自分を呪いたくなりますが、所詮は流されるまま生きている女です。それはそれと、身に余る栄誉として大切にします。
わたしはずるい、駄目な大人ですからね。そんな女に引っかかったのが可哀想で怒りが湧いてきます。
どこまでも、自分勝手なのはわかっていますが。何よりも大切なわたしの救世主様が。健やかな日々を過ごすことだけが。わたしの望みですから。
今度の回収日がきっと、最後になるだろうと。
わたしは引き継ぎ書類と退職前有給消化申請に不備がないかを改めて確認するのでした。
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