見栄っ張りで臆病-4
ぶたくんと祐の仕事量の差よ。察せると思いますが描写外でも結構動いてます。
理解も認識して無くてもインプットした情報って行動に出ますからね、無意識で。
あと、竹之下編最終話です。
5月頭の大型連休に入って、塾の短期講習でも行こうかと思ったら、祐と華が家庭教師を呼ぶのに便乗させてもらったりと、充実した学習をしていた。
また、ちょっと個人的に色々あった俺は、改めてしっかりとした仕事ができる社会人になろうと決意をして、お呼ばれした時に祐のお母様に企業人としての心構えなどを聞きながらお酌をしたり、華の両親も合わせて卓を囲むなどをしていた。接待をしようにも強いのなんので気もそぞろな俺はいい鴨でしかなかったのは仕方ない。
ともかくそんなある日、遂にお勤めを完了した竹之下が突然尋ねてきたのだ。朝食時にそろそろ終わる休みに思いを馳せながら部屋の掃除面倒くさいなぁと現実逃避していたらメッセージで、昼から会いに行っていいですか? とアポを取られ。片付けおよび各種家事の大義名分にもなるし今はじっとしてると沼に沈みそうなため、了承したのである。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
今日はしっかりインターホンを鳴らしてオートロックを解除して上がってきた彼女を迎え入れる。黒のトップスに白いキャミワンピという、またなんか俺的に評価の高いふんわりした感じの服装で、髪も美容院にいったのか明るい色になってる。
一瞬ちょっとドキとして、なんでこんな可愛い子が俺の家に? という疑問が浮かぶ。前世さんは「もう訳分かんねーよ、やめとけよ」となんか弱気な発言である。
コーヒーに合うらしいチョコレートのお土産ももらったので、かごに伏せてあった来客用のカップにさっき淹れたコーヒーを注いで渡してやる。ソファーでどこか落ち着かない感じで座っていた、竹之下は、なんかこういつもより年上に見える。というか、後輩でもないしなんならもうすぐ一足先に18歳になるんだよな。
「それで、何のようだ?」
「はい、そのアルバイトを約束通り働き終えました」
「ありがとうな。店長からも助かったって来たよ」
店長には、こんな接客業に向かない顔の俺を雇ってもらった恩があるから。何度か竹之下を迎えに行くときに顔を合わせたりしてたけど、どうして働いているときにその格好ができなかったとメガネと髪型をみて言われたのはご愛嬌だ。
まぁ何でも言うことを聞く権利というものを使わせてもらったわけで、じゃあお礼に何を見たいのはする必要もないが。お疲れ様ということで飯でも奢るのは……まぁ懐が少し寂しくなるけど良いだろう。
「でも、その先輩のせいで、アタシの1ヶ月が潰れたんですけど」
「んん? まってくれ、どういう意味だ?」
別に俺はそんな意図はないし、1ヶ月ってなんだ?
「先輩の言う事に従った結果、受験生のアタシの貴重な1ヶ月が、アルバイトに消えることに成りました。アタシがもっと早く辞めることが出来てたら、区切り良く辞められたのに」
「いや、その理屈はおかしい」
なんか目の前の後輩が滅茶苦茶なことを言っている。猫舌なのか手を伸ばしたコーヒーを飲む寸前でテーブルに戻して、竹之下は俺を見て憤る。
「受験生に対してひどくないですか? これでもし受験で1点足りなかったら、先輩は責任取ってくれるんですか!?」
「責任て……」
いやまぁ、確かに自分のためにお願いしたことだし、了承してもらったし何も法的拘束力はないものだけど。それに6ヶ月も7ヶ月も変わらないとは思うけど。確かにそれで竹之下が受験に落ちたら……去年の秋に泣いていたマキさ……鳥槇先輩の事を思えばちょっと馬鹿にできない。
「や、養ってくれるとかっすかね? 合格まで」
「えぇ……それは無理だわ」
予備校の費用とかそういうのを考えると流石に無理だ。数十万円単位掛かるということだろ? というかすごい話が飛躍している。まだ俺はその一月とやらに関して責任を全うするとは一言も言ってない。
「そ、そんなにあたしのこと嫌いすか? それって、む、無責任じゃないすか?」
「いや、そうじゃなくて、物理的に払えないんだが……」
言われてみればちょっと感覚で数ヶ月単位で拘束するお願いというのは、あまりにも大きすぎたか? 高校生活の1/6を1つのバイト先に固定させるのは、冷静に考えてみて、俺はとんでもないことをしてしまったかもしれない。冗談半分でふっかけてきたとは言え、俺笑えない事をしてないか?
ぐるぐると頭にそんな考えが浮かぶ。なんてことをしてしまったんだろうと、今更になって寒気がしてきた。
やばい、もし本当にこれで竹之下が勉強時間が足らないとかに成ったら、下手したら訴訟とか起こされないか? 強制的に労働をさせられてたって。
こんなときに限って前世さんは「どうじゃろ? 法律わからん」となんかボケーとしてる。俺もそうしたいよ。え? これどうしよう?
眼の前で先輩が、顔を青く目を白黒させてる。ここまでとは思わなかった。
今日のアタシは用意周到だ。連休中の予定は龍瀧さんと華さんと一緒に勉強するのが中心と聞いていたし、今日は龍瀧さんが他の子とデートだから、家に一日いるのも聞いてた。
午前中までにアポを取れば大丈夫だってこともアドバイス通りだ。
そして、一回腰を据えて話してみなよって言われた通りに家に来た。十三は責任という言葉ですごい考え込むから、使ってみるといいよって通りに試してみれば。先輩は見たことがないくらいに真剣に悩んでくれてる。
今日のために華ちゃんに洋服も選んでもらった。アタシの持っている中で一番先輩が好きそうなのを。髪もバッチリだ。お母さんには今日は遅くなるし、もしかしたら泊まるかもって言ってきた。
部屋に上げてもらって、前に来たときよりも片付いているのがわかる、でもキッチンの奥に透明なごみ袋をそのまま置いているのが、急に来てしまったなって感じで少しだけ罪悪感が湧きそうになるが、今日は無視だ。
どこまでできるか、わからないけど。アタシは先輩としっかりお話がしたい。あの夜のあと心からそう思った。
あの日散々龍瀧さんと華ちゃんに迷惑をかけてから、目を腫らしたアタシを見て戸惑うお母さんに、友達を見かけたので送ってきたって二人が説明してくれて。
お母さんとも少し話して、応援はしてくれないけど、好きにしなさいって言ってくれた。考えているより、ずっと簡単だった。
まぁそれはどう見てもラブラブですって雰囲気で、二人共高そうな服を着てる夜デート中って感じの龍瀧さんと華ちゃんを見れば、お母さんも入る隙がないのしっかりわかったからかも。
後で聞いたら、あれだけ純がアピールしてるのに気づかない男は、不幸になると思ったのって言ってて。あの日はそういえば普通にお母さんリビングの端にいたんだって、今更ながら思って、なんだかとても恥ずかしくなった。
そして龍瀧さんの言う通り、クラスの友達は皆龍瀧さんが彼氏の代役なの知ってた。黙ってて何時煽ろうかととっておいたなんて言ってるけど。皆多分気を使ってくれてただけだなって。自分の幼稚さに恥じ入ったけど、それ以上に嬉しかった。
それはそれとして全員にジュース一本奢ることになったけど。
だから今日、先輩としっかり話を聞いてもらおうと思って、ばっちり用意してきた。龍瀧さんが、あいつは待ってたら何もしないよって。そう言ってたから。
「そ、それじゃあ! こういうのはどうですか!?」
アタシは用意してきた紙をカバンから取り出す。これも実はアドバイス通りなんだけど、もうアタシは何でも使ってでも前に進みたいって、思ってる。少なくとも今日は! 一先ず!
「お互い何でもいう事を1つ聞く権利です!! 痛み分けにしましょう!」
「おいおい……またかよ、安売りするなよ」
この前先輩が書かせてきたのを、アタシも作ってきた。今の先輩はアタシの半年の────厳密にはその後の一月の────責任を考えて、重たい内容は書かない。だからなんでも良い。
アタシは、どうしても先輩にしたい事がある!!
「これでチャラにします、悪くない話じゃないっすか?」
「まぁ確かに、ボロ儲けではあるけど……」
先輩はあまり納得いってなさそうだけど、考え込んでいる様子から検討はしている。龍瀧さんはすごい、質問や疑問を目の前にだせば一旦は考え込むから、その間に状況を進めるんだよって、本当に先輩への理解度が高い……ちょっと、妬ける。
「先に書いてください、その後あたしもお願いを出しますから。言っておきますが、願いを増やしたり無効にするのはなしですよ!」
予防線はしっかり張る。こう言っておけばそういう抜け道みたいのは考えてこないだろう。本当は、こんなズルみたいなことはするべきじゃないかもだけど。半年と少し前のアタシが暴走した結果、こんなチートみたいなアイテムが使える。塞翁が馬だ。
「まぁいいけど……そうだなぁ」
「今日みたいに、あたしが急に来て面倒で顔も合わせたくないなら、そう書けばいいんですよ!」
「書くわけないだろ、そんなこと。んーどうするか」
ちょっと、自虐的に言ってみれば。先輩は顔をしかめて否定してくれる。ずるいかな、願い事以外でこうやって距離図るの? でもちょっとやってみたいって思ったから。そして、そっけない返答に顔がニヤける。
「んじゃあ、また玉ちゃんと会いたいでいいかな?」
「はい、わかりました。交通費は自腹ですよ」
玉にかなりの関心が行っていることにちょっと思う所が……今日はない。猫カフェじゃ抱っこできないとか、そういう理由でも何でも良い。今日のアタシの目的は、先輩と次に遊ぶ約束をすること。
お迎えがなくなった以上、もう先輩と気軽に会うのは難しい。家もちょっと遠いし、バイトもないし受験生で志望校も違う。だからむしろ先輩が会いに来てくれるのは嬉しい。でもアタシからも約束を作りたい。
今日は言うぞ! 服を一緒に買いに行くって言うぞ。アタシのコーディネートをしたいって、伝わるように言うぞ。
昨日の夜ベッドでそう心に決めて、ずっと考えてたんだ。龍瀧さんのアドバイスも、華ちゃんのサポートも貰って、これ以上はないんだ。
次先輩が遊びに来たときとか、考えちゃだめ……いや、でも会う約束があるなら……
その一瞬、アタシは多分なにか変な匂いでも嗅いだのか、それとも狐に化かされたのか。ぱっと部屋に上がった時に見た光景が引っかかったのか。全く違うことを思い浮かべてしまって。その違和感がなにかもわからないまま、口からポロッとこぼれ落ちてしまった。
「卒業したら、アタシも貰ってください!」
「……?」
自分が何を、言って、いるのか。全く、わからない、でも口は止まらない。なんで「も」なのかとか、さっき養うとか言ったからだとか、さっき思い浮かんだ光景とか、そういう反省はその時は全然できなくて。また何時もの大口をたたいて、取り繕う弱いアタシが出てきた。
「ほら、あたし母子家庭で、将来特に成りたいものもなくて大学も専門と天秤してるくらいふわふわな進路で、仕事を頑張りたいわけじゃなくて」
あれ、あたし何を言ってるんだろ? 自分でもわからないくらい、口が回ってく。さっき先輩から願いに託けて距離を測ったみたいに、どんどん変なことを口走ってる。
ああ、またやってしまった。彼氏がいるって言っちゃったときも、好きじゃないって言っちゃったときも、アタシは急に緊張するとこうなってしまう。
「だから、その先輩が保険でも貰ってくれたら、そのありがたいし!」
「そんなこと言うなよっ!」
先輩が急に大声で叫んで割り込んでくる。聞いたことない位怒っていて。思わず体が縮こまる。あんなに頑張ろうと決めたのにまたやってしまって、遂に先輩に怒られた。
あーあ何をやってるんだろうって自己嫌悪も、大きい声で怖いって気持ちも、ぐわって湧き上がるのはわかるけど、処理できないほど頭がふわっとして、鼻の奥がツンとする。
「何か困ってるなら言えよ、お前はそんな奴じゃないだろ?」
「ち、ちがくて! その!」
打って変わって優しく先輩は言ってくれる。アタシが怖がっているからなのかな? そうだったら嬉しいけど、でも、先輩はだれにでも優しいし、素直な人だし。ああ、考えがまとまらない。
「言い難いなら、それでいい。でも俺じゃなくても誰かに相談しろよ……」
優しい笑顔、お客様に向ける笑顔じゃなくて、作ってはいるけどそれでも暖かい笑顔だ。アタシは、この顔を滅多に見れなくて。その笑顔は先輩が幼馴染の人の事を話すときにする笑顔で。それがもっと見たくて、ああ、だから。
そんな取り留めのない考えが浮かぶけど、今は振り払う。先輩に心配されちゃ駄目だ。今からでも、どうにかしなきゃ!
できるかわからないけど、やってやるって決めて此処に来たんだもん。
「は、はい、じゃあ、やっぱ代わりに「でもまぁ別にそれくらいならいいぞ?」
「……へっ?」
否定して、別のお願いをしようとしたのに。先輩はカラッと笑ってOKを出す。え? ちょっと待って、結婚!? OK!? え? まってもうわからない!
「結婚歴が欲しいんだろ。社会的に信用感も増すし、やりたいこと見つかってから有利だし」
すんっと、その言葉で冷静になれた。あ、やっぱこの人。龍瀧さんが言う以上に、クソボケだって。あの、先輩大好きな龍瀧さんが、優しそうで強い言葉を使わない龍瀧さんが。それでも先輩を評すときにそっち方面はクソボケっていうくらい! 本当に! 先輩は全く! アタシのことを気持ちを認識してないんだ。
「……あ、そのっ!」
「でも、そんなに悩む前に言えよ、なにか抱えてるんだろ?」
「あ、ちが、違います、せ、先輩だから、結婚してほしいんです! だめですか?」
優しい言葉でこっちを宥めてくる先輩。もう当初のデートの計画とかに戻すっていうことは頭から投げ捨てる。恥ずかしいし言葉の推敲なんて全然出来ないけれど、今は先輩にわかって、それで決めて欲しいから。
「いや、まぁ構わないが……良いのか?」
「それと一緒にいたら、考え方とかかわるかもですよ! 予行演習しますか!?」
「予行演習て、お前……住む気か? 」
「ほら、アタシと居て面倒だとか、迷惑だとか思ったら大変だし……これでも家事は得意ですよ! でも玉の世話もあるから通いになりますけど!」
「いや、それは駄目だろ……」
だんだん、先輩の乗り気じゃない否定に、鼻の奥がツンとしてきた。どうしてだろう? なんかこのまま行けば、先輩が結婚してくれるという、よくわからないことに成ってるのに。まるで、アタシが先輩に不良債権を押し付けるみたいな話になっちゃった。
考えてきたのに、一緒にお出かけしたかっただけなのに。お洋服選んでみたかっただけなのに。先輩から次のお出かけに誘ってくれればもうそれで良かっただけなのに。
どうして、こうなっちゃったんだろう? アタシの純って名前は、純粋な娘に育って欲しいってお母さんから聞いてたのに、今のアタシそんなのから一番遠い。
ポロポロと、アタシの目から涙が溢れて。抑えようと顔に手を当てて。アタシはもう何も考えられなくなってしまった。
目の前で泣き出した竹之下。その前にとんでもないことを言っていたけれど。まずは彼女を泣き止ませないといけない。俺はそう思った。
先日会った祐から悩んでいる彼女が休み中に相談に行くかもねと聞いていたし、内容はわからなかったけど将来のことだよって聞いていたから。前に教えてくれた志望校の対策に使えそうな参考書とかリストアップしてたけど、無駄になりそうだ。
でもその御蔭で、少しだけ心の準備は出来てた、色々あったこの連休のせいで鈍っていた思考回路もやっと回ってきた。
「……お前はすごいな、いつでも自分のその先を見てる……時々オーバーだけど」
それで思い出したのは先月に祐から少し聞いてた、時々話を盛っちゃうので自己嫌悪してるよって。相談に乗ってあげてって。そんないまいちピンとこなかった話で。今回はこっちの方だったわけだ。
確かに時々彼女は明らかに嘘だってわかることを言う、そして誤魔化そうとはするけども。
俺が思うに、人に小さく見られるのが怖いというのは、小さい自分を誤魔化してるんじゃなくて、まだ、そう成れていないって思われたくないからなんだ。つまりはそうなりたいと人前で言えるってことだ。
「俺には、そんな自信がない。だから時々その突拍子もないことを言うの、すごいと思ってる」
竹之下は、仕事を覚えるのが苦手だったけれど。それでも少しずつ仕事を覚えて。一度できるように成ればもうミスもしない。だから慣れてくるとおしゃべりをする不真面目さんだけど。
常連さんの煙草の銘柄も、新聞の種類も顔で覚えられてる。コーヒーの新しい味が入った時、本部から新製品を売れって言われた時に、買ってくれそうな常連に案内も気軽にできる。そんなすごい奴だった。
俺はそういう風に人と関わるのは苦手だから。人と話すときに楽しもうって思えるそのメンタルは、本当に凄いものだって。俺は口にはしてないし、褒めると調子に乗りそうだから言ってなかったけど。素直に思ってた。
「俺はお前を見てて楽しいよ。だってお前が俺にとって初めて、思春期を迎えてから出会ったのに、話しかけても普通に返してくれる女の子だった。だからこういうのはずるいけど。嬉しかったよ、普通に後輩になってくれて」
祐の事があって、学校の女子は華と一部の興味がない女子を除いて全員が敵だった。中学は顕著で、高校もお互いの牽制をして探り合ってる雰囲気にうんざりだった。俺に近寄ってくるやつの全員が祐目的だった。
大半は虎先輩みたいに割り切ってるんじゃなくて、良い顔しとけばいいだろうみたいな下心が透けて見える気持ち悪さがあった。
でも、竹之下にはそういうのがなくて。只々バイトの後輩として。ずっと俺を遠ざけずにからかって絡んできた。俺が祐達以外に初めて友達みたいだって思えた。そんな普通のどこにでもいそうで、きっとどこにもいない子だった。
華にお兄ちゃんみたいって言われるけれど、そういう意味では竹之下の方が妹みたいな感じで、庇護対象ではない、気心の知れた関係だった。だから助けになってやりたいし、頼ってほしいって、俺はそう思ってた。
「いつもたくさん話してくれて、本当は俺とても楽しかったよ。だから、もし一緒にいてくれるなら嬉しいし、俺はお前を退屈させないように頑張る。幸せにするとは口が裂けても言えないけど、その為にずっと努力をする」
結婚なんて選択肢を取るほど何に追い詰められているかは知らない。母親から結婚するようなプレッシャーがあるのかもわからない。でも、俺のそばにいたいって言ってくれる限りは、俺はこいつが楽しくいれるように努力をするつもりだ。
そうしてあげたい程度には、俺は竹之下のことを他の有象無象の女子達よりも大切に思ってる。
「それでよければ、卒業まで考えが変わらなければ、俺のところに来てくれ。それなら嬉しい」
「先輩……あの、アタシ!」
俺の貧弱な語彙では伝わったか全く自信がなかったけれど。まくし立てるように色々言ったから飾り気もないけれど。それでも竹之下は、泣き腫らした目で、いつもの可愛い小生意気な笑顔を俺に向けてくれる。
「先輩のこと、好き、です」
それが、先輩としてなのか、人としてなのか。もしかして男としてなのか。俺にとっては大事じゃない。ただ、彼女が望むならその限りはそばにいるし、そばにいるのならば彼女が笑えるように努力するだけだ。
「それじゃあ来年気が変わったら、これを返してくれ」
俺はテーブルの小物入れに入ってるスペアキーを、竹之下に渡す。まぁ大学の時は引っ越している可能性はあるけど、こういうのは形に残すほうが良い。そう感じたから。
「あっ……あの!」
「洗面所行って来い、凄い顔になってる」
目を丸くしながらも受け取った竹之下に、恥ずかしさを誤魔化すようにそう言えば。彼女は自分の手についた化粧品の痕へと目を向けて、猫みたいな俊敏さで洗面所へと駆けていった。
結局その後、濡れタオルをレンジで温めた物も渡して。それでもカバーできなかったのかわからないが、最初に淹れてたコーヒーの湯気がまだ立っている間に彼女は俺の家を後にした。
ちょっと現実感はわかないけど、化粧直しに悪戦苦闘している間に彼女の持ってきた紙にサインはした。俺は玉ちゃんに会わせてもらい、たけ……純は卒業したら本人が断らなければ俺と結婚する。
現実感がない約束の紙を突き返して顔を隠すように帰っていった彼女を思う。冗談なのか、それともこれもからかいの一種なのかって。そう考えたくなるが、まぁ最低でも好かれているんだ。あとは彼女次第だ。俺がどんな人間なのか、もっと近くで判断してくれればそれでいい。
頭に響く声は「何様のつもりだ、お前はもう人として愛されるつもりか?」前世さんも再起動したらしい。そこまでは思ってないよ、でも前向きになって、少しは努力をする意味はできたじゃないか。そう返してみれば「努力をして、何になる? どうせ何にもなれないだろう」声にこもられた確信は、悪態をつくように俺を咎めてくる。
まぁその理由もわかる「連休初日に童貞卒業して、気が大きくなってるだけだろ」それはお互い様だろう、というか、どうすんだよこれ。タイミング最悪じゃねーか。思わず反論しながらそう言えば、前世さんも「そうだよ、どうすんだよ」としゅんとなってる。彼もなにをすれば良いのかわかってないのだろう。
キッチンの奥に縛ってゴミの日を待ってる半透明な袋の中には、長い髪の毛と履いていたストッキングが入っている。今朝やっとごみ袋に集めた、駄場さんの衣類が。
どうして、こんなことになっているんだよ。
俺はもう考えるのも疲れてきて、頭を抱えるのだった。
竹之下編は此処までです。予定より長くなり大変でした、ちょっと面倒なだけで、軽くあっさりした青春ものでしたね。出番はありますがひとまず区切り。
今後とも宜しくお願いします。
感想・評価お待ちしてます。




