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ジントニック

作者: 在日日本人

こんなアニメ(短編)見てみたいです。

私は何なのだろうか。男に使われる玩具?そういうドール?知らない。考えるな、考えるな、考えるな。考えれば考えるだけ不幸になるから。そう自分に言い聞かせて、自室のベッドにもたれかかった。目の前にあるテーブルがやけに小さく感じる。こんなに小さかったかな、考えるだけ無駄だ。テーブルの上に乗っている熱いマグカップを手に取り、コーヒーを喉の奥に流し込んだ。今は何を読んでも何を聞いても頭に入って来なそうな気がする。ファッション誌をテーブルに置いて、深く伸びをした。土曜の夜、十時。何もする気が起きません。彼が合鍵でドアを開ける音がしても立ち上がれなかったなんてどれだけ土曜の夜は私をダメにするのか。

「ゴメン、今金が必要でさ」

「いくらいるの」

「五万」

痛い。五万は私が何時間仕事をしたら稼げるのだろうか。

「ダメ」

「お願い。ダメ?」

迷子の仔犬のような目で私を見てきた。その瞳やめろ。逆らえない。いやでも、今回はダメだ。すると、彼が私を抱き上げて、ベッドの上に置いた。右手で私の頬を触る。少し冷たい彼の手。グイグイベッドの端に私を動かす。伸ばした脚の中に彼の足が入ってくる。遂に両手で私の顔を捕らえた彼の舌が口に入ってくる。ざらついた舌の感触。

「やめ、は、やえて」

「やら」

気持ち悪くなった。彼がではない、自分が気持ち悪くなった。もういいや、そう思った。

「はい」

「ありがと!」

嬉しそうに部屋から出て行く、その時少し見えた。彼の口角が、ニヤリと上がるのが。後味の悪いコーヒーが冷めていた。

ふと視界が歪んだ。泣いてるのか、もう涙は枯れていると思ったのに、まだ泣けるなんて、体力がある。なんて下らない事を考えて、笑いながら泣いた。一人で、飽きるまで。もう逃げたい。仕事をする意味も、人と付き合う意味も、生きる意味も無くなったような気がした。鬱。圧倒的鬱。

いっそ透明になって背景と化したいと、天に願った。しかし、私の体はいつまでも質量を持っていた。二十三歳、辛いです。


足が痛い。慣れない靴を履いて行ってしまったからか、それとも普段の疲れか、女友達と食べたランチも味が薄く感じた。郵便受けの番号の場所はもう覚えたが、遠回りをして郵便受けを開けた。水道局の広告、ともう一つ封筒が入っていた。なんだこれ。階段を五個上がって錆びた手すりを触りながら鍵をさした。見慣れた部屋、質素な、私の部屋。あまり好きではないバッグをソファーの端に置いて、水道局の広告を捨てて、封筒を見た。

七瀬玲様、確かに私宛て。カッターを持ってきて一回無駄に回して開けた。

それは同窓会の参加確認?的な手紙だった。成人式の時以来会っていないクラスメイトに会うのもいいかも知れないと思い、参加に丸を付けた。少し嬉しかった。青のドレスがくすぐったかった。


あいつも、こいつもどいつも楽しそうに笑いやがって、来たら来たで苛立った。昔は心が広いのが取り柄だったのに、変わってしまったな、と思った。クラスのマドンナ的なあの子、垢抜けてんなぁ、とか成人式も考えたであろうことをまた繰り返した。私はコンシーラー必須です、と考えれば考えるだけ虚しくなった。しかし男は女に群がるし、女は男に色気を振りまく。絶対的に昔から変わらない秩序がそこにはあった。

「玲も飲みなよぉ」

そう言いながら中三の時のクラスメイト絵里は私にジョッキを差し出す。いつのまに注文したのだ。

「分かった」

喉にきつい発泡酒の香りが広がる。強い炭酸、飲みきれない。だからビールは嫌いなんだ。

「いい飲みっぷりだねぇ」

お前は私の上司かよ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。いい子はこういう時静かに頷くのだ。これでいい。

「お前、昔より美人になったんじゃないか?どうよ、俺と今日」

「やめて、颯人、あなたは変わってないわよ」

「お、振るのも上手くなったじゃん」

悪びれもなくそんなことを言った。居心地が悪いので、別の席に移動した。移動先では恋愛話が盛り上がっていた。

「でね、そしたらあいつが、お前が悪いんだろって言ってきたの、あり得なくない?」

「えーありえない有り得ない。その彼、振ったら?」

「振るかも」

「振っちゃえ」

みんな思い思いに相手の愚痴を言うのを黙って聞いていた。

「玲は?最近あいつとはどうなの?」

「まあまあ、かな」

「なんだそれ、なんかあった顔してるぞぉ、熱いね」

「熱くない、熱くない」

冷や汗をかいた。思い出したくなかった。自分ではどうにも出来ないのだから。昔から。

相手から言ってこないと付き合わない、相手に振られなければ、別れない。ずっとそうなのだ。いつも私は自分で何かを望まない。人にも、自分にも。そうしてずっと人形のように使われて来た。飲み会に行くたびに持ち帰られて、嫌気が差していた。今回はそんな失態はしない。誰にも抱かれず無事に家へ帰るのだ。一時期、そういう風に使われるのが自分の使命なんじゃないかと感じていたが、違う。男のために生きているのではない、自分のために生きるのだ。自分のために稼いで、自分のために使う。そう思っても、まだ彼とは別れられないでいる。

「でも、やっぱりカッコいいから、まだ別れないかも」

付き合った、別れた、結婚した、つまんない、ねえ聞いて?そんな話で数時間が流れた。十時、そろそろ移動しようか、誰かが提案した。

「ちょっと早くない?」

「いいねいいね」

結局二次会に行く組と、帰る組に分かれた。もちろん私は帰る組、生ぬるいアスファルトの上で、ガバンを強く握った。

「バイバイ」

分かれて、駅へ向かった。帰る組のメンツは、相手が待っている人たち、仕事がある人達、さまざまだ。

「やっぱそんな感じ?」

「ああそうだよ」

「やっぱそっちの業界も厳しいね、良く就職一年目でそんなやれるね」

帰る雰囲気、大好きな雰囲気。晩夏の暖かさが胸を焦がした。早くシャワーを浴びて布団に入りたい。ほろ酔いの私は強く願った。明るい居酒屋の通りを通る時、後ろから声を掛けられた。背筋が凍った。

「七瀬さん、だよね、ちょっとそこのバーで飲みなおさない?」

「う、はい」

断れなかった。また断れなかった。また持ち帰られる、過去の嫌な記憶が走馬灯のように映し出された。

「ありがとう」

高そうな鞄、高そうな革靴、スーツ、仕事帰りか、疲れたから慰めて系のやつか、さっき膨らんだ胸がしょぼんと潰れた。数分歩いて、やや高そうなバーに着いた。三次会まであるんだよなぁ、こうなると。二次会はここで、三次会があいつの家、辛すぎて涙がこぼれた。ワンピースで拭った。化粧が落ちないようにしないといけない。気が抜けない。

「いらっしゃいませ、ああ、慧さんですか。お連れ様も」

綺麗な年の取り方をしたバーテンダー、髪が上げられていて、顔にツヤがある。軽く礼をしておいた。

年季の入った木のテーブルを指さされて、座った。

「俺はジンバック、彼女は……」

「アプリコットクーラーで」

ワンピースの上に羽織って来たコートを脱いで荷物カゴに入れる。

「ごめんね、急に連れて来ちゃって」

「いいえ」

「さっきの会、全く楽しく無かったでしょ?」

「いえ、楽しかったです。昔の仲間と会えて」

「ええ?意外だ。顔に恐怖が張り付いている思ったんだけど、やっぱり俺人の気持ちが分かんないのかな。なんか済まないね」

「あの、やっぱりさっきの嘘です。最高につまらなかったし、怖がってました。御明察、です」

「え?嘘つかれたか、最近の女性はちゃんとしてるね、まあ、同い年だけど」

静かに笑いながら彼はため息を吐いた。

「なんか昔からそんな感じだよね、七瀬って、いつも断れないというか、それでいつも仕事押し付けられていたよね」

「それは、まあ」

今絶賛それについて困り中とは言わなかった。変に情を付けられても困る。

酒が来た。彼がロングのお酒を頼んだ事は、長く話したいということで、私も弱いロングにしたが、更に酔ってしまいそうだ。口が緩みそうだ。

「なんか可愛そうだな、どう?今は」

「まあ、なんだかんだで?生きてはいけてるけど、、」

「けど?」

もういいや、と思った。隠しておいても何もいいことがないし、もう辛かった、誰かに聞いて欲しかった、のかもしれない。その時の私は堰を切ったように語り始めた。


「笑っちゃいけないけど、不運だなぁ、七瀬は、ずっと」

「初めはいい人だと思ったんだよ」

「見る目ないなぁ、高校の時、陸上部の先輩に初めてを取られた時もあったっけ」

「言わないで!もう思い出したくないの」

「思い出したくないことだらけじゃん、人生楽しい?」

「いや、変わりたい、とは思ってる」

酒がほとんど入っていない透明なグラスの汗が、テーブルに円形の水溜まりを作っていた。

「今の彼、嫌いなんでしょ?振れば変われるんじゃない?」

「そんな気はするけど勇気がないし」

「だから変われないんじゃない?」

「そうかも」

「ああ、美味しかった。本来なら二杯目に行くところだけど、疲れてるよね。帰ろうか。ここは俺が払うから」

最後の一口を私よりワンテンポ遅く飲み終えた彼が言った。

ありがとう、とバーテンダーに一言言って、カラン。重い木のドアを開けた。さっきよりも少し冷たい風、それでもまだまだ暑いが。

「ありがとう、話してくれて。変われるといいね、じゃあまた」

「ちょっと待って」

「ん?」


いつものように遠回りをして郵便受けを開けた。ハチミツのチラシのみ。そしていつものように錆びた手すりに触れながら六階へ上がる。カチャリ。安っぽい鍵の開く音、本当はガチャン、と高級そうな音を鳴らして鍵を開けてみたいものだ。しかしそんな生活はまだまだ遠い。

居酒屋の酒の匂いや、ニンニク、その他のにおいが混ざり合って、吐き気を催すような耐え難い匂いになっていた。臭いコート、臭いワンピース早くシャワーを浴びたいと思った。しかし体は疲労で動かない。すぐにソファーに体をだらんと預けて溜息を吐いた。ポケットから簡素なケースのスマホを取り出した。連絡先に新しい顔が増えている。

『新津 慧』

綺麗な波の写真がアイコンになっていて、いかにも彼っぽい。そしてもう一つ嬉しいことがあった。飲み会に行ったのに誰にも抱かれなかったことだ。今日初めて、達成できた。少し踏み出せた、そんな気がした。膝を曲げながらうーと言って伸びをした。少し自分を拘束していた鎖が解けたような気がした。少し嬉しくなって、風呂にも入らずそのまま寝た。


「よお」

彼(慧くん)は私より早く店に来ていて、パソコンで何やら作業をしていた。

「遅れてごめん、ちょっと彼と話してて」

「大変だね、俺は自由でいいかも、やっぱり都会とも田舎とも言えないここに住んでいると自分が綺麗になった気がするわ」

「どっちかって言うと都会かな?ここは」

「でも東京とか横浜とかもっと人がいてもっと高いビルばっかなんだろうな」

彼は目を輝かせて言った。

「今日はありがとう、ここのお店、一回来てみたかったんだよね」

「それは良かった、やっぱり人は褒められると自信が出るね」

「それ、私を褒めてるの?」

「さあ、どうかな」

彼は肩をすくめてパソコンを閉じた。

「さあ、何食べようか、今日も君の不幸噺いっぱい聞かせて貰おうかな」

「じゃあ、私はBコースにしようかな」

「お、大きく出たね、季節のジェラートがつくのいいね」

「そこぉ?普通メインディッシュの話するでしょ」

「俺は色んな所に目が行くから」

「それ言ってから私の目見るのやめて」

「じゃあ、俺はAコースにしよう」

「いいねえ、主食がパンなんて、とてもいいと思うよ」

「今の、パンとナンをパン繋がりで言う高度なギャグ?頭良いね」

「そんな急に思いつく慧くんも頭良いじゃん」

「まあ?大手企業勤めですから?」

「あー、そう言うの一番ムカつく」

「ゴメンゴメン、悪気はない」

「絶対あるでしょ」

「ないんだなぁ、これが」

ウエイターを呼んで注文した。今日もスーツ、仕事帰りか。さっき言っていた大手企業とやらから帰って来たんだな、と当たり前の事を考えた。

「どう?彼は良い人になった?」

「いや、前言ってもらったあれ試したんだけど全然ダメだった」

「それはもうどうしようもないね、今はどうしてるの?」

「多分私か彼の家で映画鑑賞中、しかもあの人アクションしか見ないの、だから映画に行っても楽しくなくて」

「やっぱりオールジャンル観れる人との方が楽しいよね」

「うん、うん」

「あ、来たよ」

「じゃあテーブルを片付けないと、前菜が入り切らないかもね」


「分かるな、その気持ち」

「え?分かるの?」

「分かるよ、俺もそうだもん」

「やっぱりか、絶対そうだよね、あっちの方がいいよね」

「うん、俺も何回もそれで迫害されて来た」

「そうそう、全然こっち派の人いないんだもん、怖くなって来そうだったよ」

そろそろワインが無くなる。まだ飲めと言われたら飲めるが、彼がメニューに伸びる私の手を制した。

「もうやめよう、酔い潰れるのは良くない」

「うん」

彼といると安心するようになった。自分の道を示してくれているようで、なんだか掴まってみたいと思った。このだらしない人生に、折り目をつけてくれるような気がした。その日はじゃあ、だけで彼と別れた。無闇に手を出してこない男性ってこんなに魅力的に感じるのか、と思った。いい人と仲良くなれて幸せを感じていた。家に帰って扉を開けると彼がいた。気持ちが落ち込んだ。

「お前さあ、なんか男と会ってない?」

「なんで?」

「通りでお前と仲良く話してるやつみた」

そんな所までいたのか、気持ち悪い。鳥肌がたった。

「あれは友達だよ、愚痴とか聞いて貰ってるの。そんなに心配ならもっと私をドキドキさせてみたら?」

そんな頭なのに何故嫉妬をする?仕方ないだろ、原因はお前だろ?と思った。いや、私か、私がみんなを巻き込んでいるのか。考えるのがつらくてベッドに逃げた。そこにも彼は追いかけて来た。憂鬱な夜が始まる。寝たいのに。


「今日はいつもに増して元気がないね、本当に来て良かったの?」

「大丈夫、ちょっと喧嘩しただけ」

「まあ理由は聞かないでおくよ、じゃあ、映画を楽しもう」

彼氏には出来ないスマートな手つきで私をエスコートしてくれた。今日見るのはサスペンス、有名な監督の作品で、とても楽しみにしていたものだ。右手の彼(慧くん)を見る。今日はいつもと違って休日なのでカジュアルなジーンズとシャツのみだった。それでも品の良さが滲み出ていた。首筋がとても綺麗で、少し見惚れてしまった。


「いやはや、あのラストは脱帽だよ、まさか被害者が犯人だなんて」

「着いていけなかったね、高度過ぎて」

「ああ、でも今考えると全ての辻褄が合うんだ、非常に面白いねぇ」

作品についてああだこうだ言いながら歩いている時、私は見てしまった。彼氏が他の女と高いランチを食べているのを。見た時に足が止まった、ブワッと、全身の毛穴が逆立つような気がした。そして、憎くなった。誰の金だよ、私は知っている。彼氏は働いていない。

「あれか、あの赤いシャツの男か」

「うん」

首に冷や汗が流れてきた。いつもならすぐ拭くが、今は手が動かない。

『へえええええぇ』

私の口から出た言葉はそれだけだった。そして決まった。こいつはダメだ、すぐに逃げ出したくなったが、合鍵を持っていることに気づいて混乱した。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だった。こんなに酷い人生なのか、こんなに。初めはゆっくりと、段々激しく、嗚咽が溢れた。

「おい、ああ、じゃあ、ちょっと俺の家くる?」

顔をくしゃくしゃにしながら頷いた。


彼に背中をさすられながら約十分、普通のマンションに着いた。私のよりも少し高そうだったが、そこまで差は感じなかった。

錆びていない手すりを触りながら階段を上がった。

「とりあえず、ようこそ」

「うん、うん、ぐん」

「そうだよね、ちょっとココア的な飲み物入れてくるよ」

今はとても幸せだった、優しい人が近くに居て。繊細でめんどくさいガラス細工みたいな私を気にかけてくれる、そんな事は初めてだったから、かもしれない。でもやっぱり、かなり悲しい。それは浮気?をしていたことじゃなくそんな奴と一緒に生活をしてしまった私に苛立っているのだろう、少し身震いした。今の状況から目を逸らしたいからなのか分からないけれど、とにかく私は部屋に視線を移した。

あまり物がない、お洒落な部屋だった。照明のライトも、きっとつけたら暖かい色で部屋を包むんだろうな、なんて考えた。

「お待たせ、コーヒーとココアどっちがいい?」

白いマグカップを二つ楽しそうに挙げた彼は言った。

「ココア」

「はい」

右手に持っていたマグカップを私が座るソファーの近くにあるテーブルに置いた。

「ありがと」

ゆっくり啜った。ほのかに甘くて、温かい。お腹に入っていくココアは、嫌な記憶を溶かしていくようだった。

「おいしい、ありがとう」

「いやいや、ココアは流石にインスタントだよ、こっちのコーヒーはさっき挽いたんだけどね」

そう言って静かにマグを傾けた。そこじゃないっつーの、優しさにだバカ、と言いそうになったが、そこまで言う元気はなかった。

「じゃあ、俺は何かご飯でも作ろうかな、麻婆豆腐とオムライス、どっちが良い?」

「スパゲティー」

「普通気を使って、あ、この人この二つしか作れないんだ、じゃあこっちで。とか言うだろ、まあ俺は偶然他の料理も作れちゃいますけど?」

「わーい」

嬉しかった。心の底から幸せを感じていた。疲れているのに笑える、悲しいのに楽しい。なんで苦しいのにこんなふうに冗談が言えるのだろう、パスタを茹でる彼の横顔を見つめながら、静かに眠りに落ちた。夢は見なかった。

「おい、起きろよ」

「起きた」

「パスタ食べるって言ったの七瀬だよな?何故寝るんだよ」

「眠いから」

悔しがっている彼の顔が可愛かった。

「もう冷めちゃうから早く食べないと」

「いただきます」

「早い早い、反則だろ」

「はんほふばあいおん!」

「何言ってるか分かるのが悔しいこれが」

「ふふ」

「熱っ」

「どんだけ猫舌なの?私はこれくらいが一番食べやすいのに」

「あんたがおかしいんだよ」

「はいはいそーですか」

トマトソースのスパゲティー、麺はちょっと細め。作るのが麻婆豆腐とオムライスより簡単な物にしたが彼は気づいてくれなかった。鈍感め。

ウマウマと言っている彼の顔を見た。ああ、この人がよかった、あのゴミ人間よりも。やっぱり別れられないのかな、あいつと。考えるだけで吐き気がした、だから目の前の人のことだけ考えることにした。この人と一緒にいたら、どうなるんだろうか。この顔の隈も消えるのだろうか、笑って眠りにつくことができるのだろうか、夕飯は二人でワインの旨さを語り合えるのだろうか。考えるな考えるな考えるな、また声が聞こえた。私の声。考えると考えた分不幸に感じるから、考えるなと私に言ってきた。

しょうがない、考えてしまうのはしょうがないんだ。じゃあ何を考えろと言うんだ、反抗した。自分に反抗した。強く、強く。

ほろり、緩んでいた涙腺がボロを出して、涙袋に溜まっていたものを放出し始めた。しまった、これではメイクが、ウォータープルーフにし忘れた。そう考えても止まらなかった。フォークを置いてハンカチで拭い続けた。しかし止まる事はなかった。その間、彼の肩が少し震えたように見えたのは、きっと私の勘違いだろう。そんなことを感じながら、十分ほど泣いていた。

「ゴメン、洗面所借りる」

「良いよ」

彼の顔に何も出来なくて済まない、と書いてあった。

「大丈夫、これは私の問題だから」

それだけ言って洗面所へ走り去った。途方に暮れた顔がこちらを見ていた。



「ゴメン、スパゲティー冷めちゃったね」

「俺は良いんだけど、七瀬のがね。チンしてこようか?」

「ありがとう」

「にしても、落としてもかわいいとかずるいよな」

わたし?わたしの話をしているの?目を見開いた。

「かわいいやめて」

言ってしまった。絶対言いたくなかったのに、口もどこもかしこも今日は緩んでいるようだった。

「何で?」

「そ、それは」

言いたくない、言いたくないけど乗り切れないと思った。それに私をこんなに優しくしてくれた人だ、というのを理由に、言葉を放った。

「ずるいから」

ただただ気まずかった。



「一つ提案があるんだけどいいかな」

「なに?」

「俺、東京に移動になったんだ、ここを離れるのは寂しいけど」

ガシャン、と何かが崩れるような音が聞こえた。これから話すであろう愚痴も、これから二人で食べる食事も全部なくなった。想像した彼の姿も、今まで見てきた彼の姿も、全部陽炎だったんじゃないかと思うほどに歪んで見えた。取り残される。また取り残される、一人で食べるディナー、あいつの唇、嗤う男、吐瀉物、涙、記憶、全部一人で抱えて生きていかなくちゃいけない。そうだ、私は浮かれていたんだ、なんだかんだこんな関係がずっと続くと、ずっと彼が側にいる気が少ししていた。

このまま夏の匂い、青嵐、桜、雪、蝉時雨、紅葉、一生分の嬉しいを彼と一緒に体験すると体が勝手に思い込んでいたんだ。

馬鹿、馬鹿、馬鹿、なんでこんなに馬鹿何だろう。そんなわけないのに、自分が変わらないのに何が変わると言うんだろう。それでもまだ彼を求めていた。行かないでと、心が叫んでいた。

私と居て、と。

でもやっぱり私は私、口に出せない。

こんなに顔をくしゃくしゃにしても、結局なにも変わらないんだ。と諦めた。彼を、自分を。

「それで、いいかな?俺さ、お前も連れて行きたいと思うんだ」

「え?」

「やっぱり例の彼は別れる気が無いらしいしさ、浮気してみないか?」

さっきまで考えて考えて捨ててきた考えが甦って来た。心の中を暖める彼の言葉は、私の考えていた全てだった。

心の中で駄目だと思った。しかし彼が私にしてきたことの方が何億倍も残酷だ、と心の中で完結させた。数十秒、体を前後に揺らしながら考えた。これからしなければいけないこと、しなかった時にどうなるか、考えた、考えて考え抜いた結果が言葉になって涙と共に身体から零れた。


「浮気する」


「よっしゃ、俺お前を東京で幸せにするから、着いて来て下さい」そう言って彼は頭を下げた。

「着いていく。飽きるまで」

二人でニヤリと笑った。

初めて彼氏に辭を伝えられそうな気がした。

修学旅行行ってきました。すごく空気に重みがあって楽しかったです!!

今度は友達と短編・・・なんて思ってましたがあまりにも使えなかったので一人で考えました。

(そこも考慮するのが大人だとは分かったいるのですが)

今回のテーマは

「絶妙な空気感が心地良いとき、ありますよね。硝子細工の上に乗っている時のような人間関係がなんだかくすぐったい時、あれは何て名前なのでしょう」

です!

修学旅行で考えたお話、良いな、と思ってくれた方はぜひご友人や家族の方におすすめしてみてください!(困窮)またいつかお会いしましょう。

(追記)

すいません!なんか最後の方の文が飛んじゃってたみたいで、完結しないまま出す形になってしまいました!確認しなくてすいません!これからちゃんと確認するので許して下さい。すいません。

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