3000
唐突にチーム全員が集められた月曜の会議室、その空気は張り詰めているように感じられた。
月本はノートパソコンを胸に抱えたまま席に着いた。福田が小さく手を振ってきたが、目を伏せたまま軽く頷くだけで返す。全員が座り切らないうちに桃山が前へ出た。
今日は朝から不具合修正に時間を取られていた。先週に無理を言って月本が押し込んだ変更が原因で、幸い大事にはならずに収まったが、お詫びアイテム配布の対応がまだ残っている。
昨日も、自分の変更が気になってスマホで夜遅くまでプレイしていた。一区切りついた今になって、疲れが追いついてくるようだった。
「よし、じゃあ始めるか。南社長と話してきた。このプロジェクトの今後についてだ」
大きな方針変更、もしくはそれ以上の悪いニュースを予想させる桃山の言葉の響きに、会議室がざわつくのがわかった。
「知っての通り、『イセワン』は売上という意味ではあまりうまくいっていない。だが、皆せっかくここまで頑張ってきてくれたんだ。はい中止です、という形には俺もしたくない」
まだ希望があることを察したのか、室内に安堵した空気が漂う。
「そこでだ。今やっている作業は、不具合修正を除いていったんすべて止めてくれ。今の開発計画は白紙だ」
どよめきが広がるのがわかった。
「そりゃ随分と思い切りましたね!逆に良かったんじゃないすか?さすがにこの早さで復刻イベントはヤバいと思ってましたよ、ユーザーも内情わかっちゃいますって」
新谷の軽口も、たしなめる者はいなかった。誰もが内心、ある程度は感じていたことなのかもしれない。
「三ヶ月後だ。年内最後の大型アップデート、そこで勝負する。それまで、イベントの追加や仕様の実装は一切無しだ。このゲームを土台から立て直す。今週は、そのための計画に全力で当たってもらう。みんな、協力してアイデアを出してくれ」
終わりの宣告ではないことはわかっている。だが、三ヶ月後のアップデートが上手くいかなければ、その時は……。
長井の企画を持ち込んだのは自分だ。そのゲームが、今や存続の危機にある。なんとか形になったとはいえ、今までやってきたことの結果、市場の無慈悲な審判を突きつけられた事実が、月本に突き刺さる。
「で、まずは亮太にお願いしたいことがある」
桃山が月本を見た。
「は、はい!」
予想していないタイミングで唐突に自分の名前が呼ばれる。
「これから三ヶ月何もしません、って言われてもユーザーは納得しない。理由や背景をきちんと書いたうえで、告知してもらいたいんだ」
「そんな大事な内容を、僕がですか?」
「そうだ、お前が適任だろう。文江先生もSNSで宣伝していくから、協力して当たってほしい」
桃山の信頼を感じるとともに、重みがのしかかる。ただ不具合を直しました、と知らせるのとはわけが違う。
こちらに笑顔でピースサインをしてくる福田にうまく笑い返せたかは自信がなかった。
「よし、じゃあ質問があれば答えるぞ」
桃山がそう言うと、周囲でぽつぽつと手が上がり始めた。だが月本の頭の中は、今日の修正のお詫びをどうするかでいっぱいだった。
会議が終わって自席に戻り、さっそく補填の配布作業に取りかかった。ガチャ十連分のジュエル三千。大きく息を吐いたところで、冴川が机の横に立ち止まった。
「朝から対応、お疲れ様でした」
冴川も、今日は顔色がすぐれないようだった。まぶたの下に薄く影が見て取れる。
声は低くて柔らかいが、掠れが混じっている。責める色はどこにもない。
「……ありがとうございます」
月本は画面から目を離せないまま、短く返した。
「さきほどの修正ですが、無事本番に反映されています」
「僕が、無理を言ったんです。どうしても間に合わせたくて」
冴川は頷いて、少しだけ視線を落とした。
「ミスは誰にでもあります。それだけ真剣に考えているということでしょう。ですが、肩の力を抜いてもいいのではないですか?今日は少し疲れているように見えます」
冴川の優しい言い方が、かえって胸に重くのしかかった。
「お昼、よかったら一緒にどうですか。野間さんに福田さんもいます。ゆっくり皆でアイデアを出し合いましょう。それに、こういうときは少しでも食べたほうがいい」
冴川の気遣いを感じる誘いであっても、月本はどうしても乗る気にはなれなかった。サービス中止。ドラグーンゲームズ時代のものとは全く違う、自分の半身が持っていかれるほどの恐怖、その可能性。そして、長井という男の、本当の意味での喪失。
「まず、これを片付けたいです」
月本は自分の声が硬いのを自覚しながら、続けた。
「補填を配って、それから、桃山さんに頼まれた文章もありますし」
冴川は一瞬だけ黙って、頷いた。
「わかりました。では、せめてエンジニアが誰かいる時間帯に作業してもらえればと。新谷さんも外に出てるみたいですので」
「大丈夫です。アイテム配るだけですから。すぐ終わります」
「そうですか……。使い方はわかりますね。くれぐれも無理はしないで」
冴川はそう言い残して、歩いていった。遠ざかる背中がいつもより沈んで見えたのは、気のせいではないだろう。
月本はPCに向き直ると、運用ポータルを開いた。以前に冴川が突貫で作った社内ツールだ。
本番環境、全ユーザーを選択し、配布するアイテムと個数を指定する。今までのメンテナンス後に何度も行ってきた、慣れた手順だ。
(三千ジュエルで、ガチャ十連だ)
アイテム検索の欄に文字を打ち込み、ヒットした項目を選択。数量に「3000」と入力した。
確認ダイアログのOKをクリックして「配布が完了しました」の表示を確認すると、肩の力が抜けた。
少し休むくらい、何の問題もない。三ヶ月間の更新停止を伝える文章を考えるには、さすがに疲れ過ぎている。仮眠を取ってから続きをやればいい。
(少しだけ……)
月本は机に突っ伏して、そのまま短い眠りに落ちた。
◆◆◆
「本番止めて!今すぐメンテ入って!」
怒鳴るような声がフロアに響き渡り、目が覚めた。
「誰か、早く!って、エンジニアいないの?」
月本は跳ねるように顔を上げた。一瞬、夢でも見ていたのかと錯覚する。
「メンテナンス?」
数秒遅れて、やっといま起きている現実を認識した。昼休みに仮眠を取っていたところ、直島の叫びで目を覚ましたということらしい。
月本は状況を理解しようとしたが、頭の中はまだ霧がかかったままだ。
「一体何が起きてるんですか?」
「十連ガチャチケット、三千枚、全員に配布されてる!月本さんっすよね!」
月本の背筋が冷えた。
「……え?」
「え、じゃないっすよ!俺のアカウント、本番でも三千個受け取れました!今すぐメンテ入らないと、全部終わりっす!」
ジュエル三千個だと思って配布したはずだが、直島のスマホ画面に表示されているのは別のアイテムだった。
ゲーム内のメールボックスに見えるチケットのアイコン、そして「3000」というありえない数字。
(やってしまった……)
「桃山さん!メンテ入れないと!」
振り向きながら言う直島の後ろに、ちょうどフロアに戻ってきた桃山が立っていた。
「今、エンジニアは?」
「野間さんと冴川さん、福田さんは昼っす。新谷さんも出てます」
「わかった、野間ちゃんに電話してみる」
桃山は早速スマホを取り出して、その場で発信した。
何度かの呼び出し音のあと、スピーカーモードにした桃山のスマホから、自動音声が流れた。
「繋がらないな……」
「僕もかけてみます」
月本は、震える指で冴川の番号を押した。
2人とも全く反応なしとは考えづらい。電波が届かない地下にいるかもしれない。
「パズモンチームに、メンテできる人いないか聞いてきます!」
そう言って直島が走り出した。
「あの、私は何を……」
「原さん、新谷に電話できるか。とにかくメンテ入れられるやつが必要だ」
「は、はい!」
原はスマホを取り出し、震える手で操作し始めた。
桃山は月本と原に背を向け、小走りで出入り口に向かう。
「野間ちゃんたちのとこ行ってくる。もし新谷が来たら、俺の指示を待たずに即メンテに入ってくれ。いいな」
桃山がそう言ってフロアを出ていくのを、月本はただ呆然と見送っていた。
何が起きているのかは理解した。そして、それが自分の不用意なミスが原因だということも。
「し、新谷さん……あの、今すぐ戻ってください」
新谷に電話がつながったらしく、電話口の向こうで不満を言うような声が聞こえた。原は「はい、はい、すみません」と繰り返し、通話を切った。
「今すぐ戻るみたいです」
「そっか、良かった......!」
月本がかろうじてそれだけ返すと、ちょうど直島が戻ってきた。
「誰もいないっす。エンジニアでも、チーム違うと聞かないと手順とかわからないみたいで」
歯を食いしばるように言って、直島は手元のスマホに目を落とす。
「やばいっすよ……ゲームバランス崩壊だし、これじゃあ誰も課金しなくなるし、ユーザーからの不満も大変なことになりますよ」
月本は何も言えなかった。この不具合がゲーム全体に与える影響に、今さらながら思い当たる。
既に使われてしまったアイテムは回収できない。復旧作業も楽ではないだろう。
無料で三万回分ガチャを引けてしまうとなれば、売り上げの減少だけで済む話ではない。課金したユーザーに与える悪印象は計り知れない。
しばらくして、息を切らしながら新谷がフロアに飛び込んできた。直島から状況の説明を受け、表情が歪む。
「最悪だよ!月本君、全くとんでもないことしてくれちゃったな」
こちらに視線を向けて悪態をつき、舌打ちをする。だが、その一瞬後には自分のPCに顔を向け、今やるべきことに集中していた。
新谷が操作を始めてから一分としないうちに、壁に取り付けてあるモニターがメンテナンス中表示に切り替わるのが、月本からも確認できた。
「……よし、一旦これで被害は広がらないぞ」
直島が大きく息を吐いた。最初に不具合に気づいた手前、ずっと気を張っていたのだろう。
「良かった、さすが新谷さん!とりあえず一息っすわ」
「何言ってんの、こっちの仕事はまだまだこれからよ、ログ調べて対応考えないと」
その後、野間が現れ、続いて冴川と福田も駆け足でフロアに入ってくる。
「はぁ、はぁ、も、申し訳ありません!私が昼食に地下の店を選んでしまいました!」
野間が息を弾ませながら言い、冴川とともに新谷のもとに駆け寄った。
月本はただその様子を黙って見ていた。とんでもないことをしてしまった、改めてその実感がわき上がってくる。
「ほら野間ちゃん、テイクアウトにしてもらったぞ。で、状況はどうだ?」
ビニール袋を手に桃山も到着して合流した。
「お、それは助かります桃さん!しかしこれはちゃんとした対応を考えないとまずいですね。すでに相当数のガチャが引かれています。データベースのロールバックも含めた選択肢を検討しなければなりません」
「長くなりそうか?」
「今日中に終わらせられるか、自信はありませんね」
それを聞いた桃山は少し考え込み、一回大きく手を叩くと「よし、長丁場になりそうだから、まずは腹ごしらえだ!作戦を考えるのはそれからだ」と全員に呼びかけた。
「あれ、ってことはもしかして、私は急いで戻ってこなくてもよかった感じ?」
福田の間の抜けた声と、その後に響いた彼女の腹の音に笑い声が上がり、つられて月本も少し笑った。思えば朝からずっと張り詰めていた。
「さすが!では桃さんのおごりでピザでも頼みますか」
野間が茶化すと、さらに笑いが広がった。
「予算がまだ残ってるから、それもありだな」
「マジすか!カップ麺ちょっと食べちゃいましたよ。のびちゃったけど、もったいないな。食べるか」
そう言って直島が冷めたカップ麺をかきこんでいた。
「なあ亮太、お前も何か食べとけ。朝からろくに休めてないだろ」
そう言って、桃山はビニール袋に入ったおにぎりを差し出した。テイクアウトだけでなく、別で買ってきてくれたのだろう。声をかけられた月本は、思わず反射的に謝ってしまう。
「すみません、僕のミスのせいで」
「今はいい、メンテ終了時間は未定ってだけ、SNSに投稿できるか?そしたら休んで食べて、話はそれからだ」
「じゃあ、一個だけいただきます」
確かに、月本が今焦って何かをしたところで状況が改善するわけでもない。受け取ったおにぎりを開けて食べようとしていると、突然誰かに思い切り肩を叩かれた。
「ほら、ドンマイ!いつまでもしけた顔してないの」
「わっ、文江先生!びっくりした」
「そのかわり、ピザは月本くんのおごりかな」
福田は相変わらずだ。この状況でも動じることも不満を言うこともない。
「いつも通り、なんですね」
「今、私にできることは無いみたいだからね、難しいことは野間ちゃんたちに任せとけばいいよ」
「そう言い切れるの、羨ましいですよ」
皆に迷惑をかけているのに、強く責められることもなく、ただそれを眺めている。なんて無力だ。
ならば、そもそも自分は何のためにここにいるのだろう。そして、長井ならどうしただろう――。
不安が落ち着いても、不意に浮かんだその疑問は、月本のなかで消えることはなかった。
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