エ○マンガ殺人事件~偏見探偵とある騎士(ナイト)~
「真犯人がいる」
「……え。本当に?」
私から相談しといて何だがやはり真犯人がいるらしい。
こいつに相談して正解だったかもな。
この偏見の塊である探偵はいつも刑事の私とは全く違う発想をする。常識や理屈など関係なく偏見だけで物を語り高確率で真実にたどり着く。
今日はどんな偏見を聞かせてくれるのだろうか?
この
『エ○マンガ殺人事件』
について……。
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実はこの事件は既に解決している。
犯人は成人向け漫画家『ガマンジール』こと『昌木功』35才。
被害者は同じく成人向け漫画家『ティッシュ拭き山』こと『永野衛』28才。
『永野に盗作された』と激怒した昌木が永野を包丁で殺害。
永野の妻子がいない時間に行われた犯行だった。
犯行から30分。怒りが収まった昌木は自首。
これで事件は解決……なのだが私はどうにもスッキリしない。
昌木の身辺を洗ったが評判は良くなく『まぁやりそうな奴がやったなぁ』という感じなのだが……この違和感はなんだろう?
「まず昌木は本物のドスケベだ」
探偵は昌木の物だというSNSのアカウントを見せてくれた。
あらー。これはなかなか痛い。投稿は作品を含めて性的な物ばかり。
返信は女性のみ。どれも『会いたい』『セックスをさせてくれ』と匂わしている。
昌木がある程度有名な漫画家でなければ相手にもされないな。
「昌木の作品も電子書籍で読ませてもらった。これはスケベだなぁ。本当にスケベ。真のスケベにしか描けないよ。『ドスケベ荘の管理人』は間違いなく昌木の作品だ!」
「へえ~。じゃあ永野が昌木の作品のアイデアを盗んだってのは本当って事か?」
「そうだ」
ネットの声としては『妻も子供もいるハンサムな漫画家に嫉妬したハゲた中年の嫉妬と妄想の暴走』が
圧倒的多数なのだがこの探偵の推理、いや偏見によると違う様だ。
「ドスケベ荘の管理人には12人のヒロインがいて全員主人公が好きで全員処女。そして全員主人公にそれを奪われる」
「ん~?……うーん」
成人向け漫画。いわゆるエ○マンガとはそんな物なのかも知れないが、無茶苦茶だな。
「それは永野には描けないものか?」
「無理だね。永野のSNSも見たが『一般漫画紙』に持ち込みしたとある。『ドスケベ荘の管理人』はエ○に全てを懸けた男にしか描けない!プリントアウトした!これを見ろよ!」
「誰だ?」
紙は全部で24枚。半分はドスケベ荘の管理人に出てくるヒロイン達だとしてもう半分は……あれ?ヒロイン達に似てるな。
「それはな?」
……探偵が言うにはヒロイン達のモデルになった女性達だと言う。昌木はSNSで彼女達を全員フォローしてお気に入り登録しているそうだ。少し背筋がぞわっとする話だが昌木は『自分の絵で興奮できる』らしく主人公のモデルは自分で……つまり漫画の中でこのモデルになった女性達と擬似的に結ばれていたと……それを見て自分も一人で満足していたと……悪いことではないよな。
証拠も無いし……これは探偵の偏見だしな。
「よって『出来ればエ○でなく一般紙で人気になりたい』などと考える永野にこの名作は描けない!以上!」
「だからって殺していい事にはならないだろ?」
「だーから真犯人がいるって言ったろーが!?」
ああそうだった。真犯人ね。しかし真犯人かぁ。
「ズバリ誰だよ?」
「ん?こいつだ」
探偵は写真と絵を一枚づつ机の上に置いた。これまた漫画のヒロインとそのモデルかな?
……って!こいつは!?
「うん。昌木と永野。二人の共通の担当である『青井』だ。地味顔だが巨乳。そしてしたたかだ」
「おいおい」
関係者の写真を見せたのは私だが、この青井に関してはいれるかいれまいか悩んだ程の事件には『無関係』に近い人物だ。
どうしてこの女が犯人なんだ?こうなりゃ推理。
いや、偏見をとことんまで聞かせて貰おうじゃないか。
「青井をモデルにしたこの新キャラクターと主人公は結ばれていない。そしてこのキャラクターは『処女』じゃないんだよ。青井は30才か。昌木もその年齢の女が処女の可能性はほぼない事は知っていただろう。それでも彼女を出した。ドスケベ荘の管理人は練りに練られた作品だ。ここで新キャラはおかしい!調べたが青井が昌木の担当になった時期とこのキャラクターの登場時期は同じだ」
「……なんの話だよ?」
昌木が現実にいる人間を漫画に出して疑似恋愛を楽しむのは分かったが、それで何故青井が犯人なんだよ。
モデルが犯人なら容疑者は13人全員って事にならないか?
「俺は昌木を気に入った。俺はこいつ好きだよ。読んでみろ」
私はそれから何時間かかけて昌木の過去作品を読まされた。
普段成人向け漫画など読まないので少し戸惑ったが、書類だと思って淡々と読みきった。
「わかったか?」
「わからん」
「堅物がよ!」
探偵いわく『全ての作品の共通点』として『主人公と結ばれないキャラクターが一人いる』らしい。
そしてその一人は『昌木が本当に恋した女』であり、昌木は疑似恋愛を楽しむが『本当に好きな人をモデルにしたキャラクター』を汚すような事はしない。
探偵はSNSから導き出した昌木が恋した女性の写真を見せてくれた。
昌木もその女性達に対しては卑猥なリプをせず、紳士的だった。
悩む女性達に時に大金を無利子で貸したり、就職先を口利きしたり弁護士を紹介したりと献身的でしかも見返りは一切求めていない。
「……何だが可哀想な奴だな」
『昌木が惚れた女』達は全員昌木を利用するだけ利用して昌木を悪く言いブロック。垢消し、カップルアカウントの作成をしている。
つまり昌木はネットで何回も酷いフラれ方をしている。
それでも昌木は彼女達の愚痴一つ言わずスケベな呟きをしている。
「引きこもり漫画家なんて毒牙一発だったろーな」
「昌木は恋した女には献身的。わかったぞ?つまりお前は青井が永野を殺して昌木が身代わりになったと言いたいんだな?」
「……動機は知らねーけどな。悲しい騎士だよ」
「昌木が永野を殺す動機はあるんだぞ?盗作されたんだろ?」
「分かってねーな。偏見が足りないな。昌木はエロマンガが心底好きなんだ。人を殺したら漫画を描けなくなる。どれだけ怒り狂ったとしても人は殺さない。ましてや手を傷つけるかもしれない刃物なんて使うか?」
「あー」
私の違和感の正体が分かった。それだ。私が見た昌木は苦しんでいた。
人を殺した後悔でなく『エ○マンガを描けない事』を。
そうだな。『自分の仕事が心から好きな人間』は人を殺さないんだ。おっと。これは私の偏見か。
探偵の偏見が移った。
「昌木は人を殺さない。殺さないが彼は恋した女の頼みは断れない。だから……」
「青井が犯人……か」
「もちろん全部俺の偏見だ。後はお前らが勝手にやれ。責任ももちろん取らん。俺は今宵はエロマンガを読み漁る。帰れ。一人になりたい」
ああもうこんな時間か。
一人になってナニをするんだなどと下品な冗談は言わず私は彼の事務所を後にした。
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事件は私が口を挟む事もなく解決に向かいだした。
昌木が吐いたのだ。
彼の漫画愛は青井への恋を上回った。
青井と永野は不倫関係にあり漫画のネタを永野に流したのも青井だった。永野の妻子がいない時間を狙うのも昌木からアイデアを聞き出すのも簡単だったろう。昌木は恋する騎士だったのだから。
しかし自分の担当漫画家に身代わり出頭させるかね? 恐ろしい女だ。
私は今日もあの探偵の元に向かっている。
またまたある事件が起きた。
是非とも探偵の推理……いや偏見を聞きたい。
私は彼の事務所の扉をノックした。