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4.

 最近、エルはせわしなく動き回っている。

 王子と結婚してからというもの以前のように気軽には会えないが、それでも今までなら2~3日に一度くらいは会えた。けれど今はいつルナが彼女の元を訪れてもどこか忙しそうで、話をしていても心ここに在らずと言わんばかりに空を見つめていることが度々あった。そんな姉の姿を見る度に、いつか身体を壊してしまわないかとルナは心配でたまらなくなった。なにせルナの父グレン、母エルナはともに病気で亡くなっているのだ。その影響かルナの兄カーティスも姉のエルも、ルナのことをよく心配するが、二人とも自分のことにはあまり関心がなかった。

 先日風邪で倒れたカーティスも倒れる寸前まで仕事をしていたと聞いた時、エルは呆れて兄をベッドに押し込んでいた。そして無茶はするなと叱ったらしいが、今度ベッドに入るのはエルになるのではないかとルナは心配でたまらなかった。

 風邪で倒れてもなお仕事を続けようとしたカーティス同様、休んでほしいなんて言ってもエルはきっと休みはしないだろう。『心配しないで』といつも通り、ルナに優しい笑顔を見せるだけ。だから、ルナはチェリータルトを焼いた。チェリータルトはエルが大好きなお菓子だ。特にルナの焼いたチェリータルトがお気に入りで、彼女の前にタルトを出せば必ず『ルナの作るチェリータルトは国で一番だわ!』と褒めてくれるのだ。

 だからルナはタルトを姉の元に持っていって、一緒にお茶をしようと考えた。忙しいのかもしれないが、それでも少しでも休むキッカケになれば……と。

 そして、ルナは以前エルにもらったお気に入りの籠に焼きたてのチェリータルトを入れて城へ向かった。

「ルナ様、こんにちは」

「こんにちは、門番さん」

 城には厳重な警備がある。出入りする人たちや持ち込まれていくもの、全て検査したうえで入城を許可されてやっと足を踏み入れることが出来る。それは城に不審物や不審者が入らないようにするための、この国だけではなく他の国の城でも行われているようなごく当たり前のことである。だがルナはいつも城の前にいる、大きな槍を背負った青年に馬車から顔をひょっこりと出して挨拶をすれば難なく通してもらうことが出来る。

 それはルナが頻繁にエルの元を訪れ、何度も何度も門番と顔を合わせているうちに門番が彼女の顔を覚えてくれたからだった。

 それでも持ち物の検査すら行われないため、一度ルナは彼に尋ねてみたことがある。

「検査、しなくてもいいのですか?」

 すると門番は不思議そうに首をかしげてからおかしなことを言うものだと笑った。

「だってルナ様は危ないものなんて持ち込まないでしょう?」

 あまりにもあっけらんかんと言い切るもので、思わずルナは目を丸く見開いて彼を凝視してしまった。すると彼は真面目な顔に切り替えて、こう付け足した。

「エル様が危ないものなどルナ様に持たせるわけがありませんから」

 まるで当たり前のことだとでも言うように。

 それからルナは他の人たちとは違い、アポイントなしでも城に出入りすることができるようになった。今回だって門番の青年はルナの顔を確認した後に腰につけている鍵で大きな門を開けた。そして門を開くと青年は鼻をヒクつかせて、少し止まってから口を開く。

「今日のお菓子はタルト、ですか?」

 持ち物検査をしなくなってからというもの、ルナが城にお菓子を持ち込もうとすれば青年は毎回その日のお菓子を当てて見せる。それは厳重な検査を受けている他の人たちの隣を申し訳なさそうな顔で過ぎていくルナへの気遣いだった。少し変わっているその気遣いに初めは動じていたルナも、早く早くと答えを急かす青年の顔を何度も見ているうちにこのやり取りを楽しく感じるようになっていた。それに今のところ青年がルナの持ってきたお菓子を外したことなど一度もない。だからルナはこの記録がいつまで続くのか、お菓子を持って入るときの楽しみになっていた。

「ええ、今日はチェリータルトです。もしよろしかったら門番さんもおひとついかがですか?」

「え?」

 ルナがいつも通りに答えを告げた後、籠から一つだけ個別に包んであるタルトを取り出して馬車の窓から差し出した。これはエルと一緒に食べるために作ったものとは別に作った、一人分くらいの大きさのもの。

「形はあんまりきれいじゃないですけど……」

 シェフに聞いても作りたい大きさの型はなかった。だからルナが自分で成形したものである。だから形はお世辞にも綺麗、とは言いづらいものだった。けれど味には自信があった。エルとカーティス、それに使用人と身内びいきが入った意見ばかりではあるが好評であった。その上、ルナが今まで一番多く焼いたお菓子でもある。だからこそこうしていつもお世話になっている青年に渡そうと思ったのだ。

「……いいんですか?」

「お嫌いじゃなかったら、もらってくれると、嬉しいのですが……」

 エルへお菓子を持っていくたびに当ててしまう青年はきっと甘いものが好きなのだろう。だからいつか渡せるタイミングがあれば、お礼はお菓子でと決めていた。優しい彼ならきっと受け取ってくれると分かっていても、緊張はするものだ。無事受け取ってもらえたことにルナはホッとして肩の力が抜けるのを感じた。思えば家族以外に贈り物をするのは初めてのことだ。

「うれ、し、い……です」

 門番は鍵を持つのと違う手で顔を半分覆って、今にもこぼれそうな涙をこらえているようだった。そんな彼の姿に、ルナは喜んでもらえて良かったわと思いつつも、1つだけ欲張りな言葉を漏らす。

「あの……もし。もし、迷惑じゃなかったらまた今度もお菓子、差し入れてもいいですか?」

「!? もちろんです!」

 青年が大きな声を出すと隣で控えていた門番は肩をビクッと揺らし目を大きく見開いて青年とルナのいる方を見た。きっと青年がこんなに大きな声を出すことなどまれなのだろう。ルナの中で嬉しさはますます膨らんでいく。

「何かお好きなはありますか?」

「あなたの作るものならなんだって嬉しいです。それを意見するなんて……」

「渡すなら喜んでもらえるものを渡したいのです」

 少しだけ意地悪に言えば青年は恥ずかしそうに、小さな声で呟くように言った。

「では……ハニークッキーを」

「ハニークッキー……ですか」

「はい。幼いころはよく作ってもらってて……今でも好物なんです」

 青年は頬をポリポリと掻きながら昔を懐かしむようにしては、少しだけ寂しそうな表情を見せた。ルナはそんな青年の姿を見て、今度来るときは彼に美味しいと言ってもらえるような、喜んでもらえるようなクッキーを作ってこようと心に決めたのだった。

「エル様の元へ行くのですよね? 少しお待ちいただけますか? 誰か呼んできますので」

 青年は手のひらで目を何度かこすってから案内役を探すためにルナの前を去ろうとした。だがルナが周りを見渡すとみんな忙しそうで、頼めるような雰囲気ではなかった。

 そんな光景にルナは連絡もなくエルに会いに来てしまったことを少し申し訳なくなった。お姉様はいつでもと言ってくれてはいるものの、忙しいときくらいは遠慮すべきだった、と。そして彼女は立ち去ろうとする青年のコートの裾を少しだけ引っ張って足を止めさせた。

「いいですよ。道順なら覚えていますから」

「ですが……」

「お姉様を驚かせたいの」

 ルナはタルトの入った籠を青年に見えるように掲げた。

「そうですか……」

 別にルナだってエルを驚かせたいわけではない。けれど自分が来ると知ったら気を使ってしまうだろう。休んでほしくて訪れたというのに、そんなことになったら本末転倒だ。青年にも言った通り、ルナは何度も訪れたエルの部屋への道順は頭に入っていた。他の部屋に行くとなると少し怪しいところもあるが、寄り道をする予定はない。となれば忙しい彼らの仕事を邪魔してまで案内を頼むこともない。大丈夫だから、と後押しすれば青年はそうですか……と頷いてくれる。


「行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」

 青年にぺこりとお辞儀をしてルナの乗る、クロード家の馬車は城へ入っていった。彼はルナが去った後もその車体が見えなくなるまでずっと見送ったのだった。


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