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34.

 突然ドアが開くような音が聞こえると続いてルナとカイルのいる方向へ近づく足音が小さな小屋に響く。ルナはカイルからゆっくりと離れ、そして彼も同じくそうした。そして落ち着かせるようにルナの頭を撫でた。

「タルト、絶品なんですよ」

「楽しみです」

  エイの帰宅により、お茶会の時間へと突入しようとした2人の視界に入ってきたのはエイだけではなかった。黄色いバラの花束の頭だけだした、ルナが数日前に渡した籠を手にするルーカスもまたそこに佇んでいたのである。

「ただいま。ビー、カッツェ、迷ってた宰相さん拾ってきた」

 机の上にケーキの箱を置いて、増えたお客さんのためにとエイはキッチンへと入り、お茶を用意し始める。カイルは初めこそ驚いていたものの、それは一瞬のことでルーカスのために席を譲る。ルナはといえば……固まっていた。 まさかこんなに早く再会するとは思っていなかったのだ。心の準備など完璧ではない。むしろ動揺によって固まりかけていた意思は再び瓦解寸前になっていた。

「なに、している」

  明らかなる怒りを向けてルーカスはカイルに向けて言い放った。だがカイルは動じずにエイが購入してきたケーキを包丁で切り分ける。

「なにしているか聞いているんだ、答えろカイル」

 「なに、と言いますと?」

  なぜ怒りを向けられなければいけないのかわからないと言ったようにようやくルーカスの方へと視線を向けたカイルは首を右に傾けた。

「ルナは私の妻だとわかっての行為か!」

 「はい」

  怒りが収まることを知らないルーカスにあくまでカイルは淡々と返す。

「知っていて、ルナを誘拐したというのか!」

 「誘拐はしていません。保護です。すでにエル様とカーティス様には連絡済みですし、あなたにも送られてきたでしょう?」

 「連絡とはあのふざけた手紙のことか!」

 「はい。読んだからあなたは今ここに、花束を持ちながらいるのでしょう?」

 「それは……」

 「おおよそその籠にはもう一つの持参品があるのでしょう? でも少しだけ遅かったですね」

 「何?」

 「つい先ほど、彼女は俺と生きることに決めました。あなたほどではないですけど、騎士の仕事というのも結構給金がいいですから、しばらくは2人でお金の心配もなく暮らしていけそうです」

 「ルナは私の妻だぞ?」

「今はまだ……でしょう? その花束一つと彼女の直筆のサイン、そしてランドール家当主、カーティス=ランドールのサインがあれば晴れて離縁は成立します。せいぜいかかって一ヶ月といったところでしょうか? 確定し次第、俺と彼女はこの国を去ろうと思います。どうかあなたは次の奥様と幸せになさってください」「そんなふざけたことが成立するとでも思っているのか!」

「その花束の意味をご存じないのですか? その花束は相手に離縁を乞うことを意味しています。花屋自体は小さいですが、認知度は抜群に良くて、大抵の者がその意味を知っています。だからあなたが離縁を願ったという証拠として十分に役立つのですよ」

「そんなこと……」

「知らなかったとでもいうおつもりですか? 天下の宰相様が?」

  ルナに勇気をくれたカイルは躊躇なくルーカスを苦しめて行く。気持ちを伝えろと言った口で、ルナの出番がないほどにルーカスを責め立てる。

 いつも通りの表情で、ただ事実を伝えるように。

  「……知らなかった、んだ。知っていたら贈るはずがない。俺はただルナに帰ってきてほしくて……」

「ではそのアクセサリーは何でしょう? 慰謝料代わりのものじゃないんですか?」

 「これはその……誕生日に渡そうとして、渡せなかったもので……」

 次第に縮こまってしまうルーカスを横目にカイルはルナの耳元でそっと囁いた。

 「さぁカッツェ、出番ですよ?」

 そっと離れた彼は口の端に指を当てて、声には出さずに『ガンバレ』と応援する。

 ここまでしてくれたのはルーカスを前に固まってしまったルナへの、彼なりのエールのようなものなのだろう。 ルナも彼がここまでしてくれたお膳をひっくり返すような真似はしない。固くなってしまった足を動かして、そしてルーカスのもとへと歩み寄る。

「ルーカス様、よろしければその花束をいただけますか?」

 「……俺は君と離縁をする気などない」

「私もありません。ただ……ルーカス様からの贈り物を頂きたいのです」

 「あ、ああ」

 ルナの手に再び渡った花束はやはり白のリボンに赤字で刻印されている、あの日受け取ったものと全く同じものだった。だが今のルナにとってはあの日の花束と違う意味を持つ。 例えこの花束にどんな逸話があろうとも、これは、ルーカスからの貰ったこの花束だけはルナにとって大切な、宝物となるのだ。

「ルナ……帰ってきてくれないか?」

「ええ、もちろんです」

   ルナはカイルとエイに、家族に見守られながら、幸せを噛み締める。 きっとマーガレットやエルナもそうであったのだろうと思いながら、繋がった手に視線を注いだ。

 するとその場に似つかわしくない、乱暴な音がやってくる。

  「カッツェ! ここにいたのか」

 ドアを壊すようにして小屋へと侵入を果たしたのはヒューイだ。どうやらいなくなったルナを探してくれていたらしい。首に巻かれた包帯は急いでいたせいか緩んでしまっている。

「遅かったですね」

「コニーが抜けた穴はデカイんだよ! ったく老体を労れ!」

「ヒューイはまだまだ現役でしょう?」

 「おぅ? 言ってくれるじゃねえか……。久しぶりに一戦交えるか? とまぁ今はそんなことより……カッツェ」

「は、はい!」

  一通り戯れたような会話をしたヒューイはルナの元へとズンズンと突き進む。わずか数センチといったところでやっと止まると一気に顔を近づける。それには数日で慣れたはずのルナのビクッと身体を震わせてしまう。

「約束、破ったな」

 「……すみません」

 「こんなに怪我までして」

「……」

 「約束を破ったからにはもちろん罰則がある。罰則は一つ、俺たちの言うことをなんでも聞くんだ」

 「……はい」

 何を言われるのかとビクビクしているとゆっくりとその判決は降り立った。

「俺たちに誕生日を祝われろ」

 「……え?」

  ルナは耳を疑った。なぜならそれはとても優しい罰則だからだ。数日前に祝われることなく、また一つ歳をとったルナへ対する思いやりといってもいいだろう。

「それが俺たち、あの屋敷にいるやつらの総意だ。日時は3日後、ブルックとルーシィを使いにやるから絶対に参加すること。いいな?」

 「ちょっと待て、何を勝手に決めて……」

  3本の指を立てながらそう宣言すると、状態をよく理解できていないルーカスがヒューイに詰め寄った。だがヒューイはそんなことに屈するような男ではない。

「勝手だと!? 嫁にやったとはいえ、カッツェは元を正せばウチの娘だ。娘の誕生日を家族が祝って何が悪い?」

「堂々と嘘をつくな! ルナはランドール家の娘だろう!」

「ランドール家の娘でもあるから、エル嬢とカーティス坊はちゃんと招待してあるから問題ない。宰相様はお城で難しいこと書かれた紙束とでも睨めっこしてるといいさ」

 あの時の、ドアを閉めて部屋に入れなくしたのと同じ表情で、ヒューイはいくばくか自分より背の低いルーカスをからかった。そしてカイルもまた楽しそうにそれに便乗する。

「ルーカス様もお誘いしようと思ったのですが、有給はまだまだ残っているものの、処理待ちの書類もまだまだ残っているということで休みをもぎ取るのは困難だそうです」

 「カイル、お前いつの間にそんな……」

「みんな揃っていた方が喜ぶかと思ったのですが、仕事なら仕方ありませんよね」

 「……書類を処理し終えればいいんだな?」

 「ええ。ここ数日、全く機能しなかったルーカス様の処理能力をフル稼働させれば特に問題なく有給は獲得できると思いますよ?」

 「やってやる!」

 「はい、頑張ってください」

 カイルはさすがルーカスと共に働いているだけあって、やる気にさせるのが上手い。

(この一年同じ屋根の下で暮らしている私よりもずっとカイルの方がルーカス様のことを知っているんじゃないかしら?)

 ルナは少しだけカイルに嫉妬してしまったのだった。



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