☆1.ルーカスside
ルナと別れ、馬車に乗ったルーカスに襲い来るのはいつだって自己嫌悪だ。
ルナはよく出来た妻である。
毎朝言いつけ通りの時刻にルーカスを起こし、一緒にご飯を食べ、出勤を見送って、帰宅した際には出迎えてくれる。寝室は別で初夜は一緒に迎えることは出来なかったが、それでも同じ屋根の下で夫婦として暮らしてくれている。
それだけでも十分幸せだ。いや、正確には幸せだったと言うべきか。
ルーカスはそれ以上を望んでいるのだ。
なんと欲深いことだろうと思いつつも、手を伸ばしたいという気持ちは日に日に大きくなっていく。
ルーカスは当初、ルナの姉、エルと結婚する予定だった。貴族によくある政略結婚というものだ。それ自体には文句はなかった。
けれどルーカスにもエルにも他に好きな人がいた。
ルーカスはルナを、エルは第4王子のことを愛していたのだ。だがルーカスとルナ、エルと王子との関係とは明確に違うところがある。それはエルと王子は愛し合っているということだ。
だからルーカスはエルと王子達と話し合ってとある計画を立てた。
ルーカスとエルが婚約破棄をして、エルと王子が結ばれる計画を。
ルーカスはエルたちの計画を手助けする代わりに、ルナを手に入れるための計画をエルに協力してもらうことで話はまとまった。
まず初めに、エルと王子が結ばれるための計画を実行した。
重役が多くいる場で、宰相であるルーカスが王子に将来の相手探しをしてみてはいかがですかと助言をする。病弱でずっと相手がいなかった王子が将来の相手を探すとなれば誰もが反対などしないことは想像に容易い。何せ誰もが自分の娘を妻に、と王子妃の座を狙っているのだ。周りの貴族達にも背中を押される形となり、その助言を受け入れた王子がお茶会を開くことを宣言する。
そして王子は婚約者がいないご令嬢あてにお茶会の招待状を送った。
もちろん、ルナにも。
この時、ルナは高熱を出していてお茶会に出席できないということはエルからの情報で把握していた。彼女がお茶会に来られないと知っていてわざと招待状を送った。王家からの招待を無下にはできないから代役が立てられるであろうことと、その代役がルナの姉であるエルであることを知っていたからだ。
お茶会の日、エルと王子は誰から見ても幸せそうだっただろう。
そしてお茶会が終わった後、王子は王様に告げた。
あの少女を妻にしたいと。
エルが私の婚約者であることを知っている王様は何度も考え直すように言った。だが、王子は諦めずに何度も王様に頼み込み、やっとエルを手に入れることができた。
――それも全部、3人の計画通りだった。
「遅くなってごめん」
「本当にギリギリだったわ。あと少し遅かったら、私とルーカスが結婚しちゃうところだったじゃない」
「改めて言うよ。エル、僕と結婚してください」
「よろこんで」
エルも王子もとても幸せそうだった。
「二人ともお幸せに」
「お幸せに、じゃないだろ。次はルーカス、君の番だよ」
「そうよ。ルナのこと手に入れるんでしょ?」
「そのつもりです」
こうして2人の成功を見届けた後、ルーカスはルナを手に入れる計画を実行した。それは計画というほど立派なものではない。エルの結婚式の後に、エルに協力してもらってルナに会う。
そのあとは全てアドリブだ。
ルーカスにとって、どの国と交渉することよりもルナを手に入れることのほうが難しいことだ。緊張しすぎてエルの結婚式に出ることさえ忘れていた。だがわざわざ足を運ばずともあの2人が幸せになることなんて目に見えている。確認する必要さえもないのだ。
一度、城内へと戻ってきたエルはそんなルーカスに呆れたような視線を寄越す。
「あんた本当に昔からルナのことになると全然だめね」
「惚れた女の前じゃ男なんてこんなもんだよ」
「そうかしら」
「そうだよ。ルーカス、頑張ってくるんだよ」
「はい、行ってまいります」
2人なりの激励を受け、ルーカスは式場の端の方で1人たたずむルナの姿を捉えた。イメージトレーニングは何度も繰り返した。後は上手くやるだけだ。拳を握りしめ、己を鼓舞して彼女の元へと一歩踏み出す。するとルナ方からルーカスの方へと歩み寄ってくる。これは想定外だったが、伝える言葉に変わりはない。まっすぐと彼女を見据え、言葉を待つ。するとルナの口から発されたその言葉は想像していたどれとも違う言葉だった。
「ルーカス様、姉の代わりに私と結婚してはいただけないでしょうか。長女ではありませんが、私もれっきとしたランドール家の娘。当家とのつながりならば私と結婚したとしても得られます」
ルーカスはひどく混乱した。
それではルナの思いはどうなるのだろう――と。
「しかし……」
「ルーカス様がランドール家とのつながりを得たいのと同様に当家もあなたとのつながりが欲しいのです」
彼女は家のために自分を犠牲にするというのか。
「……」
「お考えになっていただけないでしょうか」
その言葉にようやく彼女はランドール家のために自分を捨てるというのだと理解してしまった。
彼女の思いはそこにはない。
ルーカスと結婚したいのではなく、家のためにつながりが欲しいのだという。
それに頷いてしまえば、虚しくなってしまうことくらい分かっていた。
「わかりました。互いの家のためにあなたと結婚しましょう」
分かっていても、ルーカスはルナの考えを利用した。
彼女を手に入れるための方法を、それ以外思いつかなかったのだ。
そこから半年が経ってルーカスとルナは結婚した。
ルーカスはルナと結婚することを考えて選んだタキシードを、ルナはエルが彼女に似合うようにと選んでいたウエディングドレスを身にまとい結婚式を挙げた。
もしあの時に戻れると言われたら、ルーカスは力強く首を縦に振るだろう。
そしてルナが口を開くよりも早く己の想いを全て打ち明ける。
どんなに恥ずかしくとも、一年以上馬車の中で、そして1人寂しくベッドの中であの日のことを後悔し続けるよりもずっとマシである。
今日だって結婚記念日であることは分かっていて、さらに言えば王子とエルから結婚記念日くらいは早く帰れと釘を刺されていたのにも関わらず、こうしていつもの時刻に着くように馬車を走らせている。
ルーカスは自分だけはしゃいで、身代わりとしてやってきたルナに迷惑をかけてしまうのではないかと、拒絶されるのではないかと怖くてたまらないのだ。