28.
木々の合間からほんの少し光が入るだけの暗い森の中で一人、ルナは立っていた。身を包む服はボロボロで、いたるところが裂けてしまっている。なぜいきなりこんな場所にいるのか……。それは夢だからだろうとルナはすぐに結論づける。
夢でもなければ今にも泣き出してしまいそうだったから、夢だ、夢だと必死に言い聞かせる。けれどやはりルナの中に確かにある恐怖は未だに闇に紛れて身を潜めていた。
周りは木ばかりで舗装された道はない。何処に進むのが正解かもわからず、近くには誰もいない。
そんな中一つだけ声がしたのだ。
「カッツェ」
ルナの名前を呼ぶ声だ。
「誰?」
けれどそれは遠すぎて、ルナの声は相手には届かない。だから相手は呼び続ける。
「カッツェ」
黒い影が木の間から遠くに見えた。その陰はルナを探してさまよっているように見えた。ルナはその陰に必死で手を伸ばした。顔も見えない誰かに助けを求めたのだ。
「ねぇ、誰なの? 待って、行かないで」
ルナの声はやはり相手に届かない。必死で手を伸ばしても黒い影は遠ざかっていくばかり。
「カッツェ」
そう呼びながら、呼んでおきながら声の主はルナの元を離れて行ってしまうのだ。
「待って……待ってよ。一人は、嫌なの」
そしてルナは一人、何もない空を掴んだ。
視界に入った手はすっかり見慣れた天井へと伸びていた。当然手の中には何もない。そしてルナを呼ぶ声も人もいない。この部屋にはルナしかいない。
「……夢……」
声に出して、それが夢であったことを頭に覚えこませる。
あれは現実などではないのだ――と。
ケモノが沢山いると初日にヒューイから聞かされた森は、ルナの夢のそれとよく似ていた。広葉樹で構成され、手入れをされていないように見える森は進めば進むほど外の光を通さなくなることだろう。
最近あの森を見たから、だから夢に出てきたのだ。
そう思い込ませないと身体が震え出しそうだった。正夢なんてそうそう見るものではない。だが望まぬとも見てしまうこともある。例えルナが占術師のように特殊な何かを持っていなくとも、近い未来に起こる出来事を予見しているということもあり得るのだ。
あれからずっと眠りについていたのか外はいつの間にかすっかり暗くなっていた。本来ならば今こそ寝る時間だ。けれどもう朝からたっぷりと寝たルナはこれ以上寝られる気がしなかった。
そんな時思い出したのは、二冊の本だった。ミレーに勧められた本と取り上げられた図鑑だ。布団を退けて、場所を知ったる二冊の本を本棚から取り出す。そしてこの数日ですっかりルナの定位置となった椅子へと腰を下ろし、目の前の机に二冊の本を重ねて置く。
初めは感想を求められているミレーオススメの本に手を伸ばす。
合皮の皮で包まれた表紙をめくり、そしてそれに続いて紙をめくる。一ページ、また一ページと進むたびに話の中へと誘われていった。だがその本一冊を読み終わってもルナの気持ちを落ち着かせることはなかった。
ミレーに勧められた本は魔法使いが幽閉された女の子を助け出す話だったのだが、その本は一冊では完結しなかったのだ。ルナの中で女の子はまだ魔法使いに会ったばかりで牢屋のような塔からは脱出できていない。時が止まったままなのだ。
ルナはどうしても女の子と魔法使いがどうなるのか知りたくなってすぐにその本があった場所へと足を進めた。……けれどその話の続きはなかった。
どうやらその話はシリーズものらしく、3.4.5.6とタイトルのほとんどが同じ本が並んでいるのにどうしてか2と刻まれた本だけがなかった。
以前に読んだ人が仕舞う場所を間違えてしまったのかと思い、その本がしまってあった場所の辺りを目で追ってみたもののやはり2と刻まれた背表紙だけが見つからなかった。だからといって2を抜かして3を読むなんてこともできない。一つ一つ本棚の全ての本の背表紙を目で追っていく、というのも一つの手ではあるが一面が本ばかりのこの部屋で、それは途方も無い行動のように思えた。となればやはり本を薦めた張本人ミレーに聞くのが一番いい手だろう。なにせ彼女はこの膨大な本の中からピタリとその本を見つけてみせたのだから。
そうと決まればルナは本を探すことを辞め、翌朝に備えて眠りにつくことにした。未だにルナの元へ睡魔はやってはこないけれど、それでもベッドに入って入ればそのうちやって来るだろう。




