25.
「ほら出来たぞ」
皆で抜き型を選んでいる間、黙々と生地作りに勤しんでいたブルックがそう言葉をかける。すると生地はテーブルの上いっぱいに伸ばされ、6等分の線が入ったクッキー生地が鎮座していた。
「ここ、私のところです」
「じゃあ、俺はここか」
「私はここで。コニー、あんたはここね」
「なんか俺のとこ狭くねぇか?」
「どこも均等だ」
「そうか?」
「カッツェはここでいいか?」
「あ、はい」
6つの四角のそれぞれを自分たちの場所と決めると、各々が選んだ型を生地に押し付けた。
一面型を抜いてはブルックに声をかけ、また平らにしてもらう。そしてまた型を抜いて行く。
「ふふふ」
ブルックに生地を平らにしてもらっているルーシィは楽しそうに笑った。するとヒューイの手も止まる。
「どうしたルーシィ」
「みんなでクッキー作りはやっぱり楽しいですね」
「……そうだな」
「今年はカッツェもいるからかしら? いつもより楽しいわ」
「ずっと、ずっと居てくれればいいのに……」
「ルーシィ……」
「カッツェ、来年も、そのまた来年も一緒に作りましょう? ……ずうっとここに居てください」
「それは……」
この屋敷にずっといること、それはルナとヒューイの賭けでルナの予想が的中することでもあり、ルナが無価値だという証明にもなる。
「こいつは時期が来れば帰るんだ。いいな、ルーシィ」
「……はい」
ずーんと寂しそうなルーシィは再び型を手に取る。ルーシィが選んだのはシンプルにも丸い型で、ポツポツと穴を開けて行く。その姿を励ましてあげたかったが、こればかりはルナにはどうしようも出来なかった。
ヒューイの言葉がルーシィがこんなにも落ち込む原因となったことには変わりはない。だがそれと同時に彼は三人のうちの誰かがルナを迎えに来ることを信じて疑っていないとわかってしまったからだ。
ルナは自分に自信がない。
(強くもなければ賢くもない。美しくもないければ血の繋がりも地位も……何もない)
だからこそヒューイの言葉を頭の中で何度も彼の考えを否定する。けれどその反面、それがヒューイの嘘偽りのない考えなのだと知っては嬉しくなってしまう。
ヒューイだけはルナの価値を声に出しては肯定する。いや、彼だけではない。この屋敷のもの全員が……。
だがその度にルナは不安にもなる。
ヒューイがルナを無価値ではないと信じている間だけ、彼らはルナを肯定してくれるのではないかと。
ルナの手の中の型が、顔さえないネコがケラケラと笑う。
お前に価値などないのだと。
お前は死に神なのだと。
一匹、また一匹と型を抜くたびに増えて行くネコたちはルナを嗤う。
この関係は偽りだと。
お前は代替品なのだと。
嗤って、嘲って――。
「カッツェ?」
目を背けても言葉として存在するネコはルナを逃してはくれない。手からすり抜けた抜き型は、ケラケラと笑う一匹のネコの上へと落ちた。ちょうど身体の半分辺りに跡をつけられたネコはルナを笑うことをやめ、どこかへ消えていってしまった。そのネコだけではない。他のネコたちも、もうルナを嗤うものはそこにはいなかった。
「カッツェ?」
5人ともがルナの顔を心配そうに見つめる。そこでやっとルナを嗤うネコなんて初めからいなかったのだと我に帰る。これはクッキーだ。そして落としたのは抜き型で、嗤うネコなんて産まれて来るはずがない。
「すみません。手が滑ってしまって……」
ルナはそう咄嗟に言い訳をした。けれどネコが消えてもまだなおネコの放った言葉はルナの頭を駆け巡る。まるで居なくなってしまったネコはルナの頭の中に入り込んでいったようだった。
ニャーニャーと可愛い顔で近づいて、そして口をニンマリと上げてルナを否定する。
お前は無価値なのだと。
いくら追い払っても何度も何度も擦り寄ってきてはまた繰り返すのだ。
震える手で人肌に触れて温くなった金属の型を取る。ネコの型を手に食い込んでしまわぬように、再び落としてしまわないようにと気を付けながら。
クッキーはもう何度も作っていた。その中にはもちろん、ハニークッキーもあれば、型抜きをしてから焼くこともあった。だからこれもそれと同じなのだと言い聞かせる。ゆっくりと金属を卵の色で染め上げられた生地へと突き立て、そして外した。
完成したのは物を言わない、ニタァと嗤う口はおろか顔さえない、ネコのシルエットだった。
「型に抜いた生地はここに並べておいてくれ。後で順番に焼くから」
ルナはあれからずっとヒューイから渡されたネコの型をひたすらに生地に押し付けて行った。何もルナは初めからネコだけを作るつもりではなかった。他の5人が手元に避けたものは除いてもまだまだ抜き型の種類はあったし、いつも作るときは四角や丸ばかりだったからせっかくの機会だし他の形にも手を伸ばしてみたいと思っていたのだ。だが、結果としてルナが作ったのはネコの型のみだ。
「なんだ、全部ネコにしたのか」
ルーシィの前から頭を突き出して、ルナの手元を覗き込んだヒューイはそう言ったのだ。ただ視界に入ったままに事実を告げた。だがそう言われるまでルナの頭からは他の型もあったのだと、あのネコから逃げる手段はあったのだと気づかなかった。手元にはいくつかの型があったのにも関わらず、そのどれにも手をつけることはなかった。……冷静ではなかったのだ。
たくさんのネコたちを天板の上に乗せ、ブルックに引き渡す。
一仕事終えたと部屋に帰るものがほとんどの中、ルナは焼かれていくクッキーを眺めていた。
「暇じゃないか?」
そう何度も尋ねられたがやはりルナがオーブンの前から退くことはなかった。焼きあがったネコは美味しそうなキツネ色になっていた。天板の上にのった彼らを手を膝に置きながらじっと眺める。嗤わなくなったネコ。だが可愛らしいとは思えなかった。
一つ手に乗せるとそれはまだ焼きたてで熱かった。ふーふーと息を吹きかけてから食べると口にはハチミツの甘い香りが広がって、嫌な気持ちが少しだけ吹き飛んだ。
昼過ぎから始めたのだが、その量はとても多く、今では食堂はハニークッキーの甘さと夕食の香ばしい香りが混ざり合って何とも言えない香りが充満していた。それにあえて名前をつけるならば『この屋敷らしい香り』だろうか。屋敷の住民を包み込むその香りは優しいものであることだけは確かなのだから。




