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3.

 ルーカスはエルのことを愛している――それはルーカスに長い間恋い焦がれていたルナは嫌というほどにわかっていた。

 初めはほとんど変わらなかった表情がここ数年で和らいでいた。

 特にこの1年、ルナと話すときは若干こわばっている顔もエルと話すときは優しい表情をしていたのを彼女は間近で見ていたのだ。

 ある日は隣で、またある日は遠くから話しかけることもできずにただ眺めて。


 ルーカスは宰相という仕事柄、王族である王子とその妻となるエルの結婚式には参加しなければならなかった。だがその結婚式でルナがルーカスの姿を見かけることはなかった。たとえ相手が王子だとしても、それが宰相という役を持つ者の仕事の一環だとしても、愛している人が他人に取られるところなど見たくもなかったのだろう。ルナは自分が姉ではないことをひどく悔しく思った。

(私がお姉様だったらルーカス様を手に入れることが出来たのに。私だったら愛してくれるこの人をこんなに傷つけはしないのに……。)

 唇を噛み締めて悔しがったところでルナはルナ。エルではない。そんなことはこの数年で身に染みるほどにわかっていた。わかっていたからこそ、彼女は行動を起こした。

 仕事熱心なルーカスならきっとこんな日も仕事をしているのだろうと思い、ルーカスの仕事部屋、宰相室にルナは単身で乗り込んだ。いきなり訪れたルナに目を丸くするルーカスに彼女は大きく息を吸い込んでから、自分の意見を述べた。

「ルーカス様、姉の代わりに私と結婚してはいただけないでしょうか。長女ではありませんが、私もれっきとしたランドール家の娘。当家とのつながりならば私と結婚したとしても得られます」

 ルーカスが欲しいのはランドール家とのつながりではないことぐらいルナもよくわかっていた。それでも彼女にはルーカスを手に入れるための、これ以上の言葉は思いつかなかった。けれどルナの必死で紡いだこの言葉は一本の細い糸のようなものでしかない。

「しかし……」

「ルーカス様がランドール家とのつながりを得たいのと同様に当家もあなたとのつながりが欲しいのです」

 細い、細い糸。今にも切れてしまいそうで、それでも途切れないように必死で紡ぎ続ける。

 ランドール家がルーカスとのつながりを手放したくないのは本当のことだ。だがルーカス本人とのつながりを欲しているのはルナである。彼女はそれがいけないことだと分かっていても、嘘と本当を織り交ぜて、震える手でその糸を紡ぎ続けるしかないのだ。

「……」

「お考えになっていただけないでしょうか」

 ルナの口から出たのは落ち着いて見えるよう取り繕った言葉。それはあたかもルーカスにも利益があるかのような言い方であった。

 宰相になる前ならまだしも、すでに宰相の座を手にしたルーカスにとってランドール家のようなただの伯爵家とのつながりがそこまで大切なものとは思えなかった。

(結婚する相手がルーカスの愛しているお姉様ならそれは大切なものではあるが、私はお姉様ではない)

 こんな短時間で紡いで出た言葉、そんなのすぐに切られてしまうに決まっている。この数年、無謀にも思い続けたルナの思いと共に。

(いっそのこと切ってくれればいいのに。)

 無意識に震える手には力が入ってしまう。今回の婚約破棄はランドール家からの一方的なもので、ルーカスには何の落ち度もなかった。婚約関係だってここ数年で良好な状態を築いていた。今回のお茶会さえなければ、数か月後に迫っていた結婚式でルーカスの隣に立っていたのは間違いなくエルだ。それに現宰相のルーカスならば、公爵家の令嬢と結婚することもできるだろう。相手はよりどりみどり、選びたい放題だ。賢いルーカスならきっと愛した女とは結婚できない代わりに強力な後ろ盾を手にすることが出来るだろう。

 それは貴族の、政治の中ではとても大切なものであることは政治には詳しくないルナでもわかるようなことだった。その方が自分なんかと結婚するよりよっぽどいいということも。

 だから、ルナは自分で言ったことではあるが断られると思った。それが当たり前だと。

「…………わかった。互いの家のためにあなたと結婚しよう」

 けれどしばらく続いた沈黙を破ったルーカスはまるで何かの契約をしたかのようにルナの提案をひどく淡白な声で承諾した。

(宰相のルーカス様ならば私と結婚したとしてもあまり利益がないことなんてわかっているだろう。それでもルーカスは結婚を承諾してくれた。全ては当家とのつながり、お姉様とのつながりが欲しいために……。)

「ありがとうございます」

 だからルナも感情を表に出さず、平坦に、答えた。

 心の中は泣きたいような、喜びたいような、いろんな気持ちが交錯していたがそんな感情は全て押し込めて深く頭を下げた――目の前のルーカスと、ここにはいない、愛した人と幸せになっていくエルに向けて。

 そこから、半年が経ってルナはルーカスと結婚をした。

 ルーカスが身に纏うのはエルとの結婚式に着る予定だった真っ白いタキシード。そしてルナは彼のタキシードにあったデザインの、本来ならばエルが着る予定だったものを、急遽サイズの合うように手直しをしたウエディングドレスを身に纏って式を挙げた。


 そしてルナは姉の、エル=ランドールの代替品としてルーカスの妻、ルナ=クロードになった。


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