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18.

 ドンドンドン。ドンドンドン。

 ドアを勢いよく叩く音に驚いたルナはベットから飛び起きた。何か起きたのだろうか?と辺りを見回せば一面、見慣れない家具が並んでいた。そこでようやく自分が誘拐されていたのだと思い出す。そんな大事なことをつい忘れてしまうほどルナは深い眠りについていたのだった。こんなによく眠れたのはいつぶりだろうかと思わず考え込んでしまうほどだ。けれどその答えはなかなか浮かんできてはくれない。ウンウンと唸っていると、先ほどの音と同じくらい大きな声で叫ぶ声がドアの向こう側から聞こえてくる。

「おい、カッツェ! 起きてるか!」

 怒鳴っているような声ではあるが、これは別に怒っているわけではない。それは昨日のヒューイを見ていれば容易に理解できることだった。たった一日という短い時間であるが、大体の人柄くらいなら相手を知ることはできる。だからルナには現時点でヒューイに対しての恐れはなかった。だがその声の大きさには慣れておらず、驚きはした。だから乾いた口をモゴモゴと動かしてから返事を返す。

「は、はい。起きてます」

 どれくらい前から部屋の前にいるのか、今まで深い眠りについていたルナには見当がつかなかった。長い間待たせていたら悪いと急いでベッドから起き、ドアの元へ走って勢いよく開いた。

「っつ……」

 するとヒューイの顔はドアの目の前に顔あったのだろう。ルナの目の前には額のあたりをおさえる彼の姿があった。朝の挨拶よりも先に謝罪の言葉を発することとなった。

「あ、あの、すみません」

「いや、いい。それよりもカッツェ、着替えて食堂に来い」

 あたふたと手を身体の前でしきりに動かすルナにヒューイは自分の用件を告げた。申し訳なさと起きたばかりで正常に働かない頭が相まってルナはヒューイの言葉に即答した。

「はい」

「服はクローゼットに入ってるからそこから適当に好きなの選べ」

「え?」

「昨日ミレーが漁ってたあの棚な」

 ヒューイは昨晩ミレーがネグリジェを引き出してきた棚と同じ棚を指さした。

 このネグリジェも、そしてあの棚に入っている服は皆、誰かの所有物なのではないか。

 それは昨日も疑問に思ったことだった。だからルナは昨日ミレーにした質問と同じことを聞いた。

「あの服って、誰かのじゃ……」

「ん? サイズ、合わないか?」

「いえ、そんなことは」

 的外れな回答に少し戸惑った。そんなルナの返答にヒューイは話を終わらせた。

「んじゃあいいだろ。あれくらいしかこの屋敷にはお前の着るものなんかない」

「……」

 あれくらいという割には豪華な服ばかり。誘拐なんて初めてされたルナの目から見てもそれは明らかだった。あれらの服は被害者に与えるような服ではない。大事な人にプレゼントするような服。ずっと、長い間使ってもらえるような、そんな人が着るための服だ。

 それに今の状況だが、これは本当に誘拐犯と被害者の関係なのだろうか。

 美味しいお茶とお菓子。大勢の人と食べる食事。極め付きはたくさんの服とここの人たちの態度だ。どこに行っても歓迎と表すにふさわしい接し方で、まるで大事な人に接するような態度である。いつだって彼らはルナに気を使っては同じ言葉を口にする。

「気にすんな」――と。

 誘拐犯に気を使うのはおかしなことだ。けれども誘拐犯が被害者に気を使うのはもっとおかしなことではないだろうか。

(今のヒューイの言葉だってきっと……気を使って……。)

 この状況を不思議に思うルナの表情を、棚にある服を着たくないのだと勝手に解釈をしたヒューイは困ったように包帯の巻かれた首の後ろに手を当てた。

「趣味じゃねぇって言っても仕方ないだろ! ルーシィのじゃ小さすぎるし、ミレーのじゃ……その、なんだ、あの……胸が、な……」

 ルナは首をひき、自分の身体を見る。なだらかといえば聞こえはいいが、足元を見るうえで何一つ邪魔をするものはない。その点はルーシィも同じだが、まだ10にもいかないかぐらいのルーシィはルナよりもだいぶ背が低く、成長過程であるといえる。一方ミレーは身長こそルナよりも少し高いくらいでルーシィとの差を考えればいくばかりかはいいものの、ミレーは豊満な体つきでは直立に立った状態では足元を確認することさえできないだろう。そんなミレーの昨日の服と昨晩のネグリジェはどちらも大きく胸元の空いた服であった。それをルナが着るとなれば胸元を通り越してヘソの辺りまでダルっと広がる形になってしまうことだろう。そんな自分の姿を想像したルナはヒューイの言葉に頷く他ない。

「……そう、ですね」

 ヒューイが気を使っているのはありありと伝わってくる。

 どんなに言葉が荒くても、例えルナが気にしていることを言葉を濁しつつも胸に刺さるような言葉を言っていても、気を使ってもらっていることには変わりはないのだ。

「ん。じゃあ、早く着替えてこいよ」

 ルナはヒューイが去った後、静かに扉を閉じてクローゼットと向かい合った。昨晩のネグリジェと同様にどれも美しい刺繍のあしらわれたものが多かった。ルナはその中から白い花の刺繍が袖にあしらわれたワンピースを手に取り、頭からすっぽりとかぶった。

 そしてすぐに食堂へ足を運ぶ。すると椅子やテーブルの配置が昨晩とは変わっていた。順番に等間隔に並べられていた机は端に寄せられ、テーブルの下に収納してあった椅子は山をなして所々に置かれていた。テーブルも椅子も端に寄せられ、空洞になったちょうど真ん中に位置する場所には椅子の高さの半分くらいの台が置かれていた。その台の上にヒューイは立ち、あたりを見回していた。そしてドアのあたりに立つルナの姿を見つけ、コクリと一度頷いてから手の平をバチンと合わせた。その音に食堂に広がっていた数々の会話は途切れた。

「よし、全員そろったな」

 ルナは自分もその『全員』に入っていることに驚き、その場にたたずんだ。するとルナの視界の端の方から随分体格のいい男が椅子を持ってやってきた。ルナの隣に下して、その椅子をトントンと二度ほど叩く。

「ん」

「え?」

「これから話、始まるから……座ってろ」

「あ、ありがとうございます」

「ん」

 戸惑いながらも椅子に腰かけると男は頷きルナの元を離れ、先ほどまで座っていたのだろう、人が多く集まるところの端にぽかんと空いた席に腰かけた。

「では発表する」

 ヒューイの言葉に食堂にいる、ルナとヒューイ以外の人間は皆、唾を飲み込んだ。

 ルナの隣、席一つ分くらい離れたところに座っている、用途のわからない長い棒状のものを胸の前で大事そうに抱えている男の息遣いがルナに聞こえるほどにこの部屋にいる誰もが緊張していた。

「ランドール家は俺、クロード家はルーシィ、そして城はコニーだ」

「くっそぉ」

「まぁ、順当ってとこかしら」

「はぁ、わかってはいたけどな……」

 各々に感想を言い合う人たちの中で、ルナだけがヒューイの言葉の意味が分からなかった。なんだか自分だけ仲間外れになっているような気がして隣の男の肩を二回叩いた。

「うん? どうした、カッツェ」

「あの、先ほどの言葉の意味って……」

「ん? ああ、あれか。あれは今回の配置、というよりは役目の担当発表だよ」

「担当発表、ですか?」

「ああ、そうさ。カッツェの身代金だっけ?の要求の手紙を渡しに行くの、誰が行くかもめてさ」

「は、はぁ」

 ルナには意味が分からなかった。確かにヒューイは昨日、三人全員に身代金を要求するとルナに告げた。けれどそれが揉めることになるのだろうか。それもこんなにたくさんの人が選ばれなかったと嘆くような、そんな内容だろうか。

 ルナの疑問はお構いなしに男は話を続けた。

「んで、ヒューイが決めることにしたわけ」

 とても悔しそうに、けれども納得は行っているような顔で仕方ないよなと呟く。

「そ、そうなんですか……。あの教えてくださってありがとうございます」

「んーん。いいんだよ、気にしないで」

 話を聞いて、これが何のための集まりなのかを把握したまでよかった。けれどルナの頭の中には他の疑問が膨らむだけだった。

(この人たちは何をしたいのだろうか?身代金の要求?それだけだったら何もこんなにも歓迎する必要性はない。ではなぜ彼らはわたしを『誘拐』をしたと言い張るのか。)

 ルナには彼らの考えが理解できなかった。頭を右へ、そして今度は左へかしげて考えたが、答えにつながりそうなものは出てこなかった。


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